studio Odyssey



エンペリウム。


      

 夜の帳が、ゲフェンの町を包んでいました。
 満天の星空の下、宿屋の裏手に、スピットとエアの姿がありました。
 エアは手にしていたお酒の瓶を軽くあおって言います。
「なるほど」
「口裏を合わせるのには、エアさんにも言っておこうと思って」
 と、スピット。
 彼はゲフェンタワーであった魔法士のことをエアに話していました。エアは「うーん」とうなりながら、「世界の運命を変えられる者の前にあらわれる石ねぇ──」
「エンペリウム…聞いたことはあるけど、あの石にそんな力があったなんて」
「俺は詳しくはわからないんですけど──」
「その魔法士が言ったっていう、上級職っていうのも、気になるな」
「ウィザードって言ってましたけど…やがて、凶悪な魔物たちに対峙できるようになるのは、それくらいだって」
 スピットは眉を寄せました。自分にはそれが真実かどうかはわかりません。エアもうーんとうなりながら、「空気を圧縮させて爆発させる雷の魔法か」
「つかいてー」
 ぱぁっと頬を上気させて言います。
「あの…エアさん?」
「あ?あ、いや」
 こほむとエアは咳払い。
「ともかくも、この話はインテとフィアットには話さないでおきましょう」
 ゆっくりと立ち上がりながら、エア。
「少し、気になります」
「何がですか?」
「その石の事もそうですが、崩れ始めたバランス──という一節がです。神と人間、そして魔族の間に保たれていたという均衡が、崩れ初めているという話です」
「均衡?」
「ええ──」
 エアは手にしていたお酒の瓶を軽く振るいました。どうやら、もう中身はないようです。近くにあった空き瓶のケースに、ぽいとそれを投げ入れ、「ま、とりあえず、あんまり気にすることもないでしょう」言います。
「とりあえず、スピも今日はゆっくりと寝て、明日に備えましょう。他のことを心配するよりも、自分の将来を気にした方がいいですよ。明日は、とうとう転職ですからね」
「あ、エアさん!」
 てくてくとエアは歩いて行ってしまいました。
 宿屋の裏手。
 星空が見える路地裏に、しんとした静寂が戻りました。
 スピットは小さくため息。そうだよなぁ、エアさんの言うとおり、世界のバランスだとか、世界を変える者の前に現れる鉱石だとか、そんなことよりは、さっさと自分の身の振り方を考えなきゃ。
 スピットはよいしょと空き瓶が一杯につまったケースの上に腰を下ろしました。
 心は、まだ、決まっていません。
 二日目の夜。
 空は昨日と変わらずによく晴れていて、同じ星空が見えました。
 昨日と同じように、スピットは右手をゆっくりと握ってみました。今日も、少しぷるぷるとその手は震えていましたが、昨日ほどではないような気がしました。
「今日も、長い一日だったな──」
 ぽつりと、つぶやきます。でも、昨日のそれとは、少し違う感じで。
 冒険者になって、たったの二日。
 でも──スピットはそろそろ心を決めなければならないとわかっていました。
「俺、どうしようか──」
 握りしめた右手に、再び問いかけてみます。「今のままじゃ、だめだよなぁ」
 インテとフィアット、そしてエアと一緒に旅をしている今。彼らに見守られながら、旅をしている今。
 まだ、たったの一日だけですが、それはとても、楽しい時間でした。そして皆の話を聞いて──このままじゃいられない。
「冒険者なんだから」
 スピットは小さく頷いて、言いました。「俺は──俺が本当になりたいのは──」
 俺が本当に目指すのは──そして、俺の旅の目的は──
「俺にも、俺の目的があるんだ」
 すっとスピットが立ち上がった時でした。
「目的を持つのもいいことだが──」
 声が、暗闇の路地の向こうから聞こえてきました。
 すばやくスピットは振り返ります。闇の中には、あの魔法士がいました。
「その目的いかんでは、自ら世界のバランスを崩す事になる」
「──何か、用ですか?」
「そう構えるな、スピット。もしも君と俺が戦ったとしても、勝敗は目に見えているが」
 魔法士は軽く笑いながら、スピットの元へと歩み寄ってきました。
「君に伝えたいことがあってきた」
 闇の中から歩み出た魔法士の後ろには、ひとりのアコライトの女性がいました。彼女はにこにこと笑いながら、「彼が、あなたの言っていたノービス?」言います。
「見た感じは、それほどの力があるようには見えないけど?」
「まだ──な。しかし、彼にも可能性は十分にある」
 魔法士はスピットを見ながら、目を細めました。
「スピット。心は決まったか?」
「なんのですか?」
「魔法士になって、俺たちと一緒に来ないか?エンペリウムを、手に入れるんだ」
 夜風が、スピットの翡翠色の髪を揺らして、抜けていきました。「それを、お前の冒険の目的としないか?」
「俺たちの仲間が、アルベルタ沖の沈没船の中で、それらしき物を見つけた。俺たちはこれから、それを回収に行く」


