studio Odyssey



You see what I'm saying...?


青い空を見ていると、子供の頃を思い出す。

あの頃は、走ればナンにでも追いつけると思っていた。
走れば追いつく。
走って追いつけないモノはないと思った。

やる気になれば、ナンにでもなると思っていた。
やれば出来る。
やって出来ないことは無いと思った。

遊んでいるとき思い浮かんだものになれると思った。
そう…、ナンにでもなると思った。

子供の頃は、走って走って、ただ走っていた。

今は、青い空を見て何を感じているだろう。

今は、青い空を見て走っているのだろうか…

:1

        1

 空はとても青く、遠くの方を白い入道雲が静かに浮いている。少し暑くなってきている部屋の中を、夏の香りを乗せた風が通り過ぎた。
 ソイツは窓から入る陽射しで目を覚まし、スチール製ベッドからゆっくりと身を起こす。
 太陽は力強い輝きを部屋の中にそそぎ、朝を伝える。建ち並ぶ家の屋根の上をどこまでも続く青い空が、朝の爽やかさを増していた。
 ソイツ――三条セイイチ――は窓から空を見上げ、ゆっくりと大きな欠伸をした。
 そうして今日も一番にリモコンのスイッチを押しテレビをつける。ニュース番組を選択し、朝のニュースをチェックする。
 初夏の朝。1999年7月。
 テレビからは、「今日の天気は快晴です」などとノーテンキな声が聞こえてくる。セイイチはそれを見ながら溜息と共に言葉を吐き出す。
「やっぱ世界が滅んだり、しないよな…。」
 当然である。世界が滅んでいたらセイイチはとっくにこの世界にいないだろうし、だいたいテレビがつくことが無い。
 そんな事は気にもとめず、再び溜息を吐きながら窓の外を見るセイイチ。眩しく輝く太陽に目を細めて見つめた。希望とは呼べないものを、胸に抱きながら。
 外ではいつものように小鳥が楽しそうに飛び回り、テレビは相変わらずくだらないことを世間に垂れ流し続けている。
 つまり、セイイチにとってうんざりするほどの、終わらない就職活動という相変わらずの日々が続いているわけである。



        2

「ここか…」
 溜息混じりにそう言い、セイイチは建物を見上げる。暑さのためか、それとも緊張からか、額から汗が一筋流れる。
 会社訪問。就職活動中の学生でコレをやらずに内定を貰った人がいたら見てみたい。というほどの会社訪問である。
 セイイチはいつもどおり、訪問時間の1時間前に会社の場所を確認していた。
 やれやれ、コレからここの試験やら面接やらを受けるんだよなー。
 そう思うとこのまま帰ってしまおうかという気にもなるが、そうするわけにもいかずセイイチは近くで時間をつぶせるところを探すのである。
 駅からの道のりでファーストフードかなにかあったかな?
 考えるが記憶にない。やれやれと思いセイイチは回りを見渡した。小さい公園を見つけ、その脇にある自動販売機に向かう。コインを入れ、何時も飲んでいる缶コーヒーを選びボタンを押す。ガタンという音ともに落ちてくる缶コーヒー。
 それを手に取ると冷たさが伝ってくる。
「おぉ、冷たい!」
 アイスを選択したのだから、当たり前なのだが冷たいものは冷たいので声に出した。
 セイイチはその冷たさを感じて気を取りなおすと、公園のベンチに座り、昨晩書いた志望動機を見なおした。
「私が御社を志望したのは…」
 セイイチはなんとなく声に出して読んでみる。何回か読んでみて、頭の中で繰り返した。
「俺だったら、落とすな…」
 自分で言っていれば、世話が無い。セイイチは自嘲気味に笑うと、
「まっ、なんとかなる。っていうか、何とかしないとヤバイ…!」
 かなり本気に自分に言い聞かせるのである。
 そんな事を言いながら、会社の資料を見たりしているうちに、会社訪問の15分前になっていた。嫌なことを待つ時間は、すぐ過ぎるものである。
 セイイチは、記念すべき20件目となった会社に向かい歩き出した。

 この後、2時間程してセイイチは、SPI・適正テストを終えて面接を受けることになる。
 何処の会社も変わらない、同じシステムで面接の順番を待ち同じようなことを聞かれ、セイイチも同じようなことを答えるのである。
 これから、社会人というものになるために。
 これから、社会人と言うものに見とめられるために。

