studio Odyssey



no title

Written by : yuni

 等々力 克哉(トドロキ カツヤ)
 2006.10.16. 07:31
 **県**市**区*条**丁目*−**の**マンションから転落死。


   ***


「あなたの運命は、決まっています」


   ***


 目を覚まし、意味のない目覚まし時計に目をやり、慌てて、しかし朝食のパンを齧っていた時に、呼び鈴が鳴って、出てみれば、

「あなたの運命は、決まっています」

 である。
 とりあえず、俺と、目の前の女。こいつらの正気か聴覚を疑わなければならない。兎も角、説明を求めてみる。確かに急いではいるが、遅刻したところでどうなる用事でもない。

「正確には、あなただけでなく、私も、あなたのお隣さんも、お知り合いも、大企業の重役も、ギャンブルに狂奔している社会不適合者も、今は亡きモーツァルトも――つまりは、全ての人間、ですが」

 へえ。

「その運命ですが、然るべきところにある然るべき文――私達は、『書』と読んでいますが――に、記されていまして、当機構では、それを解読出来るのです」

 冷静に考えると、新手のカルト宗教かもしれないと思えた。だとすれば、会話を成立させている現時点で、俺は致命的な失敗を犯してしまっていた。寝起きを襲われるとは、不覚である。

「して、当機構は、運命を解読し、その人物を、ある基準に則ってソート・管理し、また、然るべき時が近づきましたら、ご本人にお伝え申し上げている次第でありまして――」

 回りくどい話に嫌気が差して、不本意ながらも切り返すことにした。ああ、もう、術中に嵌ってるんだろうな。畜生。
「話の腰を折って悪ィけど、要点だけ、さくっと言ってくれないかい?」

 申し訳ありません、と形ばかりの謝罪をされる。申し上げ難いことでして、と言い訳のオマケ付きだ。
「ご本人の運命の完結……お亡くなりになる十分前になりましたら、ご本人のみに認知出来る形で、ご報告致しております」

 はい?
 あいどんとのう、わっちゅーみーん。

 突拍子のなさにも限度がある。俺は運命論者でもなければ、敬虔なクリスチャンでもないし、死を身近に感じられる身分にもなかった。

「おたく、何言ってるワケ?」
「ですから、あなたは、十分……いえ、もう、七分後ですね。死亡することになっていらっしゃいます」
「へえ。因みに、どうやって死ぬかとか、分かるのかい?」
「はい。『書』には、全てが記されておりますゆえ」
「じゃあ、俺の死因っつーかシチュエイションっつーか、教えて貰える?」
「少々お待ちを……」何やら手帖を取り出して頁を捲って、「刃物を持った人間に襲われ、逃走を図るも、このマンションから転落し、死亡――となっています」

 どーも、と一応礼を言って、「お勤めご苦労さん」
 片手に携えたままだったパンを口に運びつつ、壁に掛かっている鞄を取って、女を押し退けるようにして、外に出る。
「鍵掛けっから、退いて貰える?」

 女は何も言わずにドアの外に出て、俺は鍵を掛けた。癖で三回確認をして、それから鍵をポケットに放る。
「アンタの言う通りってことにしとくンで、付き纏ったりしないでくれよ」返事は待たずに歩き出す。
 我ながら、よく付き合ったものだと感心した。確かに、このマンションの廊下は転倒防止用の柵は低いし、地上はコンクリート舗装であるので、俺の部屋がある七階なんかから転落すれば、死亡も充分有り得る話ではある。しかし、そもそも刃物を持ったキチガイさんなんかに襲われる覚えはないし、たとい襲われても、転落死を宣告された以上、落ちはしまい。それで落ちたとすれば、それはただの馬鹿だ。

 後ろに、足音が現れた。そういえば、エレベータはこちらにしかない。
 乗り合わせる気不味さはあるが、かといって、これ以上拘泥していると遅刻してしまう。問題はないと言えども、無闇にするべきではないのは道理だ。
 その足音の急加速があって、疑問に思って振り返ると、

 白刃と、女があった。

 一瞬戸惑い、しかし本能が危険を察知する。前に向き直って全力で走る。
 女も華奢な外見に似合わぬ俊足ぶりで、間を開けるとも詰めるともなく、追随してくる。一応サッカーを齧っていた俺の足は遅くない筈なのだが。生命が脅かされると妙に冷静になる、とよく耳にするが、強ち間違いではないのかもしれないと思った。
 要は、アイツ自身が運命を現実にするということだろうか。

 階段を降りて、少し距離を開けたことを確認。六階の廊下に出て、捲こうと企図した。
 角を曲がって、全力疾走。隅にある非常階段を使おう。

 606号室の前に差し掛かり、その時、
 扉が開いた。

 なまじブレーキを掛けた所為だろうか、扉に押された俺は大きく飛ばされ、

 身体は宙にあった。


   ***


 女の言ってることは、真実かもしれなかった。


   ***


 だが、落ち方が良かったのか、衝撃を大きく受け流し、
 俺は生きていた。

 安堵の息をつき、女の言うことが誤りであったと思い、勝ち誇ったように立ち上がると、

 白刃と、女があった。


   ***


 等々力 克哉(トドロキ カツヤ)
 2006.10.16. 07:32
 **県**市**区*条**丁目*−**の**マンションから転落死の運命を離脱した後、胸部を刺されて失血死。


author:
yuni
URI
http://www.studio-odyssey.net/thcarnival/x01/x0106.htm
改訂版:
http://flon.hp.infoseek.co.jp/notitle2.txt
author's comment:
 読み返すと、自身の感覚より長いな。
 分かり難いことは保証しますよ。
 日付とか打ち込みながら、「これデスノじゃね?」とか思ったのは君と僕の秘密だ。
member's comment:
<zeluk> ラストは転落とか書かないで「告げられた運命の死を逃れ」の方がいいかもなーとか思った。
<Ridgel> 死亡時刻の一分のずれとか。
<u-1> トップの死の宣告はない方が僕はいいかなと思うな。明示的にトップの部分の死の宣告を女がしているわけではなく「逃走を図るも、転落して、死」と言っているだけだから、どこのタイミングで死ぬとは言ってない。逃走を図るも、転落して、死なないけれど、刺されて死ぬ。女の台詞でミスリードできるからね。最後、鉢植えが落ちてきて死ぬ、でもいいけど、ちょっと笑ってしまうかw
<zeluk> それはギャグだな。
<Tia> それはそれで、SSとして成功なのではw
<zeluk> 確かになw