 エンペリウム──この世界の運命を変えられる者の前に現れ、その者と運命を共にするという、鉱石。
 それが、見つかった?
 眼前の魔法士たちは、その石を手に入れようとしている。
 バランスを崩し始めた世界を、自分たちの手で直そうとしている。
 どうやって?
 千年の偽りの平和。
 その平和を支えているという、イミルの爪角。
 このまま、時が進めば、やがて訪れるであろう──小さい頃、神話の中で見た言葉──Ragnarok──神々の運命──世界の、終わり──
 俺の冒険の目的を、その時の回避に──?
 世界を救うことに──!?
「行くぞ、スピット」
 魔法士が言いました。
 彼の後ろに控えていたアコライトが、短く魔法の言葉をつぶやきました。
 輝く光の柱が、夜のゲフェンに立ち上ります。
「お前の力が、世界を救う力になるかもしれない」
「俺──が?」
「そうだ」
 魔法士の力強い言葉が、夜の闇に響きました。「お前も、歴史に名を残す、伝説の勇者のひとりになるかもしれないんだ」
「ただの冒険者として終わるだけでなく」
「ただの──冒険者…」
 立ち上る光の柱の輝きが、翡翠色の髪の奥の瞳に、揺れていました。
 俺が──伝説の勇者に──?


      

