studio Odyssey



相変わらずのふたり


「男と別れた」
 そんな電話を、少し怒ったふうにして、彼女がかけてきた。
「また?」
 なんて、彼が受話器の向こうで溜息をつく。また──なんて失礼しちゃう。
「今度のは、それでも長かったんだよ」
「五ヶ月くらいか?」
「そう──かな?」
「長いって言わない」
 彼女は、高校の同級生だった子だ。大学に入った今でも、時々こうして電話をしてくる、女友達。
「私にしては、長かった」
 彼は高校時代の部活仲間。私と一番長く続いているかも知れない、男友達。
「相変わらず、恋多き人だね」
 彼は笑うようにして言う。失礼な態度。だけれど、それをわかってても、やっぱり電話しちゃう。
「恋は、女を綺麗にするの!」
 彼女はちょっとむきになって返した。だったらかけて来なきゃいいのにと思うけれど、こうして話すのは、決して嫌じゃない。
「恋が女を綺麗にするって言うんなら──今にクレオパトラも真っ青だね」
「皮肉?皮肉も相変わらずで」
 受話器の向こうで笑いあう感じ。いつもの、言葉のジャブ遊び。
 彼女の声を聞く度に、今も昔のように話せるかと不安に思うけれど──彼女も相変わらずだ。
 変わってない──
 電話をかける前はいつも、彼が変わっていてしまったらどうしようと思うのだけれど──結局は取り越し苦労。
 相も変わらず──
「そっちはどうなのよ、彼女とは?」
 私は、話題を変えた。形勢不利かな?と思ったから。
「ああ…」
 と、喉をならして言葉を濁らせる彼。でも、私にはわかってしまう。
「別れちゃったの?」
「…まァ」
「どうしてー?可愛い子だったのにー?」
 自分の話をさておいて言う彼女に、
「いろいろあるわけ、こっちにも」
 僕は軽く笑いながら返した。形勢不利かな?と思ったから。
「それに、お前に言われたくないぞ」
 受話器の向こうで笑う彼女。その顔は、容易に想像がついた。彼女は笑いながら、返す。
「まぁね。あんた、何事も面倒くさがるものね。女の子と長くなんて、続くわけないか」
「よけいなお世話。そっちだって、その浮気性、何とかした方がいいぞ」
「言うなぁ。本当のことだけど」
 笑いあう私たち。相変わらず。
 私は部屋の窓から夜空を見上げて、受話器の向こうの彼に向かって、聞いた。
「ケンカ?」
「と言うよりは、愛想尽かされた──かな?」
 僕は笑いながら机の上の煙草を手に取ると、それを持ってベランダへと出た。受話器の向こうで彼女が笑ってる。
 澄んだ夜空。きっと二人、同じ星を見てる。
「そっちは?」
「何が?」
「男と別れたって、電話してきたんでしょ?」
「そうだっけ?」
「おい」
 彼の声。口許を弛ませる私。とぼけてみせるのもお約束。ちょっとの間の沈黙に滑り込んでくる、ジッポーの音。煙草に火をつける彼。
「で?」
 黒色の夜空に青白い煙を吐き出しながら、僕は彼女に向かって聞き返した。彼女は「うん?」と喉をならすようにして答えてから、続けた。
「それがさ、しつこい奴でさ。私がどこで何をしてるのか、全部知っていないと嫌って奴なの。もう、2時間おきに携帯がなるんだよ?」
 一気にまくし立てるようにして言う彼女の言葉に、
「大したもんだ。僕には絶対真似できない」
 そう言って、彼、笑う。あ、この笑い方は冗談を言うときのそれじゃない。
「で?それが嫌で?」
「ん?んー…」
 彼女、言葉を濁らせてる。他にも何かあったんだな。僕はそれをわかって、右手の煙草を振りながら、返した。
「それで?」
「ん?うん…」
 言葉を濁す私。短く聞き返す彼に、
「しかもね、その男、別れるくらいなら死んでやるとかって言いだしてさ」
 そう言って彼女は、はぁと溜息を吐き出した。
「愛されてるね──」
 僕は笑う。
「皮肉を言わないで。本当に困ったんだから」
 私は返す。
「愛されすぎるのも、辛いのよ」
「でも、結局は別れたんでしょ?」
「うん」
 彼女、きっぱり。
 彼、笑ってる。
「で、次の恋の予定は?」
 彼は笑いながら、私に向かって聞いた。
「んー…私は愛とは何かわからなくなった。だから当分は予定なし」
 って彼女。何を言っているんだか。
「十分の間違いではなくて?」
 失礼な彼の言葉に、私も笑う。
「そう言うそっちは、どうなのよ」
「んー…彼女は面倒だから、いらない」
 と、彼。本気っぽい。
「一生結婚できないよ、そんなんじゃ」
 彼女、楽しそうに笑う。
 受話器の向こうとこっち。一緒になって笑いあう二人。
 相変わらず。
 これから先も、ずっと。当たり前のように。
 そう、きっと二人、これから先もずっと──
 アイも変わらず。