studio Odyssey



You see what I'm saying...?


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        5

「タバコ、吸うわ」
 そう言いながら、セイイチは上着のポケットの中からタバコとジッポー、携帯用灰皿を出す。
「いいけど、ベランダな」
 セイイチがジュンの家でタバコを吸うときは、いつもベランダとなる。ジュンは大のタバコ嫌いだからである。小学生の頃タバコを吸ってみて倒れそうになったかららしい。
 それからタバコとタバコを吸う人間を嫌っている。ジュン曰く、
「タバコとタバコを吸う人間は『百害あって一理無し』」
 と言うことである。
 タバコとジッポー、携帯用灰皿を持ち、ベランダに出るセイイチ。夕日に目を細めながら、タバコをくわえ火をつける。
「ふぅ…」
 煙を吐き出し一息つく。銘柄はフロンティア。甘い匂いが秋の空に消えていった。
「よくまぁ、そんなもん吸うよ」
 ジュンもベランダに出てくる。ベランダが大きくせり出す作りになっているので、なかなか広い。
「百害あって一理無し?」
 ニヤリ、と笑いながら言うセイイチ。
「まったくだ」
 笑い返す。
 秋の風が通り抜けていく。肌寒いその風を感じ、冬が近づいているみたいだとセイイチは思う。
 ジュンは煙がこないようセイイチから少し離れて、ベランダから広がる町街並みを見ていた。
 ジュンにとっては何時も見ている景色。セイイチにとっては久しぶりに景色である。
 夕日に染められ、紅く化粧をしている街並み。遠くのほうに電車が走っているのが見える。夕日を窓ガラスで反射しながら走る電車。日が落ちる様子をゆっくりと見ているように、電車が走る。
 セイイチもそんな景色を見ながらタバコを吸う。
「なぁ、なんで嫌だと思う会社に入ったんだ」
 電車を目で追いながら、ジュンが言う。
「うん?あぁ、別にあの会社に入りたくて入ったわけじゃないから」
「そういえば、セイイチは会社に入る前からそんなことを言っていたな。」
「…そうだっけ?」
 少しごまかすように笑う。
「判んねーな。だって、ちゃんと就職活動したろ?何十社も回って、夏ぐらいまでやっていたじゃん」
「やってたよ、就職活動。でも、どうかな?就職活動と呼べるのは最初の方だけかも知れないな」
「なんだよ。ただスーツ着て会社回っていた、って事か?」
「そうかもしんね。最後の方は間違い無くそうだったな」
 タバコを吸い、灰を携帯用灰皿の中に落とす。タバコの火が夕日の紅い色に重なって、消える。
 無言のジュンに対して続ける。
「と言っても、そうしなきゃシュウショクできなかったから」
「んー、そうだと思うけど。それって、就職活動か?」
「わかんね。…いや、違うな」
 タバコを深く吸い、煙を吐き出す。
 ジュンはその煙が秋空に溶けるのを見ている。少し間を置いて、言った。
「就職活動って、ようは自分が何をしたいかを見つけるためのもんだろ」
「まぁ、それが判れば会社なんて決まっちゃうのかな?」
「でも、そんなにうまくいかないんだよなー」
 空を見上げて呟く。
「なぁ、セイイチ。就職活動ってなんだと思う?」
 セイイチは少し考えて夕日から目をそらすように、夕日を背にしてジュンを見る。
「ちゃんとした答えなんて、判らないな…」
 ジュンも夕日に目を細めて、セイイチを見る。
「僕もだ。ちゃんとした答えなんてわからん」
 そういうと、ジュンはセイイチの向かってベランダに転がっていたボールを投げた。



