studio Odyssey



Prontera-Benchの仲間たち。



 今日も今日とて、プロンテラベンチ。

 スピットは…

 いません。

 そうです。
 今日はちょっと、スピットではなく、パーティ、プロンテラベンチのみんなのお話を少しずつしましょう。

 プロンテラの西。
 山の奥にある盆地。その中にある集落。

 オーク村のダンジョンの中から、ちょっと覗いていってみましょう…*1

Prontera-Benchの仲間たち。


「はぁはぁ」
 と、息切れのような声が聞こえています。
「はぁはぁ…」

 と、にやり。

「きゃー!」
 楽しそうにこにこしながら、彼女はオークゾンビに斬りかかっていきます。
「だぶる、あたーっく!!」

 青い髪を二つに分けて、両肩の上くらいでとめている、見た目、いたいけな少女の姿。その実、パーティ最強の妄想特急少女、まゆみ嬢こと、まゆみ・さくらです。
 まゆみ嬢がオークゾンビに斬りかかります。一閃、オークゾンビがばたばたと倒れていきます。

「ふふっ、おにぃちゃん、よわーい」
 と、その時です。

「おわぁ!?」

 洞窟の奥から、オークゾンビの集団がわらわらとわいてきました。その数は、十にも迫ろうかという数です。
 はぁっはあっとオークゾンビの息づかいが迫ってきます。「ぴ、ぴんち!」

 まゆみ嬢はそれでも冷静に、

「はいでぃんぐ!」

 姿を消して、やり過ごします…

 オークたちがまゆみ嬢の前を通り過ぎていきます。
「にやり…」

 通り過ぎたのを確認して…
「おにーちゃーん!」

 後ろから撲殺!

「まさに、アサシン!」
 ふっと笑うまゆみ嬢の姿は、そういえば先日までのシーフではありません。いつの間にやら、シーフ上級職、アサシンの姿になっていたのでした。*2


 さて、場所は変わって、そのアサシンギルドの近く。
 モロク付近の砂漠には、焼豚ことグリルポーク、いきずりの魔導士、アブドゥーグの姿がありました。

「ミミズ一匹、経験値いくら?」
「さぁ?」

 もこもこと砂漠の砂の中を移動する何かの姿があります。
 アブはそれに気づくと、
「フロストダイバ!」
 その目標に向かって、氷結魔法を唱えました。

 大地とそして空気中に眠るわずかな水分が魔法の力に凝結し、敵の身体を凍らせます。びしっと大地から立ち上った氷注の中にはミミズのようなモンスター、ホードの姿がありました。

「ファイヤー・ボルト!」
 グリの火炎魔法が炸裂します。
 氷柱にひび割れが走り、炎にホードが断末魔の叫びをあげました。

 が。

「あ?」
「確殺失敗!?」

 溶けた氷の中から、ホードがのそりとはい上がってきました。

 ホードが襲いかかってきます。ふたりに向かって、矢のような速さで迫ってきます。

「ファイヤー・ワール!」
「コールド・ボルト!!」


 やがて巻き起こった砂塵が晴れると、そこには肩で息をする二人の魔法使いの姿がありました。

「…この調子じゃ、全然修行にならないですねぇ」
「確殺率が100%でないと、マジには辛いからねぇ」

 周りでは他のマジシャンたちが、強力な魔法で次々とホードを倒していっています。

「…スピットはミミズ、やってないの?」
 アブが聞きました。グリが返します。

「リダは雷魔導士だからね。属性効果で伊豆Dモンスターに200%のダメージが当てられるから」
「いいなぁ…」

「その分、効かない敵も多いけど…」
「そしてスピは雷魔法と念魔法以外は使えませんけどね」

 とかなんとかいいながらも、
「ファイヤー・ボルト!」
「コールド・ボルト!」

 パーティ、プロンテラベンチの三色魔導士のうちふたりなのです。*3


 さてその頃、こちらは森の奥にひっとそりとたたずむ弓手村、フェイヨンの近く。

 森の中を駆け抜けていくペコペコの姿がありました。
「しっかり捕まってろよー」

 鞍上のナイト、イタがいいます。

「はやいはやい!」

 と、イタの背中にしがみついて言っているのはパーティ唯一の癒しアコライト、アピです。
「プロンテラまで、どれくらいかかる?」
 アピが聞きます。
「ペコペコの足なら、すぐだよ」
 イタが返すと、ペコペコが「くえー」と啼き返しました。

