studio Odyssey


第八話




 ついてないな…
 吉田 一也は空を見上げて、大きくため息を吐いた。
 雨。
 電車に乗ったときもぱらぱらとは降っていたが、駅に降りてみたら本格的に降り出しているではないか。
 最悪だ…
 これが学校に行く途中なら、誰か友達でも捕まえて傘に入れてもらえばいいのだが──詩織もいるし──だが、さすがに帰りともなると誰もいない。
「走るかな…」
 しかし、音を立てて降る雨の中を走るのは気が引ける。しかも、今日は土曜日。Nec本部に寄らなければならない日なのだ。
「お姉ちゃん、雨降るなら降るって言ってくれればよかったのに…」
 朝のニュースはいつも見ているが、一也の姉、香奈がその内容を覚えているはずがない。
それは無理ってもんだ。
「なにしてんの?」
 地獄で仏。
 駅の階段を下りてきたのは村上 遙。しかも、手には傘を持っている。
「遙!ちょうどよかった」
「何が?」
 と、小首を傾げて、雨の中へと傘を差して出ていく。
「ちょっとちょっと!無視しないでよ!!」
「あーら、もしかして一也。傘持ってないの?だんめねぇ」
 そんなこと言ってるが、遙とてその手に持っている傘は置き(忘れ)傘だ。
「入れて欲しい?」
 にやっと笑う。
「くっ…」
 しかし、ここで濡れて行ったところで、遙のことだ。本部に着いたら着いたで、また何か変なことを言うに違いない。
「いっ…入れて下さい」
「い・い・わ・よん。でぇーもぉー…」
 くっそ…どっちにしても同じか…
「世の中ギブアンドテイクって言うんだろ。わかったよ」
「まっ!そんなつもりじゃなかったのに。悪いわねぇ」
 じゃあどんなつもりだったんだよ。と、よほど言おうかと思ったが、言えば傘に入れてもらえなくなる。
「ラーメンおごる」
「らぁーめぇーん…」
 不満そうに眉間にしわを寄せて、
「じゃ」
 と、遙は半身になって手を振る。
「ああっ!わかった。なに?何でもいいよ!」
「この前学校の近くにケーキ屋さん見つけたんだよねぇ…放課後に前を通ると、おっいしそうなニオイがしてぇ…」
「そこ高い?」
「じゃ、私先に行くから」
「わかったよ!おごるから!」
「ふふーん、ごちそうさま。さ、どうぞ」
 くそぅ…痛い出費だ…一也はぶつぶつと文句を呟いて、遙の傘の中に入った。と、そこで、
「詩織ちゃんに言ったら、彼女怒るかなぁ?」
 遙はそういって、悪戯っぽく微笑んだ。
 それって脅し?と、一也が苦笑いを返すと、さぁ?と遙は目だけで笑う。
「あとなに?」
「やっぱ、らーめんも食べたい」








 第八話 逆襲のジョン(・マッキントリック)(注*1)

       1

「あら、雨だわ」
 パソコンのモニターから顔を上げて、助教授、西田 明美は呟いた。Nec本部、作戦会議室の窓が、雨垂れに濡れている。
「あ、本当だ。全然気がつかなかったですね」
 と、院生中野 茂──通称シゲ──もマンガから顔を上げた。ここ、東京国際空港の片隅にあるNec本部は、今は使われなくなったジャンボジェット機の格納庫を改造して、巨大ロボット用の特別ハンガーに作り替えたのだった。それ故、防音設備はしっかりとしており、少々の物音は全く聞こえない。
「香奈ちゃん、買い物に行ったけど大丈夫かしら?」
「ああ、傘持ってましたから。大丈夫でしょ」
 と、シゲは事も無げ。
 ──一也の姉、香奈はちゃんと傘を持っていたようである。


「雨とは好都合だ」
「そうか?まぁ、身を隠すにはこっちの方がいいがな」
 と、何気なく日本語で書いてあるが、この会話は英語で行われている。(注*2)
「時間は?」
「今、12時48分。作戦開始まで、あと12分」
「何だこいつ。どけ!来るな」
「何だ、どうした?」
「猫だ。くそっ、薄汚いノラ猫が」
「蹴るなよ。動物虐待で訴えられるぜ」
 相棒はそういって笑う。もちろん、彼が猫嫌いなことを知っているのだ。
 泥まみれの子猫は、Nec本部を遠巻きに見る、腰ほどの高さのある草むらの中にいた。もちろん、彼ら二人もその草むらの中にいるのだが。
「くそっ、早くどこか行かねぇと、目ン玉えぐるぞ!」
「おい、止めろよ。きっと腹が減ってるんだな。何かあったかな…」
「止めろ!なつかれでもしたら、支障がでる」
「大丈夫さ。ほれ、ビスケットがあるぞ。こっち来いこっち」
「そのままどっかつれてってくれ」
「わかってるって」
 がさがさと草むらが揺れる。