        6

 強い日差しが、容赦なく降り注ぐ。スーツにはこたえる暑さである。日本特有のムシムシとした暑さが余計に、である。
 大通りを走る車の音に、蝉の声がふと聞こえた気がする。気のせいかと思いつつ、歩く足を速めるセイイチ。
「待ってって!」
 そう声をかけてくるのが、セイイチと同じ大学で同じ学科の友達であり、同じく溜息をつきながら就職活動中の中山ヒロヤ。ヒロヤは少し歩調を速めて後ろを歩く。セイイチは少し歩調速度を落して、後ろのヒロヤに向かって言う。
「そんなこと言っても、昼休みは少ないぜ」
「だからって、歩くの早すぎ」
 セイイチは今日も就職活動であり、会社の試験が午前から午後と続くその間の昼休みである。「適当にお昼を済ましてきてください」という会社の人の言葉で、適当にお昼を済ませようと同じ会社を受けに来ていたヒロヤと店を探している最中である。
「しかし、さすが青山。俺らが入れる値段の店が無い」
「まぁ、青山だし…」
 青山。きれいな街並みに比例して、店の商品価格も上がっているようである。きれいでおしゃれな店先を見ながら―自分たちの入れる―飲食店を探す。
 就職活動だけでは足りないらしい溜息を吐きながら、歩く2人。熱さも手伝いまったく、と思いつつセイイチはヒロヤに言う。
「なに、東京は庭じゃないの?」
「詳しいのは新宿だけ」
「新宿の夜の帝王?」
「誰のセリフだ?」
 などと言い合いながら。結局、2人が入った店はファーストフード店となった。
 店はスーツ来た社会人で込んでいる。そーいや月末だな。そう思いながらセイイチは、そこそこ広い店に出来た行列の一番後ろに並び、順番を待つ。
 店は昼のピークであり、店員が所狭しと駆け回っている。それでも、笑顔を忘れてはならないところが接客業の悲しいところだ。そんな店員を見つつセイイチは、安いセットを注文して空いている席を探す。
 トレイを手に店内を見渡すと、大通りに面したガラス張りの窓側の席で、すでにヒロヤが座って手を上げている。トレイの上に気を使いつつ、セイイチはすばやくその席に座り込み「フー」と息を吐いてアイスコーヒーに手を伸ばした。アイスコーヒーで喉を潤すと、貧乏人にやさしい値段のハンバーガーを食べながら、午前中の試験のことを話し出す。
「ヒロヤ、SPIと適正テスト早かったなー。俺が半分くらいのところで終わっていたもんな」
 ヒロヤは、アイスコーヒーで口の中のモノを流し込んで答える。
「うん?あぁ、だってほとんど問題読んでないもん」
「そうなん?」
「あぁ、今まで受けてきた会社と問題ほとんど同じだし。選択問題だからね」
「いや、そーだけどさ…」
 ヒロヤが涼しい顔で終了時間を待っている時、セイイチは必死で問題を解いていた。なんとか時間ギリギリで、全ての問題を終えることが出来たくらいだ。
「いい加減なやつ…」
 自分にはできそうも無い。そう思い、セイイチは言った。
「いいんだよ」
 少し笑いながら答える。
 空調の効いた、いや、効き過ぎているくらいの店内。やはり涼しい顔で昼食を終えたヒロヤは、アイスコーヒーをすすりながら言う。
「だいたいさ、SPIにしろ適正テストにしろさ。アレって、時間内で終わらないように出来てるじゃん。」