「ポタ屋使えばよかったのに」
「いや、せっかくイタさんいたから」
 と、アピ。
「ペコペコ乗ってみたかったし」

 フェイヨンダンジョンでレベルアップのための修行にいそしんでいたアピでしたが、突然にプロンテラから電波が届いたのでした。送り主はまゆみ嬢。「おにぃちゃんに、やられたー」
「けなげな癒しアコライトだね」
 と、イタ。
 そういう自分も、フェイヨン近くの森の中での修行を中断しての行動です。
「うーん、なんか、あって話したいっていうし」
 まゆみ嬢の体力回復のため、癒しアコライト、アピと、ナイト、イタは一路プロンテラへと向かいます。*4


 そのころ、再びモロク近くの砂漠。
 ソクラド砂漠の真ん中。

「お、おのれ…」

 ぶーんぶーんぶーんという羽音に、ぎりりと歯をかみしめる男の姿。

「俺のアイテム、かえせー!」
 ラバです。
 斬りかかる相手は、モンスター、スティールチョンチョン。倒したモンスターが落とすアイテムを、すいっと盗み取っていく、ルートモンスターです。

 ぶーんぶーんぶーん。
 羽音はやみません。

「わいてくんなー!」
 ラバは次々とわいてくるスティールチョンチョンを、次々と打ち落としていきます。
 と、言うと聞こえはいいですが、
「ぐおっ!?」

「おがっ!?」

「いてぇッ!?」

 実はかなりばきばき殴られています。

「おのれー!」
 もりもり芋を食いながら、ばしばし戦います。腰につけたこんもりと大きな袋の中身は…あえてふれないことにしましょう。

「くるなー!」
 ぶんぶんと短剣を振り回すラバ。
 スティールチョンチョンが、次々とわいてきては、そのラバに襲いかかります。倒しても倒しても、次から次…腰の袋もだんだんと小さくなり…
「お、俺、ピンチ!」
 その一瞬の隙をついて、スティールチョンチョンが一斉に襲いかかってきました。

「!?」

「ショボコソー」

 背後からの声に、ラバははっとして目を見開きました。

「ソウル・ストライク!!」

 スティールチョンチョンめがけて、五つの精霊が弧を描きます。マジシャン魔法、ソウルストライク。五つの精霊を放つということは、それは高レベルのソウルストライクです。
 ラバの背後から放たれたそれは、過たずそのハエたちを一撃で打ち落とし、爆風に砂塵を巻き上げました。

「雑魚にてこずんなよ」

 もうもうと舞う砂塵に、ラバは咳き込みました。
「だっ、誰だよッ!!」

 言っておきながらも、誰かはラバにもわかっています。自分のことをショボコソという魔法使いは、そうはいません。


 砂塵の向こうに、ひょいと帽子をかぶり直す陰がみえました。*5




 しばらく後のプロンテラ。

 ベンチの前、まゆみ嬢が言います。
「あら、イタさん」
「よう」

 そのイタの隣にはアピの姿があります。
「一緒だったの?」
 と、まゆみ嬢。
「フェイヨンの森であって」
 アピは返します。
「ふぅーん」
「なんですか、その『ふーん』は」
「おでぇぃとかと」
「それはない」
 イタ、きっぱり。
「はぅぅ」
 アピ、ショック。

 まゆみ嬢は軽く笑って、言いました。

「アピたん、ちょっとつきあってほしいんだけど?」
「あれ?ヒールじゃないんですか?」
「それもだけど」
 まゆみ嬢はアピの手を取って、てくてくと噴水広場の方へと行こうとします。
「あ、おい」
 その背中をイタが呼び止めました。
「なんだよ、せっかくだから一緒にオークダンジョンでも行って、レベルあげようと思ってきたのに」