 おや?
 と、香奈は自分の耳を疑った。
 音を立てて降る雨の中、昔どこかで聞いたことのあるような声を聞いたのだ。うーん…なんだろう?
 立ち止まって耳を澄ます。本部まであと少し、この辺りは腰の高さまで下草が茂っていて、いつも通る度に刈らなきゃなと思うところである。あ、まただ。
 今度ははっきりと聞こえた。
「猫ちゃん、どこぉ?」
 下草の茂っている辺りのどこかから、か細い子猫の鳴き声が聞こえる。きっと、お腹をすかしてるんだわ。もうお昼もまわってるし、シゲさんや明美さんや、教授もきっとお腹をすかしてるだろうし…雨は自転車に乗って買い物にいけないから不便よね。あぁ、お腹空いたなぁ。
「猫ちゃん、どこにいるの?食べたりしないからでてきて」
 香奈の頭の中では、上の五行はつながっている。
「猫ちゃん?」
 と、呼んでも子猫の出てくる気配はないので、香奈は困って眉間にしわを寄せた。どうしよう。困ってる人は助けないといけないし(注*3)…けど、この中に入ったら洋服が汚れちゃうし…このスカート、まだ新しいし…
「いいえ、ダメよ。きっとこの雨の中、お腹をすかして、寒さに震えてるんだわ。ひとりぼっちで、もしかしたら飼い主に捨てられて、『もう人間なんて信じられないんだ』とか、そう思ってるかも知れないわ。違うのよ猫ちゃん、人間はね、悪い人ばかりじゃないの」
 無論一人芝居をしているわけではない。香奈はその子猫に向かって言っているのである。
「今行くからね」
 と、香奈は草むらの中に足を踏み入れた。


 よって、香奈は泥だらけになった。
「うわっ!どうしたの、泥だらけじゃない」
 ハンガーに入ってきた香奈を見て、整備員の一人が驚愕の声を上げる。
 えへへと、香奈は仕方なさそうに笑った。全身びしょ濡れ。子猫を抱えているため、傘をさせなくなってしまったのだ。
「うえっ、どろんこじゃねーか。それに何だ?その泥の固まりは」
 整備班長、植木ことおやっさんが、香奈の手の中の丸いものを見て言った。
「子猫です」
 と、香奈はおやっさんに猫を見せる。ぱちりと瞬きをした猫の目が、泥の中から現れた。
「拾ってきたのか?」
「だって、この雨の中、お腹をすかして、飼い主に捨てられて、絶望に打ちふるえていたんですよ。ほおっておけないです」
 雨の中にいたのは確かだが、別にお腹はすかしていなかったし、飼い主に捨てられたと言うのも憶測である。
「わかったわかった。おい、誰か香奈ちゃんの荷物を上に持ってってやれ」
「あ、自分でやります。大丈夫です」
「大丈夫じゃないだろ。いいから、荷物渡してシャワー浴びてこい。それから、その汚いのも一緒に洗ってこい。真っ黒じゃねーか」
「はぁ…あの…でも」
「遠慮するなって」
「いえ。あの、この子──黒猫なんです」
 子猫は香奈の手に掛かっているスーパーのビニール袋を、かりかりと引っ掻いていた。


「ビビったな」
「ああ、笑っちまうとことだった」
「本部との連絡は?」
「大丈夫だ。ちゃんととれてる。司令の一声で、行動開始だ。とうとうだぜ」
「へへっ、この緊迫感がたまんねぇんだ。ドラッグより効くぜ」
「ドラッグみたいなもんだ。脳内モルヒネってのはな」
「難しいことは知るか(注*4)」


 時計の針が1時を指す。
 Nec本部へ向けて、大型トレーラーが二台走り込む。未整備の道。まき散る泥。そして、それに続くモーターの駆動音。
 宅急便のバンを装った大型車から、バラバラと人の群が降りてくる。手には銃。
 揺れる草むら。本部を完全に包囲するように、カーキ色の軍服に身を包んだ人間が走り抜ける。
 銃声。打ち破られる扉。
 整備員達が声を上げる。それを掻き消すかのように、SMG(サブマシンガン)の乱射音。轟音がハンガー内の空気を引き裂く。
 何事かと、作戦本部室から飛び出すシゲ。香奈の買ってきた物を確認していた明美助教授の手も止まる。
 作戦本部への階段を蹴る音。堅い、靴の音。
 シゲが目を見開く。そのシゲに、矢のような早さで小銃を突きつける男。
 苦笑いとともに、シゲはゆっくりと手を挙げた。
 外のトレーラーでは、防水シートを突き破って、足が何本もある蜘蛛のような大型ロボットが二台、立ち上がった。
 シャワー室のドアが蹴破られる。その音と入ってきた青年に、香奈はぱちくりと瞬きを返した。
 黒猫がにゃーと鳴く。
「Sorry…」
 若い青年はそう言って、ドアを閉めた。