「お前が決めろ」
 聞こえた声に、スピットははっとしました。
 眼前の魔法士が、素早く身構えました。スピットは声のした方へと振り返ります。路地裏の向こう、大通りへと抜ける角にひとり、誰かが座っていました。
 影は、手にしていた瓶をくいとあおります。その拍子に、頭の上にあった帽子がずれたのでしょう。彼は頭の上の帽子をそっとなおしながら、立ち上がりました。
「お前の好きにすりゃいいさ。俺たちのパーティを抜けたければ、それも自由だ」
 すこしふらふらという感じで、彼はスピットたちの元へと歩み寄ってきました。
 そして帽子をあげながら、言いました。
「お前は、冒険者なんだからな」
「スピットの、今のパーティリーダーか?」
 魔法士は隙なく構えながら言います。
「インテリアル」
 インテは瓶を投げ捨てながら言います。「パーティ、プロンテラベンチのリーダー、インテこと、剣士、インテリアル」
「ってか、別に今お前さんと荒そう気はねぇよ」
 ひょいと肩をすくめてインテ。
「今は、スピットの答えを聞くときだ」
「──その割には、殺気にみなぎっているように感じるが?」
「そりゃそうだ」
 にやりと弛む口許を隠すように、インテは頭の上の帽子の位置を直しました。
「エンペリウムなんて言葉を聞いちまうとな」
「インテ──」
 スピットは小さくつぶやきました。
「聞いて…」
「ああ、悪いが、全部聞いてた。こいつの話も、こいつ等が何をしようとしているのかも」
「ち──」
 魔法士が小さく、舌を打ちました。
「エンペリウムの事を知る者が、俺たちの他にいたとはな」
「俺は、こう見えて冒険者をやってなげぇんだ。ナイフを未だに、ナツフとか言う世代でね」
 笑いながら、インテは帽子の位置を直します。「スピット、お前は冒険者なんだ。こいつ等に付くのもお前の自由。俺たちに付くのも、お前の自由。お前ひとりで自分の道を見つけるのも、すべて自由だ。男なら、今、決めろ」
「ただし、奴らに付くってんなら、その瞬間から、俺とお前は敵だがな」
 インテの言葉に、スピットは目を丸くしました。言っていることの意味が、よくわかりませんでした。「どう──」
「ある剣士の一団が、ある特命を受けました」
 帽子に手をかけたまま、インテは言いました。
「伝説の鉱石、エンペリウムを手に入れ、この世界のバランスを取り戻すのだ、と」
 魔法士は口許を曲げました。
「──ずいぶん昔の話を知っているな。第九八騎士団の冒険談か?」
 はっとして、スピットはインテを見ました。しかし、帽子を深く下ろしたインテの表情は、スピットにはわかりませんでした。
 魔法士は続けます。
「しかし、奴らはエンペリウムにたどり着けずに、その旅を終えた。俺たちとは違う。俺たちは今まさに、エンペリウムの前にいる」
「奴らは、エンペリウムにたどり着けなかった訳じゃない」
 ぐっと帽子を押さえつけ、剣士は言いました。
「たったふたりだけだったが、その前にたどり着いた」
「──なにを…」
「ひとりは、赤い髪の剣士、そしてもうひとりは、薄汚れた帽子をかぶった、翡翠色の髪の剣士」
 ぐっと、インテは頭の上の帽子を押さえつけ、魔法士をまっすぐにその下から見据えました。「世界のバランスを取り戻すって?」
「お前さんら、それをどうやってやるつもりでいる?」
「──すべて知っていると見えるな」
 口許を曲げ、魔法士。
「均衡を崩した、三つの種族の均衡を、再び取り戻す方法は、ひとつしかない」
「スピット」
 インテは魔法士の言葉に、再びぎゅっと、帽子を深くかぶりました。その表情を、誰にも見られないようにするため──スピットには、そう感じられました。
「千年の偽りの平和は、神と人間と、そして魔族の三種族の、決着の付かない戦いの上にあった。だが、今、その均衡は崩れ始めている。この千年、何があったか──そしてこの千年、その三種族の中で、均衡を崩すほどに力を付けた種族は、いったいなんだったか」
 はっとして、スピットは魔法士を見ました。
「その剣士は、それに気づいた」
 帽子の下から、インテはまっすぐに魔法士を見ました。「そいつは、そんな方法で再び平和を取り戻そうなんて──偽りの平和を取り戻そうなんて考えは、認めなかった」
「だから、俺も認めない」


「──交渉は決裂したと見えるな」
 魔法士は口許を曲げました。
「インテ、あなたの考えが決して間違っているとは言わないが、ならばあなたはどうやってやがて来るであろう、Ragnarokを乗り切ってみせるつもりだ?」
 インテは答えません。
 スピットには、わかりました。答えないのではなくて、きっと──
「その剣士とやらにはもしかしたらあったのかも知れないが──あなたに、その答えはないんだろ?」
 魔法士は弱く笑いながら、光の柱へと近づきました。
「道を見失い、ただ力のみをもてあます冒険者──」
 光の中へと消えていく姿が、言いました。
「そして彼らは、自分たちが世界のバランスを崩していることに、気づいていない」


      

