吉田 香奈は、鼻歌を歌いながら給湯室のドアを開けた。
その足下を、黒猫のウィッチが走り抜けていく。
「きょーうはーでいとぉ」
その歌はもちろん作詞作曲、吉田 香奈である。
ウィッチはよくわからないけれど、香奈がにこにこして楽しそうなので、自分も楽しそうに、
「うにゃー♪」
と香奈の鼻歌にあわせて鳴く。
鼻歌を歌いながら、手にはちょっと重いけれどポットを持ち、香奈は作戦本部へと急いでいた。もうじき「おやつが食べたいなぁ…」と教授あたりが言い出しそうな時間なのである。
「一也も今頃授業中ね。ま、きっと居眠りしてるんだろうけど」
図星である。(注*1)
ちなみに付け加えるのなら、R‐0専用輸送機『イーグル』パイロット、村上 遙も気持よーく眠っていた。
「三人の生活も、だいぶ慣れてきたし。遙ちゃんも不摂生しなくなったし。欲を言えば、お家でももう少し女の子らしくしてくれたらいいのに」
遙に女の子らしくとは──不可能である。(注*2)
ご存じのない読者の方に説明しよう。『イーグル』パイロット村上 遙は、今、吉田家にご厄介になっているのである。
想像できることであるが、遙の吉田家での言動は──
「あっつぅー」
と、遙がリビングに姿を現す。
風呂上がりの、バスタオル一枚の姿で。
「おい」
それを見て、憮然とした顔で一也が言う。(注*3)
「お前、僕を置物か何かと思ってるだろ」
「香奈さん、お風呂先にいただきました♪」
「無視かよ」
「遙ちゃん?一也だって一応男の子なんだから、そういう格好でリビングに来ないの」
「一応?」
「だって暑いんですもん」
「ダメ。もし何か間違いがあったら困るでしょ?」
「だって、一也なんて気にしてないもん。一也だってそうでしょ?」
ダイニングテーブルの一也の正面に座り、
「ね♪」
と、小首を傾げて微笑む遙。頭の後ろに巻き上げて留めていた髪が、はらりと一筋肩に落ちる。
「まっ…!」
一也はぷいと顔を背けて、不機嫌そうに言った。
「間違いなんてあるもんか」
「ね。だそうですよ香奈さん」
ふふふ♪顔赤くして、何言ってんの。でも、一也からかうのって面白いわぁ。一人暮らしの時は、できなかった遊びよね。
「いいから遙ちゃん、服を着なさい」
香奈が遙に向かって言う。遙は不機嫌そうに、
「はぁい」
と立ち上がった。が。立ち上がってまもなく、遙のその表情は、いつもの面白い悪戯を思いついたときに見せる「にやぁっ♪」という笑い顔に変わっていた。
もちろん、それは誰の視界にも入らなかったのだけれど。
とてとてとリビングの出口まで行って、
「かーずや♪」
「ん?」
と振り向いた一也は、顔を真っ赤にして、
「いいから早く服を着ろぉおぉっ!」
わざとバスタオルをはだけさせて生足生肌──しかも胸は両腕で真ん中に寄せている──の遙に向かって怒鳴りつけた。
「きゃーっ♪」
笑いながら、遙は部屋へと駆けていく。
あははは♪おもしろーい♪(注*4)
第十四話 好敵手(とも)、再び。
1
緊急警報の音に、香奈は現実に引き戻された。
「あっ!」
「うにゃっ!!」
落としたポットを、ウィッチが間一髪でかわす。おお…危ないなぁ香奈お姉ちゃん。
「なっ…なに?」
緊急警報に続いて、女性の声がスピーカーから聞こえ始めた。
『ただいま防衛庁別室、Nec本部より入電中。富士山、自衛隊演習場付近にエネミー降下。総員第一種戦闘態勢。繰り返す…』
その声に、がたがたとR‐0のハードウェア設計者、中野 茂──通称シゲ──がデスクから滑り落ちた。
「なっななな…ナニが何ですか?」
「なにをシゲ君、錯乱しているのよ」
なぜって──寝ていたのである。
「えって?あ…?」
「いいからよーくスピーカーの声を聞きなさい」
と、助教授西田 明美は、シゲの眼前でスピーカーを指さした。
ぼけーっとしながらもシゲはそれに耳を傾けて、
「ぬあっ!大変じゃないっスか!!」
やっと状況を把握して、何ともよくわからない悲鳴を上げた。
「よしっ、やっと台詞が回ってきたぞ!(注*5)シゲ、一也君と遙君に連絡!明美君、R‐0出撃準備!!」
「私はなにをしたらいいですか!?」
作戦本部に駆け込んできた香奈に向かって、
「熱いお茶!」
「はいっ!」
要するに、香奈の仕事はないのである。
「あ!」
「香奈君、どうした!?」
「私、ポットどこにやりましたっけ?」
ぱちくりと瞬きをしながら、なにも持たない両手を教授に見せる香奈。
「そんなの、私が知るわけがないだろう…」
「ですよねぇ…」
小首を傾げる香奈の足下で、黒猫のウィッチが不満そうに鳴いた。
僕に当たりそうになったじゃないか。(注*6)
ぴくっと、一也は身を震わせた。
なんだ?
ポケットの中で震えるベルを止め、机の下でそのメッセージを確認する。国語の先生、国松は授業中にベルのメッセージを読むことを禁じているのだ。
だが、一也はそんな決まり守っちゃいられない。
『エネミー襲来。』
そうメッセージが入ることだってある。そして、今まさにそのメッセージがベルに入っていたのだ。
は?