「しまった…こういう展開のことを考えるのを忘れていた…」
 少し違う感覚で後悔しているのは誰であろう。今回初めての登場、平田教授である。
「くそっ…よく考えてみればお約束なのに」
 同調するのはシゲ。そういう裏事情を話さないようにしていただきたい。
 後ろ手に縛られて、目の前には銃を手にした人間が彼らのことを見張っているというのに、基本的にいつもと変わらないのだから大した人たちだ。(注*5)
「司令が到着になられた」
 と、作戦本部室の入り口で若い男が言った。が、無論英語でだ。
「なんと言ったんだ?」
「僕にわかるわけないでしょ。明美さんに聞いて下さい」
「親玉の登場」
 作戦会議室に入ってきた二人の男。一目見て、どちらが司令か全員わかった。
 恰幅がいい方、
「ふん、特務機関だかなんだかしらんが、やけに簡単に制圧されたもんだな」
 司令、ジョン・マッキントリック。
「日本は基本的にテロのない国ですから、危機管理体制が甘いのです」
 ふっ、と笑って眼鏡を上げる副司令、ペーター・ローガン。
 さて、以後英語と日本語が飛び交うことになるので、
「何を言っているのかわからんが、バカにされている気がするぞ」
 と、教授の台詞のように「」で囲まれている方を日本語、
『司令、シャワー室にいた女をこちらに連行しました』
 と、香奈を引っ張ってきた青年がしゃべった英語は『』とする。
「くしゅん!」
 これは香奈のくしゃみ。取りあえず「」の方なので、日本語のくしゃみと言うことになる。(注*6)
「香奈ちゃん、大丈夫?髪乾かさないと、風邪ひいちゃうじゃないねぇ」
 明美助教授が心配そうに言う。が、
「でも捕まっちゃいましたから」
 と、鬼ごっこで捕まったかのように言う香奈。緊迫感という物は、基本的にないのである。
『R‐0とやらの方はどうなった?』
 マッキントリックはシリアス顔に言うが、声は笑いを含んでしまっていた。こうも簡単にR‐0を手に入れられるとは、思いもしなかったのだ。
『今、技師達がプログラム及びシステムのコピー、起動方法をチェックしています』
『ゆっくりやってもかまわんぞ。ここはもう、我々の占領下にあるのだからな!』
 がっはっはっと笑うマッキントリック。愉快愉快。飯を食った後に、胃の調子がこれだけいいのも久しぶりだ。
『司令、しかし何が起こるかわかりません。作戦タイムテーブル通りに事を運んだ方が正解でしょう』
 ペーターは、作戦本部室の安物の椅子に腰を下ろした。ぎしりと椅子が軋む。
『お前に言われるまでもない。それくらいわかっている』
 うるさいキャリア組め!口ばかり達者になりおって。
『でしたらいいのですが…』
 脳のないたたき上げめ!作戦を立てたのは私だぞ。
「あのぅ…」
 と、香奈が日本語で言う。みんな振り向いたので「自分の日本語が通じてるんだわ」と思ったが、もちろん通じているのではなく、人質が何か声を上げたのでみんな彼女の方を見ただけである。
「あのぅ…子猫ちゃんはどうしたんでしょうか?」
 香奈にとっては自分より子猫の方が気になるのだ。


「あれ?なんかいる」
「なーに?」
 一也の手を握っていた遙が、彼の声に顔を上げる。誤解のないように言っておこう、遙が一也の手を握っていた理由は、Nec本部へと向かう未整備の道の大きな水たまりを飛び越えるためだ。
「何がいるの?」
「なんだろう」
「日テレの?(注*7)」
「おっきなロボットみたいだ」
「無視しないでよ」
 取りあえず文句を言ってから、遙も本部の方を見てみる。
「なにかしら?一也、今日何かあるって聞いてる?」
「いや。なんにも…お姉ちゃんがご飯作って待ってるって言うことくらいかな」
「お腹空いたわね…今日のご飯何かしら?」
 だんだん話がそれていくのは空腹のせいと言うことにしよう。
 二人は特に深く悩まずに、水たまりを飛び越えながら、少しずつNec本部へ近づいていった。相変わらず雨はひどく降り続けている。
「誰か来る」
 遙が小声で言った。一也は本部に背を向けているので、確認することは出来ない。
「知ってる人?」
「知らない人。整備員でもないわ。作業服じゃない」
「どういうことだろう…」
「さあ…」
 男は二人の所へやってくると、少し巻き舌になった日本語で、
「ここハ立入禁止でス。戻りなさイ」
 と、どちらかと言えば友好的ともとれる態度で接してきた。
「は…はぁあの…」
 何か言いそうになる一也の袖を、遙がぎゅっと引っ張った。
「なによ。あの倉庫はもう使われてないって一也君が言ったのよ。人がいるじゃない」
「いっ…」
 よけいなこと言うんじゃないわよォ!一也の服と一緒に、皮膚も引っ張る遙。
 痛いよっ!と、顔をしかめる一也。
「一也君があそこなら誰もいないから平気だって言ったんでしょ。もぅ…戻ろぉよぉ」
 いいからついてくりゃいいのよ!鈍くさい男ねぇ。
 何なんだよ。痛いって、引っ張るなよ。
『なんだ?どうした?』
『いや、学生のカップルだ。どうやら遊びに来たみたいでな』
 駆け寄ってくる相棒に向かって言う青年。無論その言葉は英語だ。
「なんだって?」
 小声で聞く一也。
「いいから、戻るのよ」
 相手がしゃべっている隙に、遙は一也の手を引っ張って歩かせた。何者かわからないけど、腰に銃を持ってる。変に関わらない方がいいわ。
『どうする?』
『どうするも…新型機(スパイダー)は見られたな…片づけた方がいいか』
 少し年をとった方の男は、二人をちらりと見やって、腰の小銃に手をかけた。
『おい、相手はまだ子供だぜ。なにも殺すことはないだろう』
『まずは男の方からにするさ。女の方はまだ高校生のようだが、十分楽しめる』
『おい、よせよ。別に作戦に支障が出るわけじゃあるまい』
『アマちゃんだな。こいつらは猫じゃないぞ。あれを運び出すのを見られてみろ。国際問題になる』
『見られてはいないだろう』
 かなりヤバイ雰囲気…あの小銃…アーミーだわ(注*8)…それに…運び出すって、何を?
「一也君…帰ろう。雨も強くなってきたみたいだし…」
「う…うん…」
 一也はぎこちなく頷いた。さすがに拳銃を目にしたら、いくら一也でもヤバイと思う。
『無益な殺生はするべきじゃない』
『神がどうとか言うつもりじゃあるまいな?本当にアマちゃんだな』
 二人が言い合っている隙に、一也と遙は少しずつ離れていった。