 立ち上る光の柱が、やがて消えました。
 しんとした、ゲフェンの夜の闇。
 何も言えず、スピットはインテの横顔に視線を送ります。
 インテはまっすぐに、その光の柱があった場所を見つめたまま、頭の上の帽子を、ぎゅっと押さえたまま──
「フィアット!エア!!」
 強く、叫びました。
 びりっと、空気が震えました。
「ついに、この日が来ましたか──って感じですか」
「あーあ、けっこー気に入ってたんだけどな、このまったりな毎日」
 ゲフェンの夜の闇の中、ふたりの姿がすぅっと浮き上がります。
「わりぃな」
 と、インテ。帽子の位置を直し、「スピット」
「え?」
「悪いな、パーティは、解散だ」
「は?」
「フィアット、アルベルタのポータルはあるか?」
「あるよ」
「ちょ…インテ?」
「スピ、申し訳ない」
 エアは苦笑いを浮かべて、言いました。
「インテのわがままに聞こえますが、聞いてやってください」
「わがままでしょ」
「わがままだな」
 軽く、インテは笑いました。「だけどな、スピット。俺も冒険者なんだ。冒険者だから、ゆずれねぇものもある」
「あ──」
 スピットは言おうとしました。あの話は全部──
「いいか、スピット」
 フィアットの魔法の言葉に、光の柱が立ち上りました。
「俺は別に、お前の師匠じゃねぇし、お前に何かを教えてきたつもりもねぇが──最後にひとつだけ、俺が気づいた、お前の可能性を教えておくぜ」
 光の柱に照らされて、インテは帽子を押さえながら、笑いました。
 そしてその光の中へと、飛び込みました。
「お前はアイツに似てる。お前が強く思うなら、きっと何にだってなれし、何だって出来るに違ぇねぇ」
 光の中に、ひとりの剣士が消えていきました。
 スピットは「あ…」と小さくつぶやくだけ。
「さて」
 と、エア。「んじゃ、私も行きますか」彼も帽子を押さえながら、笑います。
「インテをひとりで行かせるほど、すれた仲間関係でもないんでね」
 にやりと笑うエアも、やがて光の中に消えました。
「あ…」
 何かを言おうとして、スピットは一歩踏み出しました。しかし、もうそこにはインテも、エアも、姿はなく──
「私も、行くわ」
 そっと目を伏せて、フィアットが言いました。
「お兄ちゃん、いっちゃったし…インテも、実のところは頼りないしね。私がいないと、ふたりともだめだろーし」
 軽く、フィアットは続けます。「ついでにいっとくと──」
「私がはいると、ワープポータルは消えるから」
「え──」
「どうでもいい話かも、しんないけどね」
 ふふりと、フィアットは笑いました。
 立ち上る光の柱。
 巻き上がる風に揺れる翡翠色の髪。その奥の、瞳の中に映り込む光。
「俺は──」
 その光が──ふっと、消えました。
 俺は、伝説の勇者だとか、イミルの爪角だとか、世界のバランスだとか、エンペリウムだとかはよくわからないけど──興味もないけど──
「世界の果てを見ようって男が、ここで飛び込まなきゃ、嘘でしょう!!」


 光の柱が、そっと消えました。
 夜の帳がおりきった、ゲフェン。
 そのしんと静まりかえった路地裏には、誰ひとりの影もありはしませんでした。


      

「お前は阿呆だな!」
 インテは帽子を押さえて走りながら言いました。
「俺たちに関わらなければ、もっと長生きできたかも知れないものを」
「関わらせたのは、誰でしたかね」
 同じく帽子を押さえながら言うのはエアです。
 夜のアルベルタを駆け抜けていく影。よっつ。
「仲間を見捨てて、一人生き抜くわけにはいかないでしょ」
 笑い、スピットも翡翠色の髪を揺らしながら駆けています。
「阿呆め」
「ノービスのくせに、言うことはいっちょまえですね、スピ」
「まぁね」
「沈没船って言ってたけど?」
 フィアットが先を行くインテと兄に向かって言います。
「場所はわかるの?」
「アルベルタ沖は、ここ最近の津波やらなんやらで、いくつかの沈没船があるが──」
 インテ。
「ほとんどの沈没船は冒険者たちに荒らされた後だ。となれば、おそらく──」
「一番新しい沈没船──?」
「そういうことになるな」
 一行は港へとたどり着きました。
 波止場には、何隻かの船が停まっています。インテは迷うことなく、そのうちの一隻に飛び乗り、「船なんかもってたの?」「まさか!」「は?」「お借りしまーす」
 ぽいと、インテはその船を波止場に停めていた縄を軽くほどきながら言いました。「いいよー」「って、インテ。自分で言うのは──」「言うだけ無駄でしょ」
「行くぜ、野郎ども!」
 帽子をなおしながら、インテは力強く言いました。その船に、エア、スピット、そしてフィアットが飛び乗ります。「必ずお返ししますので、ごめんなさい」「見つかったら、まずいんじゃないですかね」「っていうか、私、野郎じゃないし」
 フィアットはふぅとため息を吐きながら、「ルアーフ!」魔法の言葉を口にしました。
 ふっと現れた青い光の球が、夜の海を照らします。
「大事の前の小事さ」
 照らし出される夜の海の白波を割って、船はアルベルタ沖へと滑り出していきました。