寝ぼけた頭に血液が回りだすと…
うぁああぁぁ、どうするどうする!?
一也はやっと状況を把握して、頭を抱えた。
授業中だ。だが、この授業が終わるのを待って──なんて悠長なことを言ってられる訳がない。
やっぱり、今早退するしかない。
けど…国松は怖い…
一応先生方は一也の事情を知ってはいるものの、快く思っていない先生はいるのである。
なんて言って早退しよう…
一也は口許を曲げた。しかし悠長なことを考えているヒマはない。一也は意を決すると、
「詩織ちゃん…」
と、隣の席の松本 詩織に小声で話しかけた。(注*7)
「なに?」
「ごめん。なんかあったらあとよろしく」
「は?」
眉間にしわを寄せる詩織をそのままに、
「先生!」
と、一也は片手をあげて、机の脇に駆けておいた鞄を手に取った。
「どうした吉田?」
ごろごろしたダミ声で国松が言う。朗読の最中に生徒が割り込んできたので、明らかに気分を害したようだ。
「帰ります」
他に言いようがなかったのでそう言ったのだが、国松は一也があまりにもあっけなくそんなことを言ったので、ぽかんと口を半開きにしてしまった。
「は?」
口を半開きにさせた国松にぺこりと頭を下げて、一也は後ろのドア──すぐ隣だ──から廊下に駆け出す。
かっこいいなぁ…
一也の後ろの席の親友、吉原 真一はにやにやと微笑んでいた。
呆気にとられているままの国松。徐々に騒ぎ出すクラスメイト。
「おい、もしかして一也…」
「ああ。やっぱそうだろ」
「吉田君て、あのロボットのパイロットらしーじゃん」
「あ。その話私もきーた。テレビにも出てたらしーじゃん」
「じゃ、やっぱり?」
「ってゆーか、それしかないでしょ!」
「うっそぉ!じゃ、やっぱそうなの!」
「きゃー!私サイン貰おう!」
「あ。私もほしぃー!」
「吉田ってあんまり目立たない奴だなとは思ってたけど、そういうことだったんだな!」
「めちゃめちゃカッコイーじゃん!」
「一也君て彼女いるのかしら?私立候補しようっ!」
「あ。でもナントカって飛行機のパイロットは、この学校の先輩なんでしょ?」
「えー。じゃ、彼女いるんだー」
「お前ら!静かにしろッ!!」
国松が言うが、ここまで騒いでしまったら焼け石に水だ。
「おぉい!吉田ぁ!!」
窓際の男子生徒が、窓を開けて大声で怒鳴った。昇降口から駆け出してきた一也が、その声にふと顔を上げる。
「おおぉぉぉおおっ!」
「きゃあぁぁああっ!」
窓際に駆け寄るクラスメイトたち。
吉原は机に肘をついて苦笑いを浮かべ、詩織は不機嫌そうに唇をつんととがらせる。
「せーのっ…」
クラスのみんなは声を合わせて、
「がんばれーっ!」
と、昇降口の一也に向かって声援を送った。その声の大きなこと。なんだなんだと、他のクラスの窓もがらがらと開いていった。
「はは…」
一也は照れくさそうに笑って頬を掻く。は…はずかし…
「なにやってんの、バカ」
その一也の背中を、遙が鞄で思いきり叩いて駆け抜けていく。
「いったいな!」
「急ぐんでしょ!」
「だからって叩くなよ!」
公衆の面前で。
いや、遙は公衆の面前だから叩いたのだが…
他の窓から下を覗いていた生徒たちも、その二人が何者なのかに気づいたらしく、「おいあれ!」「テレビで見た人だ!あの人」「やっぱりこの学校だったんだ!?」「じゃ、もしかして…」と、なんだかんだと好き勝手なことをわめいたあげく、
「がんばれーっ!」
と、二人に向けて声援を投げかけた。
「…一也」
「ん?」
遙が耳まで真っ赤にして言う。
「結構恥ずかしいもんね…」
「うん…僕もそう思う…」
穴があったら入りたい──この気持をそう言うのだろう。
「お二人、お急ぎ?」
校門の前の道路に、一台の車が止まっていた。そして、そこに寄りかかって腕を組んでいる男は、
「急ぐ以外にも、いち早くここから姿を消したいって言うのにも協力しますけど?」
なんて言って、笑う。
眉を寄せる一也と遙に向かって、彼は笑いながら車のドアを開けて言った。
「一応挨拶しとこう。僕は、小沢。二人も、名前くらいは聞いたことあるだろ?」
小沢 直樹は、助手席のドアに手をかけて笑っていた。
遙が「あっ」と小さく声を上げる。
「小沢──って、香奈さんの言ってた…」
「そうそう。あ、やっぱり知ってるね」
自称ルポライター、小沢 直樹。香奈に言わせれば、『私の彼氏』である。
小沢は軽く笑いながら、
「本部に急ぐんだろ。タクシー代わりになるよ」
と、二人を促す。
「乗ります」
遙は一分の迷いもなく答えた。とりあえず早くここから姿を消したい…
それに、小沢は香奈の言っていた通りにいい男で、車もMitsubishi GTOと言う、かなり豪華なそれに乗っていたのである。
要するになんだかんだ言っても、遙もミーハーな女子高生なのだ。(注*8)
「ま。急がなきゃいけないし…遙は乗るって言うし…」