「R‐0を!?」
 一也は思わず大声を上げた。遙はその大声に顔をしかめる。
「うるさいわよ。見つかっちゃうでしょ」
「だって、そんなこと…」
「そう考えるのが妥当かなって思ったの。本部に侵入して、他に持っていく物なんてある?」
「イーグル」
「そりゃ、もちろんセットでしょ」
 遙は双眼鏡を覗き込んだ。もちろん、借り物である。
 Nec本部へ通じる道は、なにも未整備の公道の方だけではない。かなり危険を伴うが、空港の方からでも本部にはいることが出来るのだ。滑走路を横切って…
「雨様々だわ。晴れてたら、今頃ひかれてるかも知れないわね。一也、あんたも見る?」
「うん」
 双眼鏡を受け取って、一也は本部の周りを確認した。蜘蛛のようなロボットが二台──遙がスパイダーと言っていた──マシンガンを肩からかけている人影もちらほらと見える。
「あと、なに借りてきたっけ?」
 ごそごそと一也の鞄をあさる遙。
「やめろよ」
 なんて言葉が聞こえているわけがない。
「スパナとー、レンチとー、電ドリとー…大した物はないわねぇ」
「空港の倉庫からかっぱらってきたのに、文句言うなよ」
「ラティ対戦車ライフルとかないわけ?」
「あるわけないだろ!」
「と、すると。ここはもう頭を使うしかないわね」
 腕組みをして、遙は意味深に笑って見せた。


「──のように、都内数カ所で起きた爆発事件については、依然不明な点が多く、しかし犯行声明を出した右翼系団体の声明文によりますと、この後も広範囲にわたる同時多発ゲリラを行うことを予告しており──」
 少しあわてた口調で、ニュースキャスターは今入った原稿を読み上げていた。
「ちょっと待ってくれ!あんたは一体誰なんだ?」
 テレビ局。報道部のデスクで、電話を片手に男が声を上げた。同僚達が、どうしたどうしたと、ニュースを映すテレビ画面から彼の方を振り返る。
「これはスクープですよ」
 と、電話の相手は笑った。声からして、まだ若い女だ。
「僕だってヒマじゃないんだ。(注*9)嘘をつくなら、もっと相手を選ぶべきだったな」
「嘘なら、もっとましな嘘をつきますよ」
 そりゃそうだ。どこの世界に特務機関の在処まで教えて、そこが賊に占拠されたなどと言う奴がいるものか。
「その賊どもと、都内の爆発事件は関係あるのか?」
「そう考えるのが妥当でしょう」
「あんた、何者なんだ?」
「言えません。しかし急いで下さい。奴らの狙いは、きっと例の巨大ロボットでしょう」
「R‐0か!」
「持ち出されたら、もうそれで終わりです。スクープが欲しければ、急ぐことです」
「もしも…」
 ぷっという音とともに電話が切れる。
「ちくしょう!」
 デスクの上の電話に受話器をたたきつけると、
「センちゃん!カメラ持て。行くぞ!!」
 新士 哲平は報道部から駆け出した。
「ちょろいちょろい」
 と、こちらは電話を切った人物、村上 遙。
「さぁて、いっちょやりますか」
 携帯をバックにしまい込んで、遙は一也に笑いかけた。









       2

『随分時間がかかっているな…』
 マッキントリックは呟いた。
 腕時計に視線を走らせると、Nec本部を占拠してからじき30分になろうとしている。
『何を手こずっているんだ?』
 くそう…オレの胃をまた悪くさせる気か。
『修正可能な誤差です。まだ焦る必要はありません』
 ペーターは机に突いた手で口を隠し、その口元を突き上げて笑った。無様な奴だ。おどおどしやがって。
『R‐0を盗んで、どうするつもりなのか聞かせてもらいたいんだけど?』
 と、明美助教授。研究室の人間で、英語を喋れるのは彼女だけだ。
 笑って、副司令ペーター・ローガンはしゃべり出す。
『愚問だね。現段階で、R‐0以上にエネミーを倒すのに適している兵器はない。こちらで解析して、量産させるのだ』
『R‐0は兵器じゃないわ』
『何でもいい。エネミーを倒す事が出来るものなのに変わりはない』
『BSSのこと、知らないわけじゃないでしょう?』
『開けてみせる。もともと、コンピュータープログラムの分野では、お前達日本人より我々アメリカ人の方が上なのだ。ま、手先が器用なだけの日本人だから、こんなものを作ることが出来たんだろうがな』
 笑うペーターを見て、シゲがぽつりと、
「なんか馬鹿にされてる気がする」
 呟いて目を細めた。
「よくわかったわね」


「センちゃん、回しとけ」
 中継車の助手席で、新士 哲平はぽつりと呟いた。
「ヤバそうなのがいっぱいいるな」
 Nec本部へと走るテレビP中継車。そこに、バラバラと人が集まって来た。
「ここから先ハ立入禁止でス」
「ちょっと取材をさせていただきたいんですが…」
「駄目でス」
『カメラを回すな!畜生』
「何言ってるかわからん。日本語をしゃべれ」
 センちゃんはカメラ前に手を出されて、カチンときたらしい。どうせ言い返したってわかりゃしまい。
「ですから…取材をですね」
 車の窓を開けて、低姿勢に言う新士。カメラマンのセンちゃんを突っついて、彼らの腰に銃が携帯されていることを告げる。
「Shit!!」
 男が叫んだ。
『銃を撮られた。こいつら、このままにしとくわけにゃいかねぇぞ!』
『だからって銃を抜くな!ここは日本だぞ!』
「モーター音だ!?どこだ!!」
 モーター音を耳にした新士は、雨の空に視線を走らせた。言い合っている兵士なぞ、完全に無視。
「撮れセンちゃん!ロボットだ!!」
 雨のカーテンの向こうを指さす新士。巨大な蜘蛛型ロボット──スパイダーがファインダーに映る。そのカメラアイが、赤く光る。
『何てこった!スパイダーまで撮られた。もう放っておけないぞ』
「運ガ悪かったでスね」
 がちりと撃鉄をあげて、青年は新士のこめかみに小銃を突きつけた。
「ちょっ…ちょっとまってくれ」
 さすがに新士もあわてた。
「これはどういうことなんだ!」
『喚くんじゃねぇ!クソジャーナリスト!!』
「日本語しゃべれ!このクソ野郎!!」
 結構会話というのは噛み合うものである。(注*10)
『何だ?どうした?』
 と、ばらばらと他の兵士達も集まってくる。
『報道陣か。なんでこんな所まで』
『スパイダーを見られたのか!?』
『司令に報告した方がいい』
『かまうもんか、すぐ目の前は海だぜ。沈めちまえよ』
「哲平、何言ってるかわかるか?」
「オレにわかるか。オレがわかったことは──」
 新士は蜘蛛のような巨大ロボットを見て、ぽつりと言った。
「はめられたって事だ」
「──ま。そんなつもりはなかったんだけどね」
 と、にやりと笑うのは遙。
「遙、誰に向かって話してるの?」
「一也、そういう事につっこまない。いくわよ」
 遙と一也は、テレビPスタッフとそれを取り巻く兵士達を横目に、Nec本部へと潜入した。(注*11)


