studio Odyssey



理由よりはノリ。


「──分かりやすい」
 声。
「!?」
 巻き起こった風の渦が、瞬時にその姿を強烈な突風へと変えました。
「酔っぱらいが!?」
 剣士の言葉に、その風の中心にいた魔導士が、のそりと身体を動かしながら答えます。「わりぃね。酔ってるせいか、レベル調節がきかねぇ」
 風の中心にいた魔導士は、ちょいと帽子を押さえ、呪文の最後を結びました。隣にいたアピさんの腕をとり、自分の後ろへと下がらせると共に、強く、夜の闇を切り裂くように、その杖を大上段へと向かって振り上げながら。
「ロードオブ──ヴァーミリオン!!」
 巻き起こる大爆発。闇を裂いて駆け抜ける雷の閃光。
 私の腕を取る誰かの手。
 引っ張られる私。
 駆け出す足音。みっつ。
 先頭に、薄汚れた帽子を押さえて走る──私の手を引く、魔導士。
「走れ!」
「噴水広場まで、みんな来てますっ!」
 夜のプロンテラを駆け出す私たち。
「待て!」
 追いかける足音。その足音は、はじめふたつ──しかし、夜のプロンテラに、その足音は増えていき──
「ほーう…」
 スピさんは帽子を押さえながら、にやりと笑って言いました。
「こりゃ、だいぶん楽しそうな雰囲気になってきたな!」
 そして、噴水広場。
「まーた、面倒なことに巻き込まれたか?」
 駆ける私たちの隣へと、荷車を引いたペコペコが、ものすごい勢いで走り寄って来ました。その荷台の上から、ラバさんが口許を弛ませながら言っています。
「みたいだな」
 答えるスピさんに、
「乗ってください!」
 パイクを逆向きに持った迦陵ちゃんが、私の前にそれを差し出しながら言いました。「乗れ!」私の手をそのパイクへと向けさせるスピさん。荷台の上にいた、いるるさんとシン君が私を引っ張りあげました。
「それで、これはどういうことですか?」
 ひらりと荷台に飛び乗ったアピさんが、仲間たちを見回して言います。
「ラバたんの調べによると」
 まゆみさんの言葉に、アブさんが続きました。
「彼女はアルベルタの、とある富豪の娘さんなのだそうです」
「娘さんが冒険者になるのを、パパさんは快しとしなかった、と」
 言うのはえぶちゃんです。「心の狭い、パパさんですね」「全くだね、えぶ」「それで──」と、ウィータさんが話をつなぎました。
「彼女のお父さんは、冒険者たちを雇って、彼女を連れ戻そうと算段した、と」
「冒険者たちをそんな風に使うって、何を考えてるんだか、と」
 グリさんの言葉に、「なるほどね」と小さく返しながら、スピさんも荷台の上に飛び乗ってきました。そして、
「おえぇぇぇぇ」
「は、吐かないでくださいっ!?」
 荷車を牽くペコペコの上で、あおさんが目を丸くしました。「解毒!解毒!」「えー、スピに使うのはSPの無駄だ」「おぉぉ、きもちわりー」「こっちくんな!?」
「それで、どうするんですか!?」
 プロンテラの中央通りを南門へと向かって疾走するペコ車の上、あおさんが言いました。
「なんだっけ──?」
 青い顔のスピさんがあおさんの方を見ながら言いました。
「だから、彼女のお父さんが冒険者たちを雇って、彼女の転職を阻止しようとしているって話です!」
「雇われた冒険者の数、おおよそ、百超」
 ひょいとラバさんは肩をすくめました。「こりゃ、分が悪ぃね」
「あ…あの…ご、ごんなさい!」
 私は荷台の上に立ち上がって、言いました。
「あの…隠しておくつもりとかは、なかったんです!でも…その…聞かれなかったし…その…転職して、既成事実を作っちゃえば…どうにかるかな…なんて…」
 ちょっとずつ、言葉の勢いはなくなっていってしまったけれど、
「あの!本当に──!!」
「ソアラ」
 帽子を押さえながら、スピさんはまっすぐに前を向いたまま、言いました。「ソアラの事を調べてくれってラバに頼んだのは、俺だ。俺も、ソアラには隠し事をしていたわけだな。まぁ、プロに戻ってきた辺りで、なーんか、俺らを探ってるくさい奴らがいたんでね。気になったわけだが」
「こいつは、そーゆー奴だ」
 ふんっとラバさんは口を曲げました。その言葉に、アブさんが続きます。
「隠していたことは、我々にもあった──と。これでドロー。ま、ソレよりも大事なことが、別にあります。そうでしょ?スピ」
「ああ──」
 突き進むペコ車は、プロンテラ中央区画を抜け、南門へと迫りつつありました。
 スピさんはにやり。「魔法士に、なるんだろ?」「え…?」「簡単な質問だ」帽子を押さえながら、言いました。
「魔法士になって、世界中を旅してまわる、冒険者になるんだろ?」
 南門が見えてきました。
 そして、夜の闇の中から、その南門に向かう私たちを待ち受けるように集まりはじめた、数十の冒険者たちの姿が浮かび上がりました。
「おおいなぁ…」
「んー──突っ込むんですかねぇ」
「彼女の返答次第だろ」
 その声に、皆が私の方を見ました。
「あ…う…」
 わ、私の返答次第って!?