一也は渋々と言う感じでつぶやきながら、遙の後に続いた。もちろんここから早く姿を消したかったのだけれど、この小沢という人間の事は、あまり信用できない。
この人はお姉ちゃんを利用して、Necを探ってる人なんだ。
「一也、一也後ろ。私前に乗る」
一方の遙は嬉しそう。
運転席に滑り込んでくる小沢をちらりと見て、一也は口をとがらせた。
「嫌そうだね?」
そう言って、小沢はエンジンを吹かす。
「まぁ、緊急だからしょうがないです」
そんなことを言う一也を無視して、遙はエンジン音にきゃあきゃあ言っている。
「わかりやすい答えだ」
小沢は、一也を一瞬だけ見て、自嘲気味に笑って見せた。
「じゃ、嫌なドライブの時間は短い方がいいね」
クラッチをつなぐと、小沢はアクセルを思い切り踏み込んで、タイヤを盛大に鳴らしながらターンする。
「きゃあぁあぁぁ!」
「おおっ!」
「しっかり捕まってなきゃ!」
二人の悲鳴を聞いて、小沢は楽しそうに笑っていた。(注*9)
「お届け物でーす」
小沢は楽しそうに笑いながら、Nec本部へと入っていった。
「あ!」
と、R‐0のコックピット脇でシステム起動のチェックを行っていた香奈が、ちょっと頬を染めながら顔を上げる。その脇でノートパソコンを覗いていた明美助教授は、「若いっていいわねぇ」と、どぎまぎする香奈を見て肩をすくめて見せた。
「ど…どうしたんですか、小沢さん?本部にまで来て」
ぱたぱたと小沢に駆け寄る香奈。
「二人を連れてきたんだよ。エネミーが来たって聞いてね」
小沢はちらりと後ろに視線を走らせる。その視線に、後ろの二人が睨み返してきた。
「小沢さんの車、もう絶っ対に乗りません」
遙はそう言って、つんと唇をとがらせる。
「僕もです」
憮然とした一也と遙が、小沢と香奈の脇をすたすたと通り抜けて行った。
「どうしちゃったんですか?」
「安全運転だったのになぁ」
小沢は、実に楽しそうに笑っていた。
「BSS、正常稼働を確認」
「上腕から下腕部にかけてのスキャニングテストを実行。モニターしました」
明美助教授とシゲの声をステレオで聞きながら、一也はゆっくりと目を開けた。
「教授?」
モニターの光を浴びながら、一也はぼそりと呟く。
「なんだね?」
教授の声に重なって、補助モニターが電子音を鳴らした。R‐0の腰に、ビームライフルとバズーカが装備されたのである。
「今度のエネミーは、タイプUでなければ倒せない奴なんですか?」
R‐0の左腕には専用シールド。頭部バルカンの装弾もすんでいる。
「今のところはまだわからん」
教授は、少し声を小さくして言う。
「自衛隊が何とかくい止めようとしているようだが、いい情報が入ってこないところを見ると、そうなのかもしれんな」
「そうですか…」
一也は、小さく頷いた。
タイプUは、このエネミーに勝てるんだろうか…
「逃げるなバカ者ぉッ!!」
そんなことを言われても、きょうびの若者が命令とはいえ、命をはってまで戦うものか。
90式戦車からわらわらと、まるで巣穴に水を入れられた時のアリのように逃げ出す若者たち。
「貴様ら、軍法会議の後に、銃殺刑だッ!」
と、戦車隊指揮官、飯尾三等陸佐が声を荒げて叫ぶ。が、彼とてその身を90式戦車から半分ほど乗り出させているのである。
くそぅ…貴様らも日本の自衛官の端くれなら、怪獣ごときに恐れをなすなッ!!(注*10)
「撃て撃て撃てぇっ!撃ちまくれッ!!」
飯尾三佐がそう叫ぶまでもなく、撃ちまくってはいるのだ。それはもう、演習に使う火力の何十倍もの量を。
「くっそぅ!」
ぎりぎりと歯をかみしめる飯尾三佐。爆煙の向こうで、巨大な人型の影がゆらりと動く。
「やはり我々の手では奴を倒すことはできんのか!それがお約束なのか!!」
──戦車隊指揮官の台詞としては、あるまじき発言である。(注*11)
「飯尾三佐!ここはもう危険です!後退しましょう!!」
冷や汗を流しながら、悲痛な叫びをあげる部下。なんだと…?後退だと…?そんな事を、この私がするものか!!
そうだ!後退などせんぞッ!!
「各員に緊急連絡!」
戦車隊指揮官、飯尾三等陸佐は、声を張り上げて叫んだ。
「戦略的転進を行え!!」
要するに「逃げろ」と言うことである。
撤退する各部隊を見て、
「くそうッ!火力の出し惜しみをしているんではあるまいな!撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃ちまくれッ!!」
絶叫するのは総司令、有川 一郎。
「新開発の対エネミー用兵器はどうしたというのだッ!?」
「はっ!」
脇に控えてした若者が、背筋をピンと伸ばして言う。
「ですが、あのミサイルを撃つことはできません」
「何だと!」
ぎろりと、有川は若者を睨み付けた。撃てんだと!?撃てと言っとるのに、撃てんとはどういうことだッ!?