「用事がすんだらねー」

 ふりふりと手を振って、まゆみ嬢とアピは噴水広場の方へと消えていきました。

「…なんだかな」
 ぽつりとつぶやいて、イタはベンチに腰を下ろしました。
「まぁ、ベンチで待つのも悪くねぇか」

 プロンテラの空は、今日も快晴です。



 さて、こちらはプロンテラは噴水広場。
「アピたん!」
「はいっ!?」
 ぐわしとまゆみ嬢に肩をつかまれ、アピは目を丸くしました。
「あ、あのー、私はノーマルですんで…」
「それじゃ、あたしがノーマルじゃないみたいじゃないかー!」
 こくりとうなずきそうになるのをこらえて、「いいえぇぇ」と、アピ。

 気を取り直して、
「あのね、オークゾンビと戦っててね、これを手に入れたの」
 ぺらりと、嬢はポケットの中から一枚のカードを取り出しました。
「お、オークゾンビカード!?」

 カード。
 モンスターが落とす、そのモンスターの力を封じ込めたカードです。これは武器や防具にある、『スロット』に差し込むことによって、その力を自分のものにできるという事で、かなりの高額で取り引きされている、冒険者たち垂涎のアイテムなのでした。*6

「お、オークゾンビカードって…」
 アピはぷるぷる声をふるわせています。
「そう!」
 びっしと、まゆみ嬢は言いました。

「アピたんの敵、アンデッド系モンスターからのダメージ、50%減!

 アピの目はまんまるです。
「あああぁ、アピたん、よだれ、よだれ」

「はっ…いえ、あぁ、よかったですね。まゆみさん。これでオークゾンビと戦っても、ダメージを受けにくく…」

「ううん」
 ぷるぷるとまゆみ嬢は首を振って返します。

「これ、アピたんにあげようと思って」

 アピはまんまるくなっていた目を、さらにまんまるにしました。
「ええっ!?だって、そんな貴重なもの…」

「アピたんには、お世話になってるし」
 ぎゅっと、まゆみ嬢はアピの手にオークゾンビカードを握らせました。
 そして、こっそり耳打ちします。

「この前、イタさんに内緒で、ソルスケカードくれたお礼」
「あ!」

 そう言えば先日、アピは剣士、シーフ、ナイト、アサシン羨望のソルジャースケルトンカードを、偶然にも手に入れたのでした。
 その時はイタにあげるか、まゆみ嬢にあげるかで大いに悩んだのですが、こっそり、その時近くにいたまゆみ嬢にあげていたのでした。*7

「これでチャラとはいえないけどね」

 まゆみ嬢は頭をぽりぽり掻きながら、軽く笑いました。

 アピはまゆみ嬢から手渡されたオークゾンビカードを、じっと見つめていました。

「あ、あの…」
「ん?」

 そして、言いました。

「こ、これ。このカード、売ってもいいかな?」
「はいぃぃい!?」

 アピは言います。
「このカード、貴重でしょ?きっと、売ったら高いでしょ?これ、売ってさ、あの…なんだっけ?なんとかって石、買わない?」

「なんとか?」

 まゆみ嬢は小首を傾げてアピを見ました。
 アピは返します。

「最近出てきた、なんとかって石。あの、世界を変える力を持つ人の前にあらわれるっていう…」

「エンペリウム!?」

 まゆみ嬢はさっきのアピよりも目をまんまるにして言いました。



「あのー?」

 こちらはベンチ。
 うたた寝しそうになっていたイタは、かけられた声に目を開けました。
「ん?」
 声をかけた人を、イタはぱっと見ました。
 自分と同じナイトが、自分の事を見て、声をかけていました。
「あのー…イタさんですよね?」

 でも、イタは知らない人です。
「…そうですけど?」
「あ、あれ?剣士じゃなくなっちゃったから、わかんないですか?」
 その騎士さんはぽりぽりと頭を掻いて言いました。
「あ、じゃあ、これでわかりますかね?」

 そして騎士さんはひょいとハットをかぶりました。

「?」

 それでも、イタは知らない人です。でも、なんとなくわかりました。
「ああ」
 イタはベンチに座り直して、聞いてみました。

「弟の知り合いですね?きっと、スピットの…」
「お、お兄さんでしたかっ!?」
 騎士さんははっとして、
「す、すみません!」
 帽子を取って頭を下げました。
「あー、いや。いいッスよ。よく間違われるから」
「いや。ベンチに座ってらしたんで、てっきりスピットさんのパーティの方かと…」
「あ、そういう意味では、パーティの方ですけどね」
「…そうなんですか?」
「弟がスピットのパーティ抜けたんで、穴埋めに…」
 イタは軽く、笑いました。
「そうですか」
 騎士さんも軽く、笑いました。
 そしてハットを胸の前に抱えて、言います。