「あんなにたくさんの冒険者たちが待ちかまえる中を、もしかして、突っ切るつもりでいるんですか!?」
「ソアラさんの返答次第によっては、します」
 にこり。アピさんは笑いました。
「そんな!?あんなにたくさんいるんですよ!!無茶です!!」
「しかし、速度増加のついたペコは、そう簡単には止まりません」
「そして、ノリノリのスピも、もう止められません」
 うあぁぁ…
「大事の前の小事です」
「パパ、それはかなり意味が違うような…」
「で、でも──!」
「素直になりなさい!ぴしぃ!!」
「い、いたっ!」
「調教するぞ!はぁはぁするぞ!ほれほれ、これが欲しいノカ!!」
「うぁ…まゆみさん、それはかなりヤヴァイです…」
「ぴしっぴしっ!」
「わざわざ蝶マスクしてやらんでもよかろうに」
「ソアラ」
 スピさんは言います。にやりと笑いながら、スピさんは風の中で言いました。「冒険者やってると、こんな選択はいくらでもある。進むか、戻るか」
「もっとも、今ここで進まにゃ、その冒険者にもなれんがな」
「あ…う…」
「さ。ではソアラさん。ご命令を」
 にこりと笑って、アピさんは言いました。「め、命令!?」「本日の突貫死の主人公は、ソアラたんだしねっ」「死!?」「プロベンツアー=死にツアー」
「あ…いえ、でも…」
「迷うことはありません」
 微笑みながら、アピさんは言いました。
「シンプルにいきましょう?理由なんて、どうでもいいのです」
 見回すと、他の仲間達も同じように笑っていました。
 そして私が最後に視線を落ち着けた先、「心躍る冒険に、理由なんてないのさ」翡翠色の髪の魔導士は、その薄汚れた帽子を深くかぶりなおしながら振り返りました。「もっとも──」
「ここまで来て止まる奴は、冒険者なんかじゃないがね!」
 シンプルに──理由なんて、どうでもいい──「私は──」きゅっと目をつぶり、ごくりとつばを飲み込みました。ここで引いたら、この先には進めない!!
「私は──!」
「おうよ」
 乙女なら──やってやれ!だ!!
「魔法士になりたいですっ!!」
 自分でもびっくりするくらいのその声が、夜の街に響き渡りました。
「キタ────────────!!」
「ぉぅぃぇ」
「行きますか?」
「イッテヨシ!!」
「とっつげきーッ!!」
 パーティ、プロンテラベンチの面々のノリノリな声が、私の答えに応えました。
「では!」
 えぶちゃんは手にしていた杖をぶんっと大きく振るい、呪文を唱えます。
「すべてを焼き尽くし、永遠に回帰させし炎の力よ!今こそ我が眼前に立ちはだかりし壁を、その力をもってうち崩し給え!!」
 それは炎魔法の最強魔法。三大大魔法のひとつ。
「めておすとーむっ!!」
 振り下ろされた杖に、南門めがけ、巨大な隕石が空から降り注ぎました。
 爆音。
 そして飛び散る石造りの城門。冒険者たち。「ごおわあぁぁ!?」「こんなトコに、メテオぶっこむか!!」「死ぬ!死ぬ!!」
「えぶ…それはやりすぎでは…」
「大事の前の小事です。ね、お師さま」
「その通り──突っ切るぜ!!」
 爆煙と喧噪を突き抜けて、私たちを乗せたペコ車はプロンテラを飛び出しました。
 目指すは砂の町、モロク。