「確かに…。適正はともかく、SPIは時間内で全問できなくてもいい、って言われるね。」
「結局、少ない時間で問題がどれだけ解けるかでしょう」
「正確に、ね」
 そうヒロヤの言葉に付け加えるセイイチ。それを聞いてヒロヤは続ける。
「まっ、正確さもだけど、判断力を見てると思うけどね。だって、問題自体は簡単じゃん。だから、どれだけすばやく判断して進めるかじゃない?」
「そうだけどさ。正確性がなければ意味がないじゃん」
 セイイチも負けじと言い返す。そんなセイイチを、落ち着いた様子で見るヒロヤ。
「確かに、セイイチの言いたいことは判るよ。でも、選択問題ってところに意味があると思わない?」
「どーゆー意味さ」
「だって、選択問題って事はさ。そこには、必ず正解が含まれているわけじゃん。そして、問題が多くあって時間が限られている」
 黙って次の言葉を待つセイイチ。ヒロヤは先を続ける。
「つまり限られた時間でより多くの正解を選び出し、やり遂げる。これが、重要なんじゃないかな?」
「いや…、それは、そのまんまじゃん…」
 うなだれるセイイチ。そして、スーツのポケットからタバコを取り出し、火をつける。溜息が煙とともに吐き出される。
「だいたいさ、時間内で終わらなくてもいいって言われてるじゃん」
「だから、そこだよ。」
 少し身を乗り出し、頷く。
「時間内に出来なくていいって言われるじゃん。そこで、言われたとおりで終わらすか、それ以上やるか。それに、やり遂げられるかやり遂げることが出来ないか。じゃないの?」
「ふーん…、慎重に進めるかサクサク進めるか。そして、それをやり遂げること。って事か…」
「まぁね、そういうのが会社に入ると重要になってくるんじゃないかな。ほんとのとこのろは判らないけど。」
 ヒロヤの言葉を聞きながら、セイイチはタバコを深く吸う。煙を吐き出しながら、まだ長いタバコを灰皿に押しつける。
「なるほどね…」
「つーか、1番いいのは、早くて正確だけどね」
 自嘲ぎみに、少し笑うヒロヤ。
「…そりゃーそーだ。それが、セイカイだ」
 セイイチはそんなヒロヤを見ながら、面白くなさそうな顔をする。
 そして、そのセイカイがどれだけ容易では無いかを思いながら、それぞれアイスコーヒーを飲むのである。
 コップが窓から入る陽射しで汗を掻き、トレイに小さな水溜りをつくる。
「まっ、要はそれでうちらの人間性を見るわけだ」
 ストローをくわえ、再びアイスコーヒーを飲むヒロヤ。
「その会社にあってる人間かどうかって事?」
「そっ。就職活動ってヤツは、そうやってうちらを判断していく訳よ。」
 セイイチはヒロヤの言葉を聞きながら、ガラス越しに外を見る。昼休みがそろそろ終わるのか、早足で歩いている人。これから昼休みなのか、ゆっくりと信号を待っている人。外は様々な人で溢れている。
 しかし、本当のところは判らない。ただ走っているだけかもしれないし、ブラブラと歩いているだけも知れない。人なんてそんなにすぐ判るものではないのだ。そんな人通りの多い風景を見ながら、セイイチは思う。
 そんなので、と。
 そして、今度は声に出して。
「そんなので、一体、俺らの何が判るって言うんだ?」
 それを聞いたヒロヤは、そうだけど、と思いつつも妙に冷めた声で言う。
「でも、それがシュウショクカツドウだろ?」