「なぜ撃てん!?」
「はっ!」
背筋を伸ばした若者は、有川から目線を逸らした。宙を見ながら、「頼むから自分に当たらないでください」と、そう思いながら言う。
「新型ミサイルを撃つモノがないのです」
つまり、発射台がない。──と、そう言うことで撃てないのである。
「ない?」
有川は目をしばたたかせて、若者に聞き返した。
「はっ。ミサイル自体はアメリカ製のものを使用しているのですが、なにぶん新規格のため、撃てるモノがないのです」
「なっ…」
有川は憤慨した。
「そんな撃てんモノを、何十発も購入してどうするつもりだったのだッ!?」
「いや…ですが購入に積極的だったのは総司令ではありませんか」
若者は言ってからしまったと思った。が、当たり前のことだが、もう遅い。
「きっさまぁ!私に意見する気か!!」
有川がホルスターに手をかける。
「ああっ総司令!そんなご無体な!」(注*12)
わらわらと逃げ出した自衛隊員は、その爆音に宙を見上げた。そして、その巨大な輸送機に、希望の光を感じずにはいられなかった。
「見ろっ!」
誰かが遥かな上空を指さす。
そして、どよめきが地を走る。
「来た!ついに来たぞ!!」
「おお…っ。でけェ…」
「これで勝ったも同然だ!」
自衛隊員達はその場で立ち止まり、再びエネミーに対峙した。勇気凛々。意気揚々。もう怖いものなどなにもない。
「いけっ!エネミーを倒せっ!」
「一撃でケリをつけてやるぜ!」
「人類の真の力、今ここで見せてやる!」
自分たちが──ではない──
人類の力を見せるもの──それは下降用ジェットを噴射しながら、地響きと共に大地に降り立った。各部アクチュエーターが、目覚めるように動き出す。
エネミーは、眼前に降り立った敵に身構えた。
R‐0とエネミーが今、対峙する。
2
「みんな退がれぇッ!!」
一也の叫び声が、空に響いた。
腰の後ろに装備されたバズーカに手を伸ばし、R‐0はそれを肩に掛ける。
FCS Lock。
一也はエネミーの頭めがけて、バズーカを発射した。大地についた二本の足が軋み、地面を沈ませる。バックパックのジェットが火を噴き、粉塵を巻き上げる。
爆音に、自衛隊員達は耳を押さえた。腹に響く振動が、一発、二発と続く。
「ダメか!?」
一也はちいと舌打ちした。
「ダメっ…て!?」
インカムから漏れる一也の声に、遙は耳を疑った。そして見下ろした自衛隊演習場のR‐0とエネミーを見て、その目を疑った。
R‐0のバズーカが火を噴く。三発目、そして最後の四発目。しかしエネミーはその攻撃をものともせずに、体を軽く屈ませると、R‐0に向かって襲いかかって来た。
「くっ!」
エネミーの手がR‐0に伸びる。一也は身をよじり、その一撃をかわす──ついでに残弾数0になったバズーカを手放した。
もんだから──
「のぉーっ!」
「うおぉおおぉぉぉおお!」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」
逃げまどう自衛隊員。空から巨大なバズーカが降ってきたのでは…それも致し方あるまい。ぐしゃりと90式戦車がつぶれ、辺りに軽油のニオイをまき散らしながら、燃えた。
「これなら──」
R‐0が腰に手を伸ばす。そこに装備されているのはビームライフルだ。
腰のパッドがわずかに開き、中で固定用アームがその拘束を解く。小気味のいい音とともに回転するボルト。R‐0はビームライフルのグリップを握りしめ、エネミーに向かってその照準を合わせた。
肩の測距儀が、エネミーをしっかりと捉える。
エネミーが体勢を立て直して振り向くのを、一也はモニターの中で確認した。
「食らえッ!」
輝く閃光が、エネミーの巨体を確かに捉えた。
「なッ!」
イーグルに搭載された観戦用──いや、指令用モニターが送る映像を見て、Nec本部の観戦室──いや、指令室にいた人間は、皆一様に息をのんだ。(注*13)
その中で、唯一新型エネミーの情報を知っていた教授だけが、ちいと舌打ちをする。
「やはりきかんか…」
『くそっ!』
スピーカーから一也の声が響く。それに続いて、立て続けに三回の閃光が薄暗い指令室を照らし出した。
エネミーがR‐0に向き直る。しかしそのエネミーの眼前十メートル前後のところで、ビーム光はすべて拡散していった。
「『ATフィールド』ッ!!」
シゲが絶叫する。(注*14)
「違う」
教授が大まじめに言う。
「『超硬化薄膜(ちょうこうかはくまく)』だ」
「萌えなーい」
と、シゲ。
「なにィ!このセンスがわからんのか若造が!」
くってかかる教授。
「なんで日本語なんスか!横文字横文字!」
反論するシゲ。
R‐0対エネミーよりこちらの方が面白そうなので、しばらく観戦してみる事にしよう。
「生意気なことを言うな!R‐0はMade in JAPAN。つまり日本製だぞ。日本語を使ったネーミングに、決まっているだろう!」
「だとしても、もうちょっと考えられそうなモンでしょう!」
「今回は私が決める番だった。誰にも文句は言わせない!」
「あ!またそんなこと言って。この前だって順番無視して教授がネーミング決めてたじゃないですか!ずるいですよ。なんでこっちに考えさせてくれないんですか!」
どうも二人はネーミングの順番を決めていたようである。(注*15)
「君は私の何だい?」
「そんなのずるいですよぅ!」
完全にR‐0のことなど頭にない二人に向かって、
「二人とも?」
腕組みをした明美助教授が、眉をぴくつかせながら言った。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう?」