「三条セイイチさん」
「はい。」
 短く答えて、立ち上げる。スーツにしわが出来ていないかを確認して、六畳間ぐらいの待合室をでる。呼びに来た社員に、面接室の前まで通された。
 白色で統一されている扉の前で深呼吸をし、セイイチは気分を落ち着かせる。
 そして、決まり通りに白い扉を「コンコン」と2回ノックし、相手の返事を待つ。
「どうぞ。」
 味も素っ気もない言葉が帰ってくると、セイイチは「失礼します。」と言い面接室に足を踏み入れる。
 さすがに何回も面接を受けてくると、緊張もほどよく面接官を見ることが出来る。
 面接官は3人。普段は会議室に使われているだろう、20畳ほどの広い部屋に縦長の机を二つ横に並べて座っている。机から2メートルくらい離れたところにポツンとイスが一つ置かれている。真中の面接官がセイイチをそのイスに促し、再びセイイチは、
「失礼します」
 と言って座る。
耳鳴りがするほど聞き飽きた試験管の決まり通りのセリフを聞き。そして、自分の学校名と名前を言う。
「では、次は志望理由を」
「はい。御社を志望した理由は―――」
 そうして、頭の中に叩きこまれた、どこの会社でも言ったような志望理由を吐くのである。



        3

 六畳間にコントローラーを激しく打つ音が響いている。
 太陽が空を紅く染め始めている。そして部屋の中も夕日が射し込み、壁や家具を紅い色に染めていく。午後ではあるが、住宅街の奥にあるため、周りはときどき通る車の音がするくらいである。だから余計に静かな家の中で、コントローラーを打つ音が響く。いや、響いているのは声の方だろう。
「あっ、くそっ!テメッ、汚ねーぞ!」
「知らんな。」
 ごく一般的な家の部屋。その部屋でテレビの画面を見ながら、格闘ゲームに熱中する二人。激しくコントローラーを打ちながら、必死に技を入力する。
 ゲームのキャラクターが、多彩な動きを見せながら技を繰り出す。
「なら、これだ!」
「あっ、それ、ハメじゃねーか!」
 そんな言い合いをしながらゲームをする。それが楽しいのである。
「あっ、クソッ!負けた!!ジュン、今のはナシだろ!」
「ふっ、勝てばいいんだよ。勝てば!」
「コイツは…」
「知らんのか?世の中は勝った方が正義なんだ。歴史がそれを証明している」
 そう言ったのは御平ジュン。中学校からセイイチの友達である。
 セイイチは久しぶりにジュンの部屋に遊びに来て、テレビゲームに興じている。
「てめー…」
 セイイチはそう言うと、すかさず再戦を選ぶ。
「勝てば正義なんて独裁者みたいなセリフを言いやがって!俺が本当の正義を教えてやろう!」
「いや、セイイチも十分なことを言っているぞ」
 再び、画面にゲームのキャラクターが現れる。ゲーム再開である。
「うるせぇー!世界に愛をパァーンチ!」
「そんなの食らうか!世界より先に、僕に愛をキーック!」
「愛が無いな。」
「他人どころではない!」
 まったくである。そう言うと、ジュンはさらに攻撃コマンドを入れる。それに従いテレビの中で激しい攻撃が続く。
「自分が1番!自分がかわいい!まずは自分に救いの手を、神様!」
「そーゆーヤツが真っ先に神に見捨てられて地獄に行く、って思わねぇ?」
 セイイチはそう言うと、防御から攻撃にコマンドを変える。
「確かに。他人どころでは無い、といえば頷けるがな」
「だろ?顔も見たことが無い他人なんぞ知らん」
「余裕無いのね」
「やかましい。セイイチはあるのか!?」
「無い…」
「ほら見ろ。だいたい、昨日だって見たい番組がやってなかった。神はなにをやっているんだ?」
「いや、それは関係ないだろう」
 中学の頃から変わらない、くだらない言い合い。ゲームは、こういう言い合いをするためにやっているようなものである。
 西日と共に開けてある窓から少し冷たくなった秋の風が入ってくる。
 少し寒いな。セイイチは、そう思うと口を開く。
「早いもんだなー。」
「何が?」
 画面から目を離さず、ジュンが答える。
「いや、今年が後2ヶ月もなく終わってしまうって事よ」
「何、とつぜん感傷的なことを言い出してるんだ?」
 言いながら、ジュンは技を入力する手をさらに早めてセイイチのキャラクターに攻撃を入れる。セイイチはそれらを防御し、カウンターを叩きこむ。
「フッ、秋の寂しさがそう思わせるのかな?」
 ちょっと格好をつけて言うセイイチに、ジュンは冷静に言い返す。
「ヘイキか?」
「…秋は寂しいなぁー」
 セイイチの言葉を聞き流し、ジュンは再び攻撃を仕掛けてくる。下段、上段、投げ、大技そして防御。激しい攻防である。
「しかし、まぁ、余裕が無いといえばこれからだな」
 誰に言うでもなく、セイイチは言った。
「何が?」
 さっきと同じ答えを返す。
「いや、俺、会社辞めたからなぁ」
「そうだな。本当にセイイチが会社を辞めるとは思わなかった」
「それは俺も。自分で言うのはなんだけどさ」
「うん、だろうな。セイイチって、なんだかんだ言って続けて行くタイプだもんなぁ」
「まぁな。自分でもよく辞めたなと思う」
「でも、なんで辞めたんだ?」
 ジュンが聞いた答えを言わず、セイイチは技を入力する。
 しばらく無言でゲームを続ける。2人のレヴェルが近いのか、なかなか決定的なダメージを与えられず長期戦となっている。
 セイイチが、ジュンのキャラクターを大きく蹴り飛ばした。
「あっ!クソッ!!」
「まだまだ、だな」
「やかましい。まだ、ゲームは終わってない!」
「おう!終わってない。コレからだ」
「何がだ?」
 少し笑って答える。
「これからって事だよ」
 セイイチも笑い返す。
「でもさー、なんで辞めたんだ?ちょっと、不思議だ」
「んー、それは辞めた理由を聞いているのか?」
「あぁ。セイイチが堕落していく始まりを教えてくれ!」
「うるせー。…まぁ、辞めた理由なんて一つだ。その理由を後押しする『言い訳とキッカケ』は沢山あるけどな」
「なんだよそれ」
 そこで、ゲームが終わる。セイイチが大技を出して勝ったのだ。
「クソッ!」
 悔しがるジュンに向かって、余裕そうな顔を向ける。
「ふっ!聞きたいか?やー、どーしようかなぁー」
「どーせアレだろ?仕事内容とか、人間関係とか、勤務地とかその辺だろ」
 知れた顔で言い返す。
「なんだ、判ってんのか…。つまらん」
 少し不満そうな顔をするセイイチ。そのまま続ける。
「まぁ、ようはアレだ。あの会社が嫌だったんだな」
「おい…」
 テレビ画面では、今の試合のリプレイが始まっていた。