「騎士の、K-9999と言います。スピットさんと弟さんに、ノービス時代にお世話になった者です」

 イタは礼儀正しいナイトに、ぽつりと言いました。

「スピットは未だにマジシャンです」
「マジですかッ!?」

 Kさんは目を丸くしました。
 イタはけらけらと笑いました。
「まぁ、そろそろウィザードになりそうですけどね」

 世界のどこかで、スピットがくしゃみをしていそうです。*8

「あ、そうだ」
 Kさんはふと思い出したようにして、言いました。

「あの、イタさん、スピットさんに近い内に会いますかね?」
「イヤでも会うんじゃないですか?」
 どこかに冒険にでようと言う話になれば、すぐにでもお呼びがかかることは百も承知です。
「2、3日中に会うと思いますよ」
「あ、それじゃ、渡してもらいたいものがあるんですけど…」
 そう言って、Kさんは腰にぶら下がっていた一振りの剣をそっとはずしました。それはイタもよく知っている武器です。剣士の持てる片手剣最強の武器、ツルギです。
「これ、スピットさんに渡してください」
 Kさんはツルギをすっと、差し出しました。

 そのツルギがなんなのか、イタは知りません。知りませんが、イタはゆっくりとそれを受け取りました。なんとなく、わかります。ツルギは剣士の象徴。きっとこのツルギを手に、Kさんはさまざまな冒険をして来たのでしょう。そして今、ついにナイトとなり、ツルギはその役目を終えたのでしょう。

「…助かりました、ありがとうございましたと言ってくだされば、わかると思います」

 静かに言うKさんに、イタはこくりと小さくうなずきました。

「あ、じゃあ俺、これから仲間たちと狩りに出るんで、また」
「あ、ああ。はい。スピットに伝えておきます」
「お願いします」

 そして騎士のKさんはプロンテラ城の方へと走っていきました。
「また一緒に、冒険しましょう!」
 手を振る姿が見えなくなって、イタは手渡されたツルギをゆっくりと抜いてみました。
 懐かしい重みです。自分も剣士の頃、これを振るっていました。

「…よく手入れされてる」

 柄はだいぶん使い込まれて、さらしを巻いたりして握りを調整してはいましたが、直刃の刃はしっかりと手入れされていて、切れ味は少しも衰えていないように見えました。
 イタはゆっくりとそれを陽にかざすと、まっすぐな刃に目を細めて、小さくつぶやきました。

「スピが剣をまた抜くことは、ないだろうけどな…」



 ソクラド砂漠を、二人は走っていました。
 アブとグリです。

 はぁはぁと息を切らしながら、グリが言います。
「アブ、赤ポ、あといくつある!?」*9
「もうありません!芋もにんじんもカボチャも、そこをつきました!」
 走りながら、アブも言います。

「グリ、あとSP、どれだけあります!?」
「つきた!」

 二人は走っています。
 何故か。

 それは後ろから、ミミズのモンスター、ホードが迫ってきているからです。

「なら、とるべき道はひとつ!」
「ですねっ!」

 魔法の一撃で倒せなかったホードが、二人を執拗に追いかけてきます。
 二人は走ります。
 とるべき道は、ひとつです。

 二人は同時に、叫びました。

「モロクまで、走って逃げれ!」

 貧弱魔導士、ダッシュです。


 プロンテラ噴水広場では、アピとまゆみ嬢が座り込んでいました。
「ひゃく…にひゃく…」
 腰に下げていたお財布から、ありったけのお金を出して、噴水広場前に広げて数える二人。
 アピの手には、オークゾンビカードを売ったお金も握られています。

「二人あわせて…」
 まゆみ嬢は顔を上げて言いました。

「30まん、5せん7ひゃく7ゼニー」

「…買えるかな」
「…たぶん」

 ふたりは噴水広場に掲示板を出しました。「買います。エンペリウム。305,707z」

「…エンペリウム手に入れたら、ギルトだね」
 まゆみ嬢が言いました。
 そうです。
 エンペリウムを手に入れた者は、それを王の元へと届けることにより、ギルドを作ることを許されます。*10
 王国内で、王家の下につく、巨大な権力です。ミドカツ王国の繁栄とそして平和のために、ギルドマスターおよび、ギルドメンバーは世界中を冒険するのです。