確かにそんなことを言っている場合ではない。スクリーンに映るR‐0は、何とかエネミーの攻撃をかわしながらビームライフルを撃ち続けているが、すべてエネミーの作り出した光の壁にはじかれしまっているのだ。
だが、
「いや明美君、これは重要な問題だぞ」
「そっスよ。呼称は重要なものっス。これにセンスが問われるんですよ」
教授とシゲは大真面目な顔のままで言う。
「ちょっと待て、シゲ。センスが問われるとはどういうことだ?私のネーミングに、センスがないとでも言うつもりか?」
「教授、今西暦何年だと思ってるんですか?90年代ももう終わろうとしてるんですよ?」
「だから何だ。そういう時代だからこそ、古きを温め、新しきを──」
「新時代を開拓していくためには、古いものにこだわっていてはですね──(注*16)」
言い合う二人の間で、明美助教授がグーで机を叩いた。けたたましい音が指令室に響きわたり、誰もが唾を飲んだ。無論、二人も──だ。
「そんな事してる場合じゃないでしょう?」
抑揚のない声で言うその言葉が、二人の額に玉のような汗を浮かばせた。
「いつもこんななの?」
小沢は、脇に立っていた香奈にだけ聞こえるような声で呟いた。
「えーと…どうでしょう?」
小首を傾げる香奈を見て、小沢は確信した。
そうか、いつもこんななんだな…(注*17)
「なんで効かないんだよ」
マニュピレーションレバーを握る自分の手が、少し汗ばんでいるような気がした。
「くそっ…」
一也はグリップを確かめると、機をうかがうように体を揺らすエネミーに再び標準を合わせ、
「効かない…のか」
ぼそりと呟いて眉を寄せた。
エネミー足が地面を蹴る。軽く跳躍したエネミーは、R‐0に向かって右手を振りかざして襲いかかった。
「くそぉぉおおぉぉ!」
それに向かって一也はビームを放つ。だが、一也の放つビームはエネミーを止めることすら出来なかった。拡散するビームが宙に散る。光の雨が、戦場に降り注ぐ。
「くそおぉぉおおおっ!」
迫り来るエネミー。その右手がR‐0の頭部に伸びる。
「弾切れか!?」
トリガーを引いても、ビームライフルからの反応がなくなった。一也はちいと舌打ちをすると、頭部バルカンを乱射しながらエネミーの一撃を何とかかわす。足のアクチュエーターが悲鳴を上げ、辺りに砂埃を舞い上がらせた。
R‐0はビームライフルのトリガーから指を離すと、その向こうにある別のトリガーを押し上げた。ビームライフルのエネルギーパックががしゃんと飛び出す──ついでに、足元の戦車をガシャンと潰す。
「遙っ!」
一也はエネミーを見据えたままで、インカムに向かって怒鳴りつけた。
「大声出さないで。なに?」
「どうすればいい!?」
一瞬の沈黙の後──
「そんなこと私に聞かれたってわかるわけないでしょ!」
遙の声が一也の耳に逆襲してきた。
「僕だって、わかんないから聞いてるんじゃないか!」
怒鳴り返す一也。
「男の子でしょ!自分で何とかしなさいよ!」
「あっ!なんでいつもそう言うことを言うんだよ!」
「だって私にだってどうすればいいかわからないもの!来るわよ!!」
一也はぐっと歯をかみしめた。どうすれば倒せるって言うんだよ!
エネミーが再びR‐0に襲いかかる。一也はビームライフルを腰のパッドに戻すと、右足を少し引いて、迫り来るエネミーに向かって身構えた。
上手く動いてくれよ…
R‐0の左手──シールドの中の手が、何かを確かめるかのようゆっくりと握りしめられる。信じてるぞ。
エネミーの右手が、シールドの上からR‐0の頭に向かって伸びた。一也は小さくコックピットの中で頷くと、
「くらえ!」
左腕を思い切り上に跳ね上げてエネミーの右手をはじき飛ばし、その空いた懐へとR‐0を滑り込ませた。
右手首の中から飛び出すビームサーベル。一也はそれをしっかりと握りしめると、エネミーの右胸目掛けて突き出した。
閃光が走る。
ビーム光の拡散する、強烈な閃光が。
超硬化薄膜っ!?
強烈な閃光に、飛びそうになる意識をつなぎ止めようと、
「くっそおおぉぉぉおお!」
一也はマニュピレーションレバーを握りしめて叫んだ。
強烈な閃光に焼き付いたモニター。エネミーの影らしきものだけが、うっすらと浮かんでいる。
「倒れろ!」
一也はこの辺がエネミーの足だろうと思われるところを、思い切り蹴り飛ばした。確かな衝撃、そしてそれに続く地響き。
「刺されぇえぇッ!!」
倒れ込んだエネミー目掛けて、R‐0は左腕を突き出した。そこに装備されたシールドが、エネミーの喉元に向かって伸びる。──が、
「なんだこの衝撃!?」
一也は思いもかけない衝撃に飛び退いた。シールドの先がエネミーの身体に突き刺さったような衝撃ではない。だけれど、腕は確かに真っ直ぐにまで伸ばすことができた。
地面に刺さった?いや、この感じは違う。
R‐0の左腕に装備されていたシールドは、エネミーの壁の前に粉々に砕け散っていた。
「勝てないのか…」
指令室で、教授はぽつりと呟いた。
「じょ…冗談じゃないですよ…R‐0が勝てないエネミーなんて…」
そう言うシゲも、生まれて初めて見せる様な真面目な顔をしていた。軽く下唇を噛み、じっとスクリーンを見据えている。
R‐0は、エネミーに勝てないのか…
しかし──
絶望の淵で、人々はそのメロディーを聴いたのである。(注*18)
「こっ…この曲は!?」
イーグルのコックピットで、遙は目を丸くして苦笑いを浮かべた。そりゃ、ピンチで助けに現れてくれるのは嬉しいけど…なんでよりによってあいつ等なわけ!?