 鼻歌を歌いながらトイレに入ってきた青年が、自分の1分後の姿を想像することが出来るだろうか。
 ま、出来るわけがない。
 小便器に向かって──つまり個室に背を向けて──さあ用を足そうと言うときに、個室のドアがちゃりと開くと、それはもう凄く驚くものだ。
 しかもその個室から出てきた人間が、手にスパナを持っていたとしよう。
「Jesus!」
 と、叫んでも不思議はない。
 用を足している最中に、振り返ることもできない。しかも、相手は女の子。
「Amen…」
 遙は微笑みながら呟いて、スパナで思い切り男の首筋をぶっ叩いた。


「死んでないよね…」
「死にゃあしないでしょ。軍人よ(注*12)」
 遙は青年の腰から小銃を奪い取って、マガジンの中を確認した。9oベレッタだ。
「私はこっちをもらうわ。一也はこっち」
 と、一也にはH&KのSMGを手渡す。
「じゅ…銃なんて撃ったことないよ!」
「そりゃ日本人ならみんなそうでしょ。大丈夫よ、撃っても一也が死ぬわけじゃないし」
「そりゃ…そうだけど…」
「目には目を、歯には歯を。You understand?」
「わかるよ」
「相手が素手ならこっちはナイフ。ナイフなら銃」
「相手も銃を持ってるよ?」
「そーゆー時は、頭使うのよ」
 遙は手にした銃を自分の頭に突きつけて見せた。


『予定時間をオーバーしてしまうぞ!』
 マッキントリックが叫んだ。胃に激痛が走る。くっそう!お前らオレを殺すつもりだな!(注*13)
『司令、落ち着いて下さい』
 のろのろと動物園の熊のように歩き回るマッキントリックを見て、ペーターが言った。無論、その口元が笑っているのは言うまでもない。
「くしゅん…んー、くしゅん!」
 二連発でくしゃみをしているのは香奈。ああ…私、このまま風邪を引いて、悪化して、肺炎になって、それでそれで、死んじゃうんだわ。
 熱のある証拠である。
『ええい、もういい。R‐0の解析は後回しだ!とっとと厚木基地へ運んでしまえ』
 マッキントリックの言葉に、兵士が敬礼をして「Yes sir!」と部屋から飛び出す。
『畜生。そろいもそろって情けない奴ばかりだ』
 どっちが?と言いたくなるのをなんとか堪えてペーター。
『正解かも知れませんね。あまり長くここにいるわけにもいきませんし──都心部のゲリラ班の方も、そろそろ潮時でしょう』
『よし、手の空いたものから撤収。スパイダーはいざというときのため、一機は動かしておけ』
『スパイダーってなに?』
 興味深そうに明美助教授が聞いた。会話の内容からすると、兵器かしら?
『我が軍最強の地上兵器だ。じき、対エネミー用兵器として実践投入される。R‐0がもし動き出したときのためにと持ってきたが、取り越し苦労だったようだな』
 マッキントリックは偉そうに胸を張った。だが、彼は別にスパイダー計画にはほとんど手を着けていないので、全然偉くない。
『プログラムはどうなってるの?オートバランスとか、そういうのは?』
 明美助教授は目をらんらんと輝かせた。
 が、
『しらん』
 マッキントリックがそんな科学的なことを知る由もない。
「あの司令バカだわ」
 と、明美助教授が言えば、
「今頃気づいたんですか?」
 と、シゲも同調する。
 ペーターはこくりと大きく頷いた。彼は、日本語が少し出来るのである。


「そりゃーいいこと聞いたわ」
 遙が笑いをかみ殺す。
「遙!」
 小さな大声で、一也が遙を睨みつけた。
「見つかるだろ」
「大丈夫よ。あいつら、バカっぽそーな顔してるもの」
 くっくっくっと肩を振るわせて遙は笑う。一也ははぁとため息を吐いた。
 天井裏──と言っても、それほど汚いわけではない。何しろ本部自体が修繕されたばかりなのだから、埃もあまり積もっていないのだ。
 トイレの換気扇を外して、天井裏に入り彷徨うこと数分。やっと、目的の作戦本部室へたどり着い二人。
「さて、では行きますか?」
 遙は傍らにいる相棒に聞いた。なお、一也は正面にいるので、その相棒というのが彼でないことはお分かりいただけるであろう。
「僕は無視するわけ?」
「あら。一也君、怖じ気づいちゃったのかしら?」
「遙の作戦じゃぁね…」
「なによぉー!」
「大声出さない」
「行くわよ。いいわね」
 ベレッタの撃鉄をあげる遙。
「ちょっと心許ないなぁ、これ」
「何いってんだよ」
 一也はごくりと唾を飲んで、H&Kのグリップを握り直した。
「でもやるしかないんだろ」
「そうよ。ね?」
 遙の声に、三人目がぱちくりと瞬きをする。