「エンペリウムが見つかったのか?」
 魔法士は言います。
「こっちだ」
 沈没船の中、足下にわずかにたまった水たまりを踏みしめながら、魔法士は先行するアーチャーの後ろについていきます。ふと、魔法士はそのアーチャーの向かう先、仲間たちの中に、ひとりのアーチャーを見つけました。
「彼女は?」
「あ?ああ──新しい仲間だ。お前の指示通り、将来有望そうなアーチャーを連れてきた」
「レベルは?」
「まだ転職したてさ、昼まで、フェイヨン森でレベル上げにつきあってたんだ」
 アーチャーは笑いました。魔法士は軽く鼻を鳴らし、言います。「ようこそ、同士」
「そして君はこれから、新しい時代の幕開けをその目にするかも知れない」
「あ──えっと…その、初めまして。私──」
「こっちだ」
 彼女の言葉を遮り、一人のシーフが魔法士を奥へと促します。
「船底の隠し部屋の中で見つけた」
「そうか──」
 魔法士、アコライト、シーフ、そしてアーチャーふたり。
 魔法士たちの一行は、沈没船の船底へと向かって歩いていきます。
 波音が響くじめじめとした船内に、時折魔物たちの声が響いていました。先行するシーフが、通路をふさぐようにして湧いてくるヒドラを切り捨てながら話しています。
「お前が来るまで、触れるなと言われていたんでな。ブツは木箱の中にあるんだが、まだ開けてねぇ」
「中身は確認していないのか?」
「していない」
 言うシーフに、
「じゃあ、本物かわからないじゃん」
 魔法士の後ろについていたアコライトが言いました。
「中身が入ってないとかってことはないでしょうね?」
「それはないな」
 答えたのはアーチャーです。
「俺も確認したが、モロクのシーフギルドで見つけた積荷リストにある通りの、木箱に相違ない」
 やがて、一行は船尾へとたどり着きます。「この奥に、隠し階段がある」と、シーフ。壁を右手でこつこつと打っていたかと思うと、ふと、その手をとめ──
「この奥だ」
 木目にそうように、斜めに強くその壁をたたきました。
 ぽっかりと、暗い空間がそこに姿を現します。足下には、下へと続く階段。
 魔法士たちが、ゆっくりとその階段を下りていきました。
「あの──」
 彼女は聞きました。
「あ?」
「あの──この下、何があるんですか?」
「ああ」
 アーチャーは軽く笑い、言いました。
「この世界を変えることのできる力さ」
 先を行く仲間たちについて、アーチャーが階段を下りていきます。
 彼女も、よくはわかりませんでしたが、後に続きました。
 階段の先には、まっすぐ、船首に向かうような通路。
 そしてその先に、少し大きな部屋。
 たいまつの明かりが漏れています。
 その光の中に、魔法士たちの姿。
 彼らの前には、木の台座。
 その上に、美しい彫刻の彫られたひとつの箱。
 魔法士が、そっと手を伸ばします。


「まて」
 ぴくりと、シーフが身をこわばらせました。
 魔法士が、延ばした手を止めました。「どうした?」
「──ああ」
 そっと、シーフは通路の方へと振り返りました。
「招かれざる客だ」