studio Odyssey



Wing of the Flyer

 rel : 2003.08.25

エピローグ

小さな翼の、そのはためき

 深い深い緑の森。
 原始の姿をそのままに残す未開の森には、太古に栄えた文明の遺跡が、今もまだ数多く眠っていた。
 アローネ。
 その原始の森を抜ける大河のほとりに栄える、小さな町。
 神秘の森に眠る遺跡の発掘者たちは、今日もこの町を拠点に、太古の時代へと時を越える旅を続けていた。
 かに思われた。
「どうだった?」
 酒場のドアをあけて姿を現した仲間に向かって、タクト・カタクラ。
「だめね」
 返すのはドワーフの女性、ベルン・ボルン。隣を行くハーフエルフの魔導士、ライトも軽く肩をすくめていた。
「全然、なってないわ」
 怒ったような口調でいい、ベルンはカウンターの席へと腰をおろした。顔なじみになったウェイトレスに、水の代わりのエールを頼み、
「案内人ってのは、だいだい私たち発掘者をなめてるのよ」
 言う。
「こっちがちょっと下手に出ようものなら、箸にも棒にもかからないような遺跡を、大金払わせて連れて行こうとする訳よ」
「…はあ。まぁ」
 タクトはため息のようにして返す。
 その隣に座っていた、「ふっ、美しい…」精霊魔法使い、フィス・ライフが午後のカプチーノを口に寄せながら言う。
「つまりは、また、案内人と喧嘩をしてきたと」
「あら、喧嘩じゃないわ。意見の相違。性格の不一致」
「ライト、本当は?」
「えーと…」
「そうよね、ライト?」
「そうです。はい」
「はぁ…」
 タクトは軽くため息を吐いた。
 これで何人目か…頭の中で指折り数えてみる。まぁ、確かに自分たちはこの森の中の遺跡でも、まだ誰も踏み入れたことのないような遺跡ばかりしか探索をしたことがない。他の発掘者の話によれば、それはすごくまれなことで、ほとんどの発掘者たちは案内人に、すでに発掘された遺跡ばかりを案内させられるのが相場なのだという。
 で、その中にまだ残っているかもしれない宝を、当てもなく探す程度なのだという。
「私らを、なめてもらっちゃ困るわ」
 カウンターにおかれたエールをぐいっと飲んで、「あら、いやね。私としたことが、乱雑な言葉を」ベルンは微笑みながら取り繕った。
 自称、妙齢な女性ドワーフである。
「ふ」
 と、カプチーノをソーサーの上に置いて髪をかき上げるのはフィス。
「美しい」
 と、これも自称。
「仕方がないし、生活のために傘はりでもするかな…」
 カウンターの上に置かれていた水を飲み、タクトはぼやく。遠い海の向こう、生まれ故郷のトウヨウという場所にある国、ヒノモトのサムライ──ヒノモトでは、彼のような人間のことを、サムライと呼ぶ──である自分の剣が、この姿に泣いているのではないかと、肩を落とす。
「未開の遺跡なんか、ないんですかね」
 ベルンに続いてカウンターに腰を落ち着けながら、ライトが言った。
 皆、曖昧に頷く。
 アローネの周りには、広大な原始の森が広がっている。そして、その森の中には、まだ誰も知らない遺跡が眠っているはずだった。
 冒険者たちは、その遺跡の秘宝と、そして古の真理を求め、旅に出る。
 そのはずなのに──
「ここには、もう、冒険なんかないのかな…」
 タクトはつぶやき、腰の剣に手をかけた。
 この剣を最後に振るったのはいつだったか、思い出そうとしてやめる。思い出すという行為がなんとも嫌で、やめる。
「あれね」
 ベルンがエールで喉を潤しながら言った。
「たしかにお金はなかったかもしれないけれど──」
「アイツと冒険していた時の方が、燃えたってか?」
 常夏のアローネにありながら、汗ひとつかかずにフィスが言う。
「暑くないの?」
「ふ…汗などというキタナイものは、私には似合わない…」
「あ、鼻の頭に、汗…」
「ふ…私の光る汗も、美しいな…」