        4

「んー…」
 パソコンが60台近く並んでいる部屋で、セイイチは小さく唸る。
 大学のパソコン室。比較的新しく出来たせいか、教室ほどの広い部屋はなかなかきれいである。しっかりと整頓されて並んでいるパソコンが部屋の小奇麗差を増している。
 今は講義がある時間のため、部屋に人は少ない。4、5人といったところである。
 セイイチはというと、講義のサボっているわけでなく。空き時間にインターネットで会社探しをしているのだ。
「はぁ…、なんか行きたいと思う会社がないなぁ」
 リクルートのホームページで会社案内を見ながら、小さく独り言を言う。
 いくつか並んでいる会社の中で、自分の専攻している学科の内容が活かせそうな会社をクリックし、会社紹介を見る。新しいウィンドウが開かれその会社の概要を見る。
 ――我社は――、やる気のある人、自分を高めたい人募集します。――
 やる気ね…。あるかな?俺は。
 会社の面接官がいたら、間違いなく取らないような事を思い、会社概要兼募集を読むセイイチ。そう思いながらも、その会社にエントリーをしてしまう。
 星の数ほどあるのではないかと思われる会社の検索ページ。
 それを見ながら、頭がくらくらするなと思い溜息を吐く。やれやれ、である。
 そして会社の検索ページを開いたまま、マウスを動かす。
 今度はリクルートから来るE-メールを見るためOutlookを開いた。今週のリクルートメールを見るためである。
 リクルートメールにはいつも通り、
「私達は就職活動中の皆さんを応援します。まだまだ、募集中の会社はあります。根気よく就職活動を続けましょう」
 などと書かれた1文が、初めにあったりする。この文を見て一体何人の人がやる気を無くしている事だか。
 もう辞めたいね。そう思いながら、セイイチは先を読む。
 ――就職率過去最低。今年は求人募集しない企業も――
 なんか、バブルがはじけてから毎年、過去最低って言われている気がする…。
 ――就職は「縁」です。きっと、あなたに会う会社が見つかります――
 どうやら、就職と「縁」が無いみたいだ。
 ――あなたのやりたいことは何ですか? 自己分析でしっかりとやりたいことを探しましょう――
 やったけど、なかなか判らないもんなんだよ。正直、迷うね。アレやると…。
 ――会社選びは慎重に! あなたの一生がかかっています――
 だから、判らないんじゃん。たかだか半年かそこらくらいで、自分の一生決められないって。
 ――就職活動はすばやく動きましょう! あなたに合う会社を逃してしまうかも?――
 さっきは慎重に、って書いてあったけどなぁ…。
 ――私達は、就職活動をする皆さんを応援しています――
「やれやれ…」
 リクルートのメールに一通り目を通し、椅子の背もたれに寄りかかる。
 部屋を見渡すと数人がパソコンに向かっている。どうやら何人かは就職活動中らしく、手帳に画面の情報を書きこんだりしている。
 なんだかなぁ。そう思い、タバコを吸おうとパソコンの電源を落し、席を立つ。
 パソコン室のある階は全面禁煙のため、喫煙可能な階まで降りなければならないからだ。
 セイイチはポケットの中のタバコを確認しながら部屋を出る。少し、吸う本数増えたなと思いながら、小さく独り言を言う。
「俺は本当に就職したいのかな…?」