「どっ…どこから?」
一也は補助モニターに映る情報に目を走らせた。主映像モニターが死んでいる今、R‐0の外部情報源はこれと遙の声以外にはない。
ぴっと鳴る電子音。一也は息を飲んで、
「上か!?」
遥かな上空に視線を走らせた。
ジェットエンジンの音が三つ。徐々に近づいてくる。
「よし、いくぜ二人とも」
一号機のパイロット──映像的にはまだシルエット。歯だけがきらりと輝いている──は、仲間二人の意思を確認すると、コックピット右脇にある『G』と書かれたレバーに手をかけた。
「行くぞッ!」
「おうッ!」
三人は声を合わせ、
「ジャスト・フュージョン!!」
そのレバーを思い切り引き下げた。
「おおおっ!」
熱狂する自衛隊員。
「あいつ等だ!あいつ等が来たぞ!!」
「ああ。R‐0が倒せなかったエネミーを、奴らが倒しに来てくれたぞ!」
「いけぇっ!自衛隊の威信をかけて!」
自衛隊員たちも、熱血絶叫した。
「戦えッ!ゴッデススリー!!」
紺碧の青空で、三つの巨大な飛行機が変形してゆく。
「ゴッデスマリン!フュージョン!!」
一機が下半身に。
「ゴッデスアース!フュージョンッ!!」
一機が腕と胴の一部に。
「ゴッデススカイッ!フュージョンッ!!」
そして一機が頭と残りの胴を。
各機がレーザー光に引き寄せられるように、大空で一直線に並ぶ。
そして、徐々に近づいていく三機。まずはゴッデスマリンの変形した足と、ゴッデスアースの変形した胴とが、謎の空中放電をしながら合体する。
がしぃんという音が聞こえたのは、消して空耳ではないので念のため。
そして、ゆっくりと近づく、ゴッデススカイ。空中放電が激しさを増す。
「おおっ!!」
叫ぶ人々は皆、ぎゅっと手を握りしめていた。
そして三機の飛行機は、一体の巨大ロボットに合体したのである。
巨大ロボットはくるりと宙で身をひるがえし、その瞬間に現れた顔の、その目をぎらりと輝かせた。
そして、
「三神合体、『ゴッデススリー』!!」
叫びながら、しっかりとポーズを決めた。
「待たせたな一也君!」
ずしんと響く振動。
「オレたちが来たからには、もう奴の好きなようにはさせないぜ!」
「ふっ、君一人にこの地球を任すわけにはいかないからね」
R‐0とエネミーの間に入った巨大ロボ、『ゴッデススリー』。そのアクチュエーターがたくましい音を立てて、身長57メートル、体重550トンの巨体を大地にすっくと立ち上がらせた。
「大空さん!大地さん!海野さん!」
一也は、心強い仲間たちの名前を呼んだ。
「ゴッデススリー…助けに来てくれたんですね!?」
「ああそうさ!」
いちいちポーズを付けないと喋れないのかしら?遙はイーグルのコックピットから、バカどもを見下ろしてそう思った。(注*19)
「地球を護ろうとしてるのは、君だけじゃないぜ!」
大空 衛はそう言って笑った。ついでに、彼の白い歯がきらりと輝いた。
「このエネミーは、R‐0では手に余るんだろ。大丈夫、オレたちに任せておけッ!」
「大地さん…」
相変わらずの大声で…一也はそう思って、うっすらと苦笑いを浮かべた。心強い仲間。その登場に、一也の気持ちは少し落ち着いていた。
「先ほどの体捌きは見せてもらったよ。腕を上げたね」
さらりとした物言いだったが、海野の言葉を、一也は素直に受け止める事ができた。
「ありがとうございます」
と、小さく頷く。
「よし、再会を祝うのは後回しだ!」
後回しって…それだけ喋くってりゃじゅうぶんでしょーよ。と、眉を寄せる遙。うーん、どーもこいつ等にはついていけないわ。(注*20)
「行くぞ一也君!」
「はいっ!」
「オレたちの友情パワーを、エネミーに見せてやろうぜッ!!」
「はいぃっ!!」
人間、ノってくると案外なんでもできるようになるのである。
「聞こえるか平田!」
「センセイっ!」
指令部のスピーカーから、ゴッデススリーを作り出した科学者、道徳寺 兼康の声が聞こえてきた。
眼前のスクリーンにノイズが走る。そして再び画像が安定すると、そこには白衣に身を包んだマッドサイエンティストの鑑、道徳寺 兼康が立っていた。
「どうや──」
「小沢さん!」
ぽつりと呟いた小沢の口許に、香奈は人差し指を突き立てた。目を丸くして、小沢は香奈に視線を送り返す。
「それを考えちゃダメです」
香奈もそう言うことを真面目に言うから困る。──小沢は少し腑に落ちないような表情を見せたが、まあしょうがないと、小さく頷いた。(注*21)
「センセイ!ゴッデススリーはまだあったんですね!?」
「ああ。私のゴッデススリーは決して破れない!倒れても倒れても、私が貯金をはたいて、日曜大工でこつこつと、修復してみせる!!」
と、握りこぶし。
それはご苦労なこって…
ふぅと、R‐0整備班班長、植木ことおやっさんはため息を吐き出して帽子を深くかぶりなおした。