 噴水広場。
 噴水の縁に座って、アピが言いました。

「でも、私たちのギルド、ギルドマスターはきっとどこのギルドと比べても、レベル低いよ」
「…スピたん?」
「え?違うの?」
「えっ!?イタさんになってもらおーよ」
「なんで?」

 聞かれて、まゆみ嬢はうっとりと言いました。

「あぁ、ナイトさまぁ…」
「ハァハァしない!」

「スピたんがご主人さまじゃ、イヤだ」
「ご主人様って…」
 アピは苦笑いです。

「エンペリウムが入り用かな?お嬢ちゃんたち」

 ふと、二人に声をかける商人がいました。
 カートを引いた、ちょっとふとっちょの商人は、煙草をぷかりとふかしながら、聞きます。
「305,707ゼニーとは、ずいぶん中途半端な金額だね?」
「全財産です」*11
 きっぱりと、アピは言いました。
「もう、1ゼニーもでません」
「あはは」
 まゆみ嬢も笑うしかありません。商人さんも笑っています。

「なんだ、そうまでしてエンペリウムを手に入れて、ギルドを作りたいんか?」
 こくりと、アピはうなずきました。
 アピと、そしてまゆみ嬢の声が重なりました。

「ギルドマスターになって欲しい人がいるんです!」

 重なった声に、ふたり、「うー!」とにらみ合います。
「な、なんだ?」
 商人さんは、訳がわかりません。

「ま、まぁ…いい」
 こほむと咳払い。
「そうまでして、ギルドマスターにしたい奴というのも、見てみたいモノだがな」

 カートに手を突っ込んで、商人さんは手のひらに収まりそうなくらいの革袋を取り出しました。

 ぱぁっと、アピとまゆみ嬢の顔に赤みがさしました。
「それ…」
「エンペリウム…」

 こくりと、小さく商人さんはうなずきました。
 そして、言いました。

「いいかい、嬢ちゃんたち」

 革袋を、そっと、商人さんはアピの手に手渡しました。

「この石は、ただの石じゃあ、ない。ワシも、人づてに買った物だがな。この石は本来、世界を変える力を持つものの前に現れ、その者と運命を共にするという石だ」
「世界を変える石…」
「すごぉい…」

「305,707ゼニーで、いいんだな?」
「はい」
 こくりとうなずいて、アピはお金を商人さんにわたしました。

「305,707ゼニーで世界を変えられるなら、安いです」
 にこりと笑って言ったアピに、商人さんは少し面食らったようにしてから、がっはっはっと笑いました。

「ちげぇねぇ」



 走ってます。
「ま、まってー!」

 と言っても、待ちません。しかも、アピに追いつけるわけもありません。相手はシーフの上級職、アサシンのまゆみ嬢です。

「イタさぁ〜ん!」
 たったかたったか走るまゆみ嬢の手の中には、あの革袋がありました。

「まっ、まってよー!それは二人のお金で買ったんだよー!」
「ナイトさまぁ〜」

 誰の手の中にあろうとも、元シーフには「スティール」という必殺スキルがあるのでした。
 そしてその元シーフの目は、誰がどう見てもきらきらと輝いていて、見る人が見たら、ハートマークにすら見えたかもしれません。

 さて、たったかたったか走ってくる二人に、ベンチに座っていたイタも気づきました。
「遅かったなー」
 立ち上がりながら、言います。手にしていた剣を、腰にちょいとぶら下げて。

「何してたんだ?」

「こっ、これ!」
 と、まゆみ嬢は革袋を差し出しました。

「受け取ってくださいっ!!」

「ん?」

 ひょいと、イタはそれを受け取りました。
「あああっ!?」
 追いついたアピは、がーんといった風に目を見開いて立ち止まりました。
「にやりん」
「まゆみさぁーん!」

「…なんだこれ?」
 イタは革袋の中の黄色い鉱石を見てつぶやきました。
「オリデオコンじゃないし、属性石でもないな…」*12
「エンペリウムです」
 まゆみ嬢ははっきりと言いました。

 イタはその言葉が理解できないと言った風に、
「ナヌ?」
 と、つぶやいて、固まりました。

エンペリウムっ!?