        7

「なんだろうなー」
 足元で跳ねるボールを掴んで、セイイチは言った。
「就職活動ってさ…」
 ボールをジュンに投げ返し、セイイチは短くなったタバコを携帯用灰皿に押しつける。灰皿の中で、赤い光が徐々に力を失っていく。
「まぁー、簡単に言えば。自分を見つめ直して、自分にやれることやりたいことを見極める。その上で、会社を選び出して就職する。って事だろ」
 自分の記憶から思い出すように、ジュンは少し上を向いて言う。
 セイイチは灰皿の中で火が完全に消えると、蓋を閉じる。そうして、少し笑う。
「なぁーんか、どっかで聞いたようなセリフだ」
「あったり前じゃん!セイイチが言ったんだから」
 ジュンも笑う。
「でも、そんな簡単じゃないんだよな」
「まぁな。僕は、セイイチとは違う就職活動だけど。それは、思うよ」
「違うって言っても会社回るのは同じだろ?」
「そうだけど。僕は芸術家だから」
 ベランダの部屋側の壁に寄りかかり、自分のセリフに笑うジュン。
 セイイチは、横から夕日の差し込む紅い部屋を見る。部屋にはジュンの書いた絵や書き途中の絵が置かれている。
 絵が夕日の紅に照らされて、真っ赤に塗ってあるようだな。
「なんか、紅い色って狂気を感じるな」
「燃えるような芸術なんだよ」
 ジュンは、少しおどけて夕日に向かい手を伸ばす。そして、夕日の前にいるセイイチを見る。が、夕日に隠れるため表情が見えない。
 夕日はその半分以上を街並みに影に沈めて行こうとしている。
 セイイチは、まだ部屋の夕日に紅く染められた絵を見ていた。
「ほんと、口で言うほど簡単じゃないよな。就職活動ってさ。」
 セイイチは誰に言うのではなく、呟く。
「この絵と一緒だな。染まっちゃう…。途中から変わっちゃうんだよなぁ。就職活動の為に就職活動をしてしまう」
「なにそれ?」
 訳がわからんと思うジュンは、そのままを顔に出した。
「目的が変わっちゃうんだ。」
 セイイチは少し考えて続ける。過去を振り返るような感じで。
「みんなが就職活動して、俺も就職活動をした。そして、だんだん内定が出始める。そしたらさ、すごく焦るんだ。俺も内定を貰わなければ!ってな」
 秋の高い空を見上げて、ジュンは少し遠い目をする。
「あー、それって、なんて言うかな。流されているってことだろ」
「流されるか…」
 セイイチは、独り言のようにその言葉を反復した。
 流される…。
 今度は心の中で繰り返えす。過去を思い出しながら。
 夕日が街並みの奥に体を沈める。あと少しもすれば、完全に見えなくなってしまうだろう。空も夕日と反対側から藍色に染まってきている。
 セイイチは一本タバコを取り出し火をつける。まだ、タバコの火と夕日が重なる。
「でもさ。流されるって、別に今までだってそうだったじゃん。今の学生とか社会人だって、誰が自分の行きたいって思う道を自分で決めてる?」
 セイイチが口を開く前に、ジュンは続ける。
「大体は、みんなが行くから行くって感じじゃないか。それで、その中でどうせ行くならここがいい、って決めてたんじゃないのか?結局は、みんなが行くって流れの中で選択してるに過ぎない。そりゃ、中には違う人もいるかもしれないけど。」
 今までより声のトーンを上げて、ジュンは言った。そして、一呼吸置いて、問う。
「違うか?」
 セイイチは、紅い色から藍色に変わっていく空に視線を移す。そして、空にタバコの煙吐きかけた。
「かもしれないな。だからって、それでいいわけじゃないよ。流されていいもんじゃない。そう簡単には決められない。だって、一生そこで働くかもしれないんだぜ。」
 そう言うセイイチの言葉に、ジュンは不満げである。
「そーか?だって、今は結構会社辞めちゃう人多いじゃん」
「だから、それが流された結果だろ。それに、別に辞めるために就職活動するんじゃないんだから」
「そう言ったって、辞めたじゃん。セイイチ」
「………」
 セイイチはスグには答えらなかった。だから、タバコを深く吸う。
「…結果的には、ね」
 セイイチは、少し遠い目をしてタバコの煙と言葉を吐き出す。
 その煙は、秋の風に吹かれてあっという間に消えてしまった。



