studio Odyssey



no title

Written by : kenon

夜遅く、人の行き来はいつも通りまばら。

特にこれと言って特別なことはなされないこの日、逆を返せば、特別な思いがある人にとっては特別な一日。


「ん」


マルボロ片手に車の鍵をバンバンはたいて探す、駐車場にいる仕事帰りの自分には、この日の意味は後者にあたる。


「おっかしいな・・・今まで無くした事なんかなかったのに・・・」


といっても、毎年毎年この日だけは何かを忘れている気がする。

七夕なんていう習慣が知識としてなければ、単にラッキーセブンな日でしかないのだが。


「・・・・はぁ、今年は車の鍵か。俺に朝まで残業をしろとでも言うのかな・・・・」


「んん。多分そうだと思うね。」


後ろで声がする、そして飛んでくる。


「お前が持ってたのかよ・・・」


「というかあんたが忘れていってたんでしょうが。むしろ感謝しなさいよ」


さっきまで探していた鍵を確認する。車の扉はいつも通りに開いた。

週末だしめんどいしで、上着やら鞄やらは後部座席に押し込む。


「はーしんど・・・・・・で、お前は何をやっているか。」


「?何って、座席の用意。」


「それは見れば解かる。何故に俺の車の助手席に座ろうとしているのかだ。」


「ああ、今日車できてないから、ちょっと家まで送ってってよ、運転手さん。」


「誰が運転手かっ。」


「いいじゃん、どうせ広々で無駄そうなんだし、このエルグランド。」


「俺の夢だ。広さとか関係なかろうが。」


「はーいはいはい。時間の無駄だから出発する!」


バンバン本革のステアリングをたたく彼女。はぁ、もう厄日に付属品がついて来るとは。

仕方が無いのでVQ35DEの心地いいサウンドを響かせる。駐車場を出て右に。

彼女の家まではそう遠くないが、今の時間を考えると、送ってから家に帰るとろくに風呂にも入れなさそうだ。


「はぁ・・・今年は特に厄日かよ・・・・あぁ・・・・くそう・・・」


「・・・何ぶつぶつ言ってるのいまさら、キモイよ?」


「誰のせいだ、ダレノ。」


「いかにも乗ってくださいって言う車に乗ってきてるドライバー?」


「・・・・」


もう泣いてやる。ってめっちゃ思う。大体何故こいつは俺についてくるんだろうか。

自称恋人未満の、俺曰くやくびょうがみ。

偶然同じ職場で、同期で一緒にいる時間が長めなので普通に接しているだけの。

しかしなぜかよくいじめられてしまうという、くそう。

もうなんていうか織姫でも彦星でもなんでもいいから俺を救ってくれと。

そう思いながら大衆食堂の右を曲がって、見慣れたマンションの前に着く。


「ほれ、着いたぞ。」


入り口の前に車を止めて、話しかける。


「ん」


窓に寄りかかって目を細めていた彼女は、話しかけられると小さく声を出して


「降りるのめんどいからもうちょっといていい?」


「だめ」


「・・・それ、私限定のいじめ?」


「いじめる趣味は無い。というかシャワーくらい浴びたいんだよ」


「・・・じゃ、もういいや。どうせ私より自分の家のシャワーの方が好きなんだよね」


ドアが勢いよく開く。


「いや、だれもんな事いっ・・


あしらおうとした時だった。

やわらかい感覚が唇に触れる。右手にかけたハンドルも、左手がつかんだ座席も、全くその場から動かせなくなった。

訳がわからない。今がどういう状態なのか、何が起こっているのか。

・・・・実際一分も無かったろうが、かなり長く感じられた。


「オヤスミ」


逃げるように去っていく、いつもの彼女の後姿が後にはあった。




黄色の点滅信号の交差点を、いつもの調子で左に曲がる。

時刻は深夜1時過ぎ。道路には車もまばらで、街頭の明かりと静寂が、昼間との違いを浮き彫りにする。

今日は世界的に見れば特別な日でもなければ、記念日というわけでもない。

7月7日。織姫やら彦星やらが、ふとした話題に出てくるくらいの、そんな日。

奇しくもそれは、自分自身の誕生日でもあり、そして毎年のように降り注ぐ厄日でもあり。

そして、彼女自身の誕生日でもあって。加えて今年は少し、自分にとって特別な日になったようだ。


「ラッキーセブン・・・・か?」


なんとなく、願わくば空に浮かぶ2人の代わりに。その先を見ることができれば、いいなと思った。


author:
kenon
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