「わっ!?」
「びっくりしたっ!?」
 突然に叫んだイタに、まゆみ嬢とアピは思わず耳をふさぎました。
「そうですよぉ」
 まゆみ嬢はゆっくりと言います。
「イタさんにギルドマスターになって貰おうと思って、手に入れてきたんですよー」
「お金、私も出しました。私も!私の意見も聞い…むぐぅ!」
 アピの口を押さえつけたのは、まゆみ嬢です。
「オホホホ」
 なんて笑いながら。

「…これで、ギルド作るのか?」
「そうです。イタさんに差し上げます」
「むぐ、むぐぅ!」

「…わかった」

 イタはゆっくりとうなずくと、その革袋を腰の道具袋の中に入れました。
「これは、俺が責任持って、預かっとく」
「はいっ!立派なギルドを作りましょうねっ!」

「むぐぅ!むぐぐぅ!!」



「あ、ところで、この後なんだけど…」


 イタが何かを言おうとしたときです。






「全員、しゅうごー!!」

 ミドカルド大陸の隅々にまで、その電波が届きました。

「けっ!」
 と悪態をつくのは、ラバ。
 自分の周りにあんなにいたスティールチョンチョンの姿はもうありません。
 突然現れて「ふっふっふー」と笑って帽子をかぶり直した男が、次から次へと、片づけていってしまったのです。
 その男は、今はもうここにはいません。
 でも、電波で声は聞こえてきます。

「集合地点はー…」

 電波にアプとグリも立ち止まりました。

「モロク!」

「ここかよ!?」
「リダ、近くにいるのかなー?」
 はぁはぁと肩で息をしながら、モロクにたどり着いた二人は顔を見合わせます。
「モロクの集合地点って、どこだっけ?」
「オアシス脇」
「しっかし、何でリダ、モロクなんだろ」
「さぁね?」
 肩をひょいとすくめるアブの耳にも、電波が届きます。


「目的はー…」


 ベンチの前の三人も、電波に耳を傾けています。


「ピラ、突貫死!!

「…止めに行こう」
「相変わらず〜」
「ポタ屋さん探しましょうか?」
 と、アピ。*13
「ピラミッドは前、お姉ちゃんたちと行って、痛い目にあってるはずなんだけどなー」
「レベルあがったからか、覚えてないだけだろう」
「後者かな?」







 そして、砂漠の真ん中にある、砂の町モロク。
 そのオアシス脇。

 パーティ、プロンテラベンチの面々が集まりました。


いつものこと
「いざ、突貫死!!」
「死なない方法を考えませんか?」
「いや、だって、無理だもん」
「たしかに」


「ああ、そうだ」

 ぺこぺこの上から、イタが思い出したようにして、言いました。
 ふと、アピとまゆみ嬢はイタの事を見ました。

 なんとなくちょっと、演技くさかったからです。

「Kさんから、預かりものがあるんだ」

「ほえ?」

「Kさんって、あのKさん?」
 アブです。
 アブは一緒に冒険をしたことがあります。
「懐かしいですね」

「ほれ」

オアシスの脇で
 手渡されたそれを受け取って、スピットは目を丸くしました。

 そして思わず、口許をほころばせました。

「なんだ」

 懐かしい、ツルギです。
 自分が振るった回数よりも、きっと、このツルギをあげた人の振るった回数の方はるかに多いのでしょう。
 スピットはずしりと重いその感触に、懐かしさのようなものを覚えて、口許を曲げました。