「しかしセンセイ、あのエネミーは特殊なバリアフィールド、『超硬化薄膜』を持っているんですよ?」
「ATフィールドぉー」
不満そうにシゲ。
「シゲ君、話がややこしくなるから今は黙ってて」
そのシゲを睨み付ける明美助教授。頼むから黙っててよね。先生が出てきた時点で、もう収拾がつかなくなってるかも知れないんだから…
それはつまり、著者の気持ちでもある。(注*22)
「通常兵器はおろか、ビーム兵器も通用しない。どうするんですセンセイっ!」
教授の切迫した声に──もちろん、わざと切迫した声を出しているのだけれど──道徳寺 兼康は目を伏せて頷いた。
「ああ…わかっている。だがな、平田」
ゆっくりと目を開いた道徳寺兼康は、その顔に会心の笑みを浮かべて──ついでに握りこぶしも付けてしまおう──力強く言った。
「私はこんな事もあろうかと、新兵器を開発しておいたのだッ!!」
「なっ…なんですって!!」
「おおっ!」
と、唸る整備員たち。
「こんな事もあろうかと──?」
「小沢さん!ダメです!!」
眉を寄せる小沢の腕を香奈が揺する。
「見ろっ平田!これがゴッデススリーの新兵器だッ!!」
「なっ…こっ、これはッ!!」
このテンションはある意味凄いな…と、小沢は顎をなでた。
ついていくのは辛いが…(注*23)
「新型エネミーは『超硬化薄膜』によって無敵の耐性を誇っている。では、どうすればいいか?」
身構えるゴッデススリー。大空はにこりと笑って──歯を光らせて、
「答えは単純!それを破壊すればいい!!」
しゃきーんと、その『新兵器』を取り出した。
「なっ…」
それを見て目を丸くする遙。わかりやすいというか…馬鹿らしいというか…
ゴッデススリーはしっかりとポーズをつけると、
「ゴッデス・ハイパーエレクトリックドリルっ!!」
新兵器、ゴッデス・ハイパーエレクトリックドリル──要するに単なるバカでかい電気ドリル(注*24)──を、エネミーに向けて身構えた。
「一也君!これで俺達が奴の『超硬化薄膜』に穴を開ける!君はその隙に奴を打ち抜くんだッ!!」
大地が叫ぶ。ハイパーエレクトリックドリルが高速回転を始め、その先端の空間が得体の知れない放電に青く輝いた。
「どういう理論なんだろう…」
小沢はぽつりと呟いてしまってから、しまったと思った。
あわてて口を押さえるが時すでに遅し。指令室にいた人間、全員が彼に向かってゆーっくりと振り向いた。その白い視線が、彼をざくざくと刺す。
「小沢さん…」
眉を寄せる香奈。
そんな…お…俺が悪いのか?
「理論だと?」
スクリーンに映る道徳寺 兼康は、訝しげに眉を寄せ、
「わかっとらんな」
ふっと笑ってから、まくし立てた。
「理論などどうでもいいのだ!要は結果。結果さえあっていればド・ブロイの例もあるように、歴史に名を残すことが出来る!大体考えても見たまえ。ド・ブロイの仮説、物質波の仮説など、途中の式は間違っていた──いや、非論理的な式であったが──それによって導かれた答えがあっていたと言うだけで、彼は歴史に名を残すことができているのだ!この例もあるように、理論などどうでもいいのだ!要は結果ッ!!結果だぁッ!!」
「は…はぁ…」
小沢はそう言って頷くしかなかった。
「うむ」
道徳寺は大儀そうに頷く。
だけど──ド・ブロイって誰だ?(注*25)
と、小沢は眉を寄せた。
「ビームライフルの弾が切れているようだったな」
海野はそう言って微笑んだ。ゴッデススリーは、腰に装備されたビームガンからビームエネルギーパックだけを取り出し、
「使え。外すなよ」
R‐0の手にそれを握らせた。
「みなさん…」
「いいかい一也君。すまないが、ハイパーエレクトリックドリルが果たして奴の『超硬化薄膜』を破壊することが出来るかどうかはわからない。俺達も全力を尽くす。だが、チャンスは一度きりだぞ!」
大空の切迫した声に、一也は小さく頷いた。ビームライフルを今一度腰のパッドから取り外し、渡されたエネルギーパックを空になったボックスへと押し込む。
「遙、主モニターが死んでる。イーグルの方で補助を」
「了解。サテライトシステムを使うわ。管制はFCSに任せて」
「行くぞ一也君ッ!!」
ハイパーエレクトレックドリルを構えて、ゴッデススリーはエネミーに向かって駆け出した。
FCS Lock。R‐0のビームライフルは、真っ直ぐにエネミーを捉えた。
「平田ッ!」
「センセイっ!!」
二人は示し合わせたようにこくりと頷いて、
「ついに今回のクライマックス!!」
と、握りこぶしとともに熱血絶叫した。
「うおおぉぉおおッ!」
エネミーの『超硬化薄膜』と、ゴッデススリーの『ゴッデス・ハイパーエレクトリックドリル』。ぶつかりあった二つは、金属同士がぶつかり合うようなけたたましい音を辺りに響かせ、歯の浮く嫌な高音を発して、振動とともに空気を震わせた。