 がん!
 と、天井が突然落ちてきたら、普通の神経の人間ならかなり驚く。
 がん!と、天井が落ちてきたのである。マッキントリックの頭上に。
 一斉に銃をマッキントリックの方に向ける兵士達。撃ってしまえ!とペーターは思ったが、忠実な部下達は誰も引き金を引かなかった。Shit!
『司令!大丈夫ですか』
 しゃがみ込んで聞く部下の問いに、
「にゃー」
 と猫が返す。
『くそっ…この野郎…』
 ゆらりと胃の辺りを押さえながら立ち上がって──驚きに胃がやられたのだ──腰の小銃に手を伸ばすマッキントリック。
「Don't move」
 と言う女の言葉に、ぴくりと右手を振るわせた。
「You see?」
 ペーターの頭に銃を突きつけて笑う遙。マッキントリックは冷静に、「かまわんが…」と思ったが、部下の手前、言うのはなんとか堪えた。
 しかも、自分の後ろにもSMGを持った男が立ったのだから、そんなことも言えない。
「かっこいいなぁ…」
 シゲが感心したように言う。
「緊迫感まるでナシ…」
 ため息を吐く一也。
「あ、猫ちゃんいたのね。よかった」
「お姉ちゃん…」
『さて、頭に風穴開けられるのと、みんなの拘束を解くのと、どっちがいい?もっとも、9oじゃ穴は空かないかな?試してみようか』
 ペーターはごくりと唾を飲んだ。が、マッキントリックの後ろにも男がいるのを目に止めて、少しだけ安心した。自分の命が惜しければ、奴も私だけを見捨てたりはしまい…
 マッキントリックは歯ぎしりをした。くそぅ…ペーターだけなら放っておくのだが…俺の背後にも回るとは…
 心の声を抜いてみれば、緊迫感のあるシーンだが…
 要するに二人とも、自分が可愛いだけなのである。
『さぁ。どうする?』
 ほんのわずかの時間で、二人の腹の裏まで読むとはさすが遙。(注*14)
 ペーターはちらりと窓の外を見やって、呟いた。
『第三の選択肢は駄目かね』
 その呟きに、ハンガーの方からの電子音が重なる。イーグルとR‐0のドッキングの際に鳴る、警報の音だ。
『R‐0を持っていくつもりね!今すぐ止めさせなさい!』
『この状態では私は命令できないよ。それに──』
 ペーターは眼鏡をつっとあげて、唇の端を突き上げて笑った。
『私は降参するつもりもない』
 窓が巨大な手に打ち破られる。ごうと強烈に吹き付ける風。机の上の書類が舞う。遙は、一也は、思わず目をつぶった。
 スパイダーの手が部屋の中を掻き回す。吹き込む雨。駆け出すマッキントリック。そしてペーター。
「Stop here!」
 遙は銃を作戦本部のドアに向けて叫んだ。
「Keep your head down」
 ドアから出ていこうとしたペーターが、ニヒルに笑って遙を指さした。
「なっ…」
「あぶないっ!」
 スパイダーの手が空を切る。ついさっきまで遙の頭のあった空を。
「ばか!」
「一也に言われたくないわ!」
 自分の頭を押さえる一也を振り払い、
「待ちなさいよッ!!」
 ベレッタ片手に走り出す。
「Shit!You son of a bitch!!」
 少々女の子らしからぬ事を言い、遙は銃を二発撃った。ペーターのニヒルに笑った顔を吹き飛ばすかのように。
「ちくしょう!!」
 銃声がハンガーに響く。イーグルのジェットエンジンが加速する音が、それに重なった。


「取り返すのよ!」
 髪を振り乱して、作戦本部の五人と一匹に怒鳴る遙。
「でもどうやって?」
「それを考えるのよ!」
 遙をここまで突き動かすのはペーターのあの顔である。「Keep your head down」と、ニヤリ。くっそぅ…あいつ、勝ち誇りやがって…みてろよぅ…
 一也ではなく、マッキントリックと組むことを彼女に勧めよう。
 たが、物語の中では敵同士なわけで──
「R‐0の強制射出は?出来るんでしょ」
「出来ることはね」
 雨の吹き込む作戦本部室で、明美助教授のパソコンが動き出す。
「R‐0のオートバランスを立ちあげて、無理矢理やれば可能よ。でも、どこに落ちるかわからないし、衝撃に機体が持つかどうか…」
「やって!」
「R‐0が壊れると、このガラスを直す予算もなぁ…」
 ぽつりと教授。
「やるのよ」
 ぽつりと遙。銃を教授に突きつける。
「明美君。イーグル、R‐0を強制射出!」
「教授…あなたって人は…」
 明美助教授ははぁとため息を吐いた。
「でもR‐0が上手く着陸したとして、その後はどうする?誰も乗ってないんじゃ、同じ事じゃないか」
 遙に向かってシゲが言う。が、
「乗ればいいんでしょ」
 と、遙は軽く言って笑う。
「やな予感がする」
 一也も勘が鋭くなった。まあ、全然嬉しくはないだろうが…
「一也くん?」
「微笑みながら銃口を向けないで」
「一緒に行きましょう」
「断れないんでしょ」
「そうよ」