「別に、よかったのに」
「それと、『助かりました』ってさ」

「ふぅん…」

 気のないそぶりを見せつつも、スピットはゆるんだ口許で言います。


「しかし、重っ!!
「まぁ、剣士の武器だからな」

「ああ、それと…」


 そして、イタは腰の道具袋の中から、小さな革袋を取り出して、スピットに向かって投げました。
「これ、アピとまゆみ嬢と、俺から」

「あっ!?」
 と言ったのは、アピとまゆみ嬢です。

 他のみんなは「ハテナ?」と首を傾げています。

「なになに?」
 スピットは袋を開けて、中を見ました。

「…これ」
 袋の中には金色に光る小さな石が入っていました。

2つとも実物


「エンペリウムだ」

 ペコペコの上から、イタはふんと鼻を鳴らして言いました。

「ギルド名はどうする?」


 スピットは笑います。
 その金色の輝きをした石を再び革袋の中に納め、自分の腰の道具袋の中に入れて、笑います。

「さて…ね」

 エンペリウムの事は、スピットもよく知っています。
 この世界の運命を変えられる者の前に現れ、その者と運命を共にするという鉱石です。

 そして今、どういうワケか、巡り巡って、その石がスピットの道具袋の中に入りました。

 ペコペコの上でイタは腕組みをして、スピットの次の言葉を待っています。
 アピもスピットの事をまっすぐに見ています。隣のまゆみ嬢は、スピットには理由こそわからないものの、ちょっと落胆気味に見えました。
 アプとグリは顔を見合わせて、小首を傾げています。
 ラバは電波にみんなの会話を聞いていましたが、こちらもスティールチョンチョンから逃げながら、小首を傾げていました。

「ま」

 スピットはすぅと息を吸い込んで、吐き出す勢いと共に言いました。

「それはおいおい考えてくさ!」

 世界の運命を変える力なんて、スピットは自分にあると思いませんでした。
 何しろ、「ピラ、突貫死!!」なんて言ってみんなを呼び集めているのです。

 上級職、ウィザードにもなってません。
 まだ、ぺーぺーのマジシャンです。

「とりあえず今は、みんなで行くぞ!」

 ぴっしと空の彼方を指して、スピットは再び言いました。

「ピラ、リベーンジっ!!」

 たったかと走り出すスピットの後ろに、
「今回は、3階くらいまでは行きたいねぇ」
 と、イタ。
「ピラは、初ですよ」
 まゆみ嬢。
「ピラのモンスターって、炎魔法効くの?」
 とは、グリ。
「氷結魔法は全然ですよ」
 返すのはアブです。
「みなさん、あんまり無茶はやめましょうね?」
 アピは苦笑い。

 でも、


いざ、ピラ!


 スピットと仲間たちは、いつもこんなです。


*1 というワケで、今回はちょっと趣向を変えて、群像劇ショートストーリーでお送りします。
 っていうか、今回の話、スピットの全然絡まないところで進んじゃったんで、つじつま合わせとか、そういう事は言わない。
*2 前回の冒険の2日後くらいに、まゆみ嬢はシーフの上級職、アサシンになっていました。速いですねー。(っていうか、他のメンツが遅いだけだ)
*3 上級職転職前のマジシャンが稼げる相手は結構少ない。ミミズはその中のひとつ。
*4 本当はペコペコは一人乗り。騎士以外は鞍上に乗れません。ちょっと世界観を楽しんでみたかったので。
*5 ソウルストライクで精霊数が5になるには、レベル9以上。10レベルが最高なので、ほぼ最強。
*6 カードはそれ自体がレアなので、かなりの高額で取り引きされています。もっと安くなんねーかなー。
*7 ソルスケカード。ソルジャースケルトンが落とす、ソルジャースケルトンカードのこと。クリティカル値がプラスされ、クリティカルが出やすくなる。ちなみに前出のオークゾンビカード。アンデッド系からのダメージ50%減は、実はこのときはまだ、未実装。
*8 Kさん、もうナイトになっているそうで…(当たり前だ)
 詳しくは、ベータ1日記、「spit、パーティを組む!」を参照。
*9 赤ポ。赤いポーション。回復アイテム。ポーションの中で一番回復力がない。
*10 本当はエンペリウムがあれば届け出なんてなくても、/guildコマンドでギルトが作れます。けど、ちょっとそれだとおもしろくないので、脚色しています。エンペリウムを王の元へ差し出すことによって、ルーンミドカツ王国内での権力として、ギルドを持つことを許されることにしました。
 まー、これは今後の展開に…(絡みますか?)
*11 実話。
*12 オリデオコン。精錬に使う鉱石。属性石も同じようなもので、武器に風や炎の属性を与えられる石。
*13 アピはワープ・ポータルを使えない。アコ、プリとしては比較的少ないが、壁魔法を持たないスピットよりは希少種ではない。