「くそッ!予想以上に硬いぞ!!」
大地の絶叫。ハイパーエレクトリックドリルの先端から迸る得体の知れない電撃が、コックピットの彼の顔を照らし出した。
「諦めるな!ここで諦めるわけにはいかないだろッ!!」
そう言ってレバーをぐっと押し出す海野。にやりと笑って、
「そうだろ!大空ッ!!」
今一度、レバーを前へと強く押し出す。
「ああ…」
大空は頷いて目を伏せた。
「その通りだぜッ!!」
彼の叫びに、ゴッデススリーのアクチュエーターがその力を増した。一段と激しくなる電撃の迸り。ゴッデススリーの足が地に沈む。
さらに一オクターブ高くなる金属音。
「うおおぉぉおおおっ!」
「いけえぇぇぇえええぇっ!」
「これでっ…」
大空は言葉を溜めてから、
「終わりだぁッ!!」
吐き出す勢いで、ゴッデス・ハイパーエレクトリックドリルを思い切り突きだした。
光が弾け飛ぶ。
そしてそれと共に弾けた衝撃波が、ゴッデススリーの巨体をはじき飛ばした。
「よしっ!」
「やったぞ!!今だッ!!」
「いけえっ!一也君ッ!!」
弾き飛ばされたゴッデススリーの巨体が地面に倒れると、エネミーとR‐0の間を遮るものは、そこに何もなくなった。
「食らえぇええぇぇぇえッ!!」
迸る白い閃光。
一直線に空を引き裂いた閃光は、そのままエネミーの胸を貫いた。
一也は大きく溜息を吐き出した。
「大苦戦だったじゃない」
インカムから漏れる遙の声に、細く微笑む。
「うん…」
マニュピレーションレバーから手を離すと、その手が少し汗ばんでいるように感じられた。もしもゴッデススリーが来てくれなかったら…
左右の焼き付いていないモニターで確認すると、倒れたゴッデススリーはどこかのアクチュエーターをやられてしまったらしい──大空たちがコックピットから降りてきて、R‐0を見上げて微笑んでいた。
「地球を護るのは、僕一人じゃまだちょっと…」
と、一也は軽くため息。
インカムの向こうでは、遙が声を殺して笑っていた。
どっちに任せてたって、十分怖いわ。(注*26)
「なんだと!」
Nec本部、指令室に響いたその警報に、教授達は我が耳を疑った。
「冗談じゃない!いくら何でも無茶ですよ!」
スピーカーからの声に文句を言うシゲ。
「無茶でも何でも、やるしかないわ!」
こうなればもう半分自棄よ!と、明美助教授もスピーカーを睨み付けた。
『防衛庁別室、Nec本部より入電中。現在、新たなエネミーが降下したとの情報を受信。総員第一種警戒態勢。繰り返す…』
「くそっ、今のR‐0で連戦なんて出来るわけないじゃないか!」
ちいと舌打ちをしてから、シゲは無線に手を伸ばした。
くそっ…R‐0は勝てるのか?
「遙ちゃん?」
シゲはごくりとつばを飲み込んでから、マイクに向かって呼びかけた。
「新型じゃないことを祈りましょうか」
そう言って、明美助教授はひょいと肩をすくめて見せる。今のR‐0の火力じゃ、旧型だって危ういけどね。
「エネミー降下──か。その場所はどこだ?」
教授はぽつりと呟いて眉を寄せた。スクリーンの中の道徳寺 兼康も、彼の言葉に小さく頷いている。何かを、期待しているかのように。
そして、スピーカーの声は、エネミーの降下地点を告げた。
『エネミー、観音崎灯台にて降下を確認。降下地点は浦賀水道上。誤差50』
「ようしっ!」
教授と道徳寺 兼康は、そう叫んで握りこぶしを付けた。
「は?」
と、口を半開きにして固まるシゲと明美助教授。なにがよし?
「観音崎だな!観音崎なんだな!じゃあエネミーは横浜に向かうな!」
教授は答えを強要するように言って、明美助教授の眼前に指を突きつけた。
「ま…まぁ…その可能性は高いと思いますけど…」
「ならば問題はない!」
叫んだのは道徳寺 兼康。にやりと笑うその顔は、確実に勝利を確信していた。(注*27)
「問題ないって…どういう事ですか?」
ぱちくりと瞬きをするシゲの言葉に、ふっと教授は軽く笑う。
「横浜には奴らがいる」
そう言う教授の顔は、一種異様な自信に満ちていた。(注*28)
つづく
次回予告
(CV 平田教授)
時に1997年。
3月19日。
地球に、未知の生物──エネミーが飛来した。
ある者は恐れ、
ある者は熱狂し、
ある者はそれの登場を待った。
現応兵器では傷一つ負わせられない怪物を倒す者。
巨大ロボット。
そして、それの登場は人々の夢が叶った瞬間でもあった。
たとえ一撃でやられようとも、人々は、それに積年の想いを馳せた。
そして、まさにそれこそが──
次回『新世紀道戦記R‐0』
『狂科学者(マッドサイエンティスト)たちの協奏曲(コンチェルト)。』
君にも、科学者の血は流れているか?
[End of File]