「聞こえる?」
「感度良好。イーグルの方は?」
「今滑走路の方へ向かってるわ。イーグルが離陸して、高度152メートルでR‐0を強制射出するわ。誰も乗っていないR‐0が耐えられる、限界高度よ」
「了解。一也、行くわよ」
「大丈夫なんだろうね」
「私の運転が信用できないとでも?」
 不愉快そうに言って、遙はエンジンを吹かした。排気ガスが兵士達の頭にかかる。ジープの脇には、倒れている兵士が四人。
 一也は哀れな四人を見て、
「遙?」
「何よ?この世に言い残したい事でもあるわけ?」
 何だよそれは…
「遙ってさ…」
 一也はSMGのグリップを握り直して、言った。
「目的のためには手段を選ばないタイプの人でしょ」
 つまり、この兵士達は遙の八つ当たりの対象となったわけである。
「明美さん。行きます!」
 遙はクラッチをつなぐと、思い切りアクセルを踏み込んだ。まき散る泥。埋まる兵士。ジープはタイヤをスリップさせながら、滑走路へと身を踊らせた。
「カウント!」
 遙は目を細めて、黒い空を睨み付けた。雨が容赦なく肌を打つ。イーグルは…?
 灰色の空へと上がっていくイーグル。
「飛ばすわ!掴まってなさい!!」
「くそっ!やっぱり出てきたよ!」
「兵士達の車!?後ろはあんたに任せるわよ!」
「こんなもの撃ったことないのにィ!」
 一也はH&K MP5を構えて、取りあえず後ろに向かって打ちまくった。あたろうがあたるまいが、知ったこっちゃない。要は兵士達の車がこっちに来なきゃいいのだ。
「こんのやろォ!!」
 めくらめっぽうに撃ってた割には、バンの前輪に穴を開けたりして、まさに下手な鉄砲数うちゃ──である。
「R‐0、強制射出!下降を開始」
 明美助教授の声がインカムから聞こえた。
 空を見上げると、イーグルから離れたR‐0が、自動制御で下降し始めている。バックパックに搭載された下降用ジェットが火を噴く。
「遙!何とかって言うのが出てきた!」
 弾切れたSMGをジープの荷台に投げながら一也。本部の脇から姿を現したロボットを見て、声を上げる。
「スパイダー!いいから話しかけないで!潰されたい!?掴まって!!」
 一気に言う遙。
 どれなんだぁっ!!
 滑走路を曲がろうとしたジープの車輪が滑る。ゴムのタイヤが悲鳴を上げる。
「おぉおおおぉ!」
 荷台で転がる一也。
「掴まってなさいって言ったでしょ!!」
 遙はハンドルを逆にきって、何とかドリフトで切り抜けた。
「一也、準備して!」
 ずしんという振動とともに、R‐0が眼前の滑走路に着陸した。


「ちょっと!変な所さわらないで」
「狭いんだから文句言わないでよ!」
 R‐0のコックピットに二人で入るのは、ちょっと──いや、かなり──無理がある。
 もともと一人乗りなのだし、コックピットの中も狭いのだ。
「やーっ!スケベ!!お尻さわんないで!詩織ちゃんに言ってやるから!!」
「モニターが見えないんだよ!だったら乗らなきゃよかっただろ!」
「一也は私が蜂の巣にされてもいいって言うんだ!ぁああ、もう男なんてッ!」
「うるさいッ!R‐0、起動します」
 高鳴るモーター音。立ち上がるR‐0。
「よーし、一也。R‐0の真価を見せてやりなさい!」
 あのペーターとか言う奴に目にもの見せてやるのよ!と、その遙の台詞は置き換えられる。
 が、しかし、
「しまった…」
 一也が補助モニターを見て、顔を青くした。
「どうしたのよ?」
「バックパックに電池が付いてない…」
「へ?」
 と、補助モニターを覗き込む遙。その視界の中で、電池残量がどんどんと減っていく。「内部電源残量70パーセントって…どれくらい持つの?」
「稼働状況によるけど…4分…ないくらい」
「どうするの?」
「どうするの?」
 二人は顔を見合わせて、ぱちくりと瞬きをした。
 沈黙があって──
「一気に叩きつぶすのよ!」
「了解!!」
 R‐0はスパイダーに向かって駆け出した。


『来たぞ!』
 スパイダーに乗っていた兵士は、インカムに向かって言った。
『セカンド!早く来い!』
『わかってるさ。さぁ、最強の陸戦兵器の力、思い知らせてやる!』
 とは言っても、スパイダーは全高38メートルもあるR‐0に比べれば、小さい方なので、
「やっちゃえ一也っ!」
「よーしっ!」
 一也の操るR‐0──そして一也を操る遙の前では、敵ではない。
『セカンド!フォーメーション、1.1.2──うわっ!』
 そのフォーメーションがどんなものか、結局誰もわからなかった。そのフォーメーションを組む前に、一機は、R‐0に蹴られてひっくり返ってしまったのである。
「つぶしちゃえっ!」
 遙が身を乗り出して言う。
「そんな事したら、中の人が死んじゃうだろ!」
「いいのよ!すべては正義のため!」
「この前と言ってることが違う!」
「Shut up!!」
 言いながら一也の頭をがくがく揺する遙。
「いたたたた、痛い痛い!」
 次の瞬間、二人の耳に補助モニターからの警告音が届いた。
「!!」
 遙が目を見開いて補助モニターに視線を走らせる。
「後ろか!?」
 右手のパネルに視線を走らせる一也。R‐0が振り返る。シートベルトをしていない遙の身体が、
「あわわわっ!」
 シートを越えて、前方に投げ出されそうになった。
「はる──!」
 何かを言おうとした一也の言葉は、そこで遮られた。警報を鳴らした物──もう一機のスパイダーの背中から発射されたミサイルが、R‐0の右半身に着弾したのである。
 激しく揺れるコックピット。
「あっ…!」
 遙が声を上げる。モニターに頭をぶつけまいとして、とっさに伸ばした腕。そのせいで、シートの前へ上半身だけ投げ出す格好になってしまったのだ。
 よって──
「ばっ…ばかぁ!えっちぃっ!!」
 その胸を、一也の顔に押しつける格好になってしまったのであった。
「何で僕のせいになっちゃうんだよっ!!」
 と、柔らかなものが頬に当たる感触から逃げながら、叫ぶ一也。その頬がちょっと赤い。
 雨に濡れて遙の肌に張り付いた制服のYシャツの下──しかも薄手で、淡い水色だからなおさらのこと──その下にある白いそれが、浮き出てしまっているのである。
「どこ見てんのばかっ!」
「狭いんだからしょうがないだろっ!(注*15)」
「ばかっ!さっさと離れなさいよっ!!」
「離れるのは遙の方じゃないかよ!」
 言いながら、遙を後ろへと押しやろうとして、
「ばっ…ばかぁっ!!えっち!!胸にさわんないでよっ!!」
 どうやらモニターを見ながらさわったその、むにっとした物が、それだったらしい。
「うるさいなっ!もぅっ!!」
 言って、マニュピレーションレバーをぎゅっと握り直す一也。何となく右手がつかんだ感触を意識して、頬を赤くしてしまう。
「今度はちゃんと捕まっててよ!」
 高鳴るアクチュエーター音。R‐0の右手首から打ち出されたビームサーベルが、その右手に握られる。
 駆け出すR‐0。一也はグリップを確かめると、サーベル状に安定した光の剣を、下から上へ、思い切り振り上げた。
 アスファルトの滑走路が、膨大な熱エネルギーに焼き切れる。ついでに、スパイダーの右側面に着いていた足のすべてを、その剣は切り飛ばした。