「──だめなヤツ」
 はぁとタクトはため息を吐いた。それに、カウンターの向こうにいたウェイトレスが、いつもの微笑みで言った。
「タクトさん?今週の宿賃をお願いできますか?」
「あ…いや…えーと…」
 財布の口を開けなくてもわかる。たぶん、これを払うと、次の案内人も雇えない。そうだ──今日中に、どうしても案内人を雇わなければいけないはずだったんだ。
「──ベルン」
「あの案内人は、ダメよ。行っても、どうせ空振りで損するだけだわ」
 言うベルンはタクトの方に振り向きもしない。ちなみに、彼女は以前に買ったネックレスを、今も首にかけていることからも容易に想像できるように、特にお金に困っている訳ではない。
「ふ…ビンボー人め」
 フィスがあっさりと言うのに、ライトが横目で聞いていた。
「そういう自分は?」
「私には、この美しさがあるー!!」
「すみません…ちゃんと、お金ができたら、払いますんで」
 タクトの気弱な声に、ウェイトレスは軽く微笑みながら、頷いた。
「では、タクトさんは明日からは、日払いで」
 微笑みと、言動とは、別の話である。
 タクトは仕方なく、苦笑するだけだった。
「あーあ、今日も酒場でまったりかしらね…」
 エールをぐいと煽り、ベルン。
「私は、自分の美しさにより磨きをかけるかな」
「とりあえず、ぼーっとしますか」
「傘を張ろう…本気で…」
 ウェイトレスの彼女が、冒険者たちに笑いながら、カウンターの奥に姿を消していた。
 南天に届こうかという陽が、開け放たれた窓から差し込んできていた。
 まっすぐな強い光。
 対照的に、その窓からは、優しい風が吹き込んできている。
 緑の木々のにおいを乗せた風が、吹き込んできている。
「あれ?」
 タクトは風の中にそれをみた。
 声に、仲間たちが振り向いた。
 ふわり。
 風の中に、白い羽毛。
 ちいさなちいさな、白い羽根。
 ふわりとその羽毛は風の中で楽しげにくるりと踊って、皆の視線を受けながら、カウンターに舞い降りた。
「どうかしましたか?」
 無言の冒険者たちに、奥から戻ってきたウェイトレスが小首を傾げながら声をかけた。
「──いや」
 言い、タクトは立ち上がる。
 ついで、ベルン、フィス、そしてライトも立ち上がった。
 そして、言った。
「案内人が、やっと来てくれたみたいで」
「おせー、遅すぎる。華の命は短いという言葉を教えてやろう」
「腕が、なまってないといいわね」
「それじゃ、ちょっと、行ってきます」
 そして冒険者たちは酒場を出た。
 あふれる陽の光。
 緑の森。
 吹き抜ける風に、ひらりとまたひとつ、真っ白な羽根。
 小さな翼の、そのはためきに、冒険の香りが乗って、踊っていた。
「おまたせー」
 風の中、白い羽をはためかせながら、妖精のような背丈の少女が笑う。
「そんなわけで!」
 彼女はにやりと笑い、自分の背丈ほどもある羊皮紙を広げて言った。「じゃーん」と、楽しげに。
「伝説の秘宝、天かける天使の羽根のありかを記した、幻の地図だッ!!」
「──うさんくさいわね」
 ベルン。
「で、それはまた、オマエの種族の秘宝とか言うんじゃないだろうな?」
 フィス。
「そしたら、いつも通りですね」
 ライト。
「ミントを売る…か」
 タクト。
「うぉ!?タクトまでそんなことを!?」
 白い羽根をはためかせながら、少女は驚きに目を丸くした。けれど、それもほんの一瞬。彼女は笑いながら、皆に向かって、言った。
「いくぞ!トレジャーハンターたちよっ!!」
「仕方がないわね」
「背に腹は代えられないし」
「いざとなったら、ミントを売る方向で」
「さて──と」
 小さな翼ははためき、冒険の待つ森へと向かって飛んでいく。
「行きますか!」
 彼らはその翼を追う。
 待ち受けるのは、風に舞う、心躍る冒険の物語。

 しかしそれはまた、別の話…