        8

「もー!なんて言っていいか判らなかったよー!」
 前の席に着くや開口一番。マキは、そう言うとスパゲティーを乗せているトレイを置いた。畑村マキ。セイイチと同じく就職活動中の女の子である。
 学生食堂。昼の時間帯を過ぎているためか、あたりに学生の数は少ない。ほどよく効いている冷房が夏の暑さを忘れさせる。
 マキはスパゲティーを食べるために、セミロングより少し長めの髪を後ろに流す。
 すでに席に着いていたセイイチは、まだ手付かづのカレーにスプーンを入れて言う。
「何がさ?」
「だってさー、昨日の面接で『企業理念の意味はなんだと思いますか?』って聞かれて。なんて言っていいかよく判らなかったよ」
 マキはそう言うと、少し粗っぽくスパゲティーにフォークを刺す。
「そーゆーのはさ。会社紹介に書いてあるようなことを言うべきなんじゃないの?マキさん」
 そう言って、セイイチはカレーを口に運ぶ。
 やっぱり、あんまり美味しくない。そう思いながらも就職活動中でお金が無いために、安いカレーを食べるのである。
「判ってるよ。でも、頭で理解しても、言葉で表現するのは難しいよ。」
「まぁね。緊張してるし。」
「あぁ、憂鬱…。なんで、就職活動ってこんなに憂鬱になるんだろう?」
 フォークをくるくる回して、スパゲッティーを見る。
「人生がうまく行かないときに、人って憂鬱になるんだろうなぁ」
 セイイチは感情を込めないで言う。
「最近、なんか人生うまくいってないんですー」
「なにそれ?」
「うまく言ってない時の、全天候型多目的な言い訳」
 マキはもう一度「なにそれー」と言い笑う。セイイチも笑い、続ける。
「まぁ、内定が出れば憂鬱じゃなくなるよ」
「なんか、クールだね。あっ!もしかして、もう内定でたの!?」
 ちょっとビックリしたような感じで、声を上げる。
「出てない…。っていうか、明日、俺は面接なの」
 少し複雑そうな顔をして、カレーを食べるセイイチ。
 それを見ながら、マキはスパゲティーをフォークに巻きつけ、「ふーん」と言う。
「なるほどね。それで、自分の事で手一杯だから、友達が就職活動のグチを言ってもちゃんと聞いてくれないんだ」
「いや、聞いてるじゃん…」
 セイイチの言葉を無視するマキ。
「あーぁ、就職活動って人を冷たくするのかしら?それとも、そういう事が社会人になるって事?だとしたら悲しいわよね。そう思わない?明日、面接のセイイチくん」
 意地悪く言うマキに、セイイチのカレーを口元に運ぶ手が止まる。
「…あのなー。」
 セイイチの言葉を聞いているのかいないのか。マキは続ける。
「だいたい、そうよ!」
 何がだ?そう思うセイイチ。
 勢いを増してマキは言う。
「アレよね。就職活動って、まだまだ、女性に厳しいもん!男子優勢っていうのが、根強いのよ!」
「そうかな…?」
「そう、その判ってない!っていうの?男のそうゆうところが原因なんだよね!!」
 その勢いのままスパゲティーにフォークを入れる。鈍い音を立ててフォークがお皿にあたる。
 怖い…。セイイチは思わず下を向く。なんか、俺が怒られているみたいだ。
「そう怒るなよ。うん、俺が悪かったって…」
 セイイチはマキをなだめるようとする。
 なんで俺が謝ってるんだ。
 そう思うセイイチを見て、「別に怒ってないもん」そう小さく言いながら、マキは少し笑顔をのぞかせた。
「でもさー、就職するのってなんでこんなに難しいんだろ?」
 再び、フォークをくるくる回しながらスパゲティーを絡めてマキは言う。セイイチは落ち着いたマキにほっとして、カレーを食べる。
「マキさんは、やりたい事あるの?」
「あるよ。だから、就職活動してるんじゃん」
 マキはしっかりとそう言う。迷いのない眼で。
「そうなんだ、まぁ、マキさんはしっかりしてるしね。」
 ほとんど独り言のように小声で言いながら、カレーを食べるセイイチ。そんなセイイチを見てマキを続ける。
「セイイチくんはやりたいことないの?」
「うーん、あるけど…。今はムリだね」
「…?」
「いや、俺がやりたいことってさ。今、大学で習ってる事はカンケーないんだ。だから、その勉強をしないと出来ない」
「ふーん…」
 マキはなにか言いたげであったが、言わずに食べる事にした。
 セイイチは少し考えた後、話題を変える。
「しかし、アレだね」
「ん?」
「俺はともかく。マキさんみたいにやりたいことが決まっていても、なかなか内定が出ないものなんだね」
「うーん、あたしはやりたいことが決まってるから、それ以外の会社はまったく受けてないのが原因の一つとしてあるかな?」
 ちょっと的はずれな事を言うマキに、セイイチは残り少ないカレーをつつきながら返す。
「まぁ、でも。自分がやりたいと思っている仕事が見つかるなんて、そうそうないよ。だってさ、仕事っていろいろあるし。そーゆーもんだろ?」
「自分のやりたい事だけが出来るってことは、ないって事でしょう?」
「うん、多分ね」
 セイイチは最後のカレーをすくうと口に運ぶ。空になった皿にスプーンを置き、学食の窓からキャンパスを見る。
 キャンパスには友達と話しながら歩く学生がちらほらと居る。その学生達を、快晴の空から太陽が元気に照らしている。
 その光景を見てセイイチは、「いいよなぁ」と小さく溜息をついた。
「あっ、今、溜息ついたでしょう!」
 前の席で半分くらい残っているスパゲティーを食べていたマキが、食べるのを止めて言う。何故か楽しそうに。
 セイイチは不思議に思いつつも返す。
「うん、まぁ…。」
「ふふん、今ので幸せが一つ逃げたよ」
「………」
 からかうように笑うマキに、セイイチは半笑いの顔で答える。
 また、スパゲティーにフォークを伸ばすマキに、セイイチは声のトーンを変えて言う。
「ところでさ」
「ん…」
 マキは、再び食べる手を止めて返事をする。
 セイイチはわざとらしく自分の空になった皿と、マキの半分ほど残っているスパゲティー、そして腕時計を見る。
「食べるの」
「ん…?」
「遅いね」
 お返しとばかりに言うセイイチ。
「…うるさいなぁ」
 そう言うと、軽く睨むまねをして笑うのである。