「ひどい一日だった…」
 教授がぽつりと呟いた。
「また、出費がかさみますねぇ」
 と、シゲはため息。窓ガラス、ハンガーの扉、東京国際空港の滑走路修繕費、それから、最悪の場合イーグル一機。
「地上最強の兵器とやらも、大したことなかったわね」
 きゅるきゅるとビデオテープを巻き戻しながら、明美助教授もため息。テレビPのセンちゃんが撮った映像を、押収したのである。
「基本性能が違いすぎなのよね。機動力の面で、BSSより早く動けるOS(注*16)なんて、やっぱりないのかしら」
「スパイダーは善戦してると思いますけど…地上最強の兵器と言う点では、間違いなんじゃないですか?」
「兵器…ね」
 明美助教授は笑った。視線の先で、香奈が黒猫と戯れている。香奈はどうやら黒猫を飼うと決めたらしい。
「雨は止んだようだな」
 教授は窓の外を見て、ぽつりと呟いた。(注*17)


『司令はどうなったんだ?』
 と、若い兵士が聞く。
『帰ってくるなり、病院にかつぎ込まれたそうだよ。今回も』
『胃に穴か。今度こそ、本当にくたばるかもな』
『副司令の方も再起不能だぜ』
 と、若い兵士は二人、声を殺して笑った。
『スパイダー二機をおしゃかにして、しかもそれをビデオに撮られまでしたからな』
『飛んじまってたぜ。今回も』
 へへっと肩をすくめあう二人。
『しかも持ってきたあの飛行機は、でかいって事をのぞけば、ただの飛行機だったそうじゃないか』
『ああ。骨折り損の──ってやつだ』
 愉快そうに笑ったかと思うと、二人は突然合わせたように大きくため息を吐き、
『なぁ、どうしてあんな人たちが司令や副司令になれたんだと思う?』
『俺が知るか』
 と、天を仰いだ。


「チャーシューちょうだい♪」
「あ、盗るなよ!」
「詩織ちゃんに、一也に胸揉まれたって言ったら、どうなるかなぁ」
「どうぞ、遙先輩」
「ありがとー」
 屋台。
 まだ日もやっと落ちようかという時間なので、客は二人以外誰もいない。店のオヤジも、スープの仕込みと称してスポーツ新聞に目を通している。
「今日は大変な一日だったわねぇ」
 と、遙は呟いた。
 ラーメンをすすっていた一也は、目線で遙に「なにが?」と聞き返す。
「雨だったし…」
「なれない頭も使ったし?」
「んだって!?」
「今日は大変な一日だったねぇ」
 一也は話を逸らすが──
「出さない根性出したし?」
「おごってあげないぞ」
「怒んないでよ」
 と、遙は笑う。
「ひくしゅっ!」
 一也のくしゃみに、屋台のオヤジが眉毛をひょいと突き上げた。
「お前ら、さっきから気になってたんだが、なんでびしょ濡れなんだ?傘、持ってんじゃねぇか」
「いろいろあって…」
 ぐずぐずと鼻を擦る一也。
「雨の中をジープで走ったり…」
「百キロオーバーでね」
「銃乱射したり…」
「マガジン、撃ちつくしたからねぇ」
「はぁ?」
 オヤジは顔をしかめた。何言ってるんだこいつら。
「ふふ。まぁ、最近の若い子には、秘密が多いってわけよ」
 遙は人差し指をたてて、にこりと微笑んだ。
「ひっくしゅん!」
 一也が、おハシ片手に盛大なくしゃみをした。


  つづく







   次回予告

(CV 吉田 香奈)
 Nec本部にやってきた魔女。
 やりたい放題、しほうだい彼女なのに…
 遙。
 一也。
 果ては教授も。
 彼女に対して何も言うことが出来ない。
 一夜にしてNecの顔となり、
 自由気ままな生活を送り始めた魔女。
 彼女は新しいNecの顔となるのか──?
 次回『新世機動戦記R‐0』
 『彼女の名は魔女(ウィッチ)。』
 お見逃しなく!


[End of File]