studio Odyssey



You see what I'm saying...?


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       9

「例えばさ」
 ジュンは紅と黒のコントラストを見せる街並みを見て言った。
 夕暮れ。夕日が沈み、その最後の紅色を夜の黒が染めていく。そこに、街灯や家の明かりがつき始めている。空にも夕日の色が所々に尾を引くように残っていた。
「例えばだけど」
 ジュンは言い直す。
「自分が行きたい会社には行けなかったとして、でも、たいして行きたくはないけど、とりあえず受けた会社から内定貰ってそこに勤めた場合は?そこの会社を別に辞めるわけでもなく、普通に結婚とかして過ごせた場合は、就職活動は成功したのかな?」
「どうだろうな?」
 セイイチは返す。
「例えば。行きたい会社がうまく見つからなくて、出会っても縁がなくて。それでも、ずっと探しつづけている人は?他の人が皆内定貰ったり、就職したりしても、それでも納得いく就職活動を続けている人は?限りなく就職活動の成功に近い人かな?」
「世間的には、そういう風には見られないだろうな…」
「例えば。自分が行きたいと思う会社に入れたけど、何らかの理由でその会社を辞めてしまった人は、就職活動を成功したのかな?」
 そこで、一呼吸おくジュン。
 セイイチは指に挟んでいるタバコの灰を落とすため、携帯用灰皿を開ける。トントンとタバコを指で軽く叩き、灰が落ちる。
「難しいな。でも、今、ジュンが挙げたことばかりが全てじゃないだろ?そうじゃない人もいると思うけど」
 セイイチはタバコを口にくわえると、短くなった先端を見る。その向うには、紅と黒が混じりあう街並みがぼやけて見えた。
「そうだな。でも、セイイチって今言った中に含まれてないか?」
「そうだな。そうかもしれない」
 指にタバコの火の熱が伝わる。それを感じながら、セイイチはぼやけて見える街並みをただ見ていた。
 難しいな…。
 ジュンは寄りかかっていた壁にそのまま背をつけて座った。
「就職って、『縁』って言うけどさ。それだけでなくて。結局、自分が本当にその仕事をしたいかって事だよな」
「そうだな。」
 セイイチはなんとなく返した。
「だから、流されて就職した人って意味がないと思うな」
「それは俺も思う」
 だから…。
 セイイチは、自分の中でその言葉を繰り返した。
「でもさ、やりたいことってなんだよ」
 セイイチは少し強い口調で言う。それを聞いてジュンは、セイイチに向き直る。
「学校で習ったことや趣味とか…。今まで、自分が生きてきて興味を持ったことじゃないか?」
「だけど、そんなんで仕事としてやっていけるか?」
「そうだな。でも、学校で習ったことや趣味などで得たことは、自分のやりたいことの入口、その土俵に立つ資格を得たに過ぎないんだよ。僕はそう思う」
 ジュンは自分に言い聞かせるように言った。そのまま続ける。
「そして、それプラス何かが必要だけどな。僕は熱意だと思っている。それに、そうでないと僕の場合やっていけない」
 後半を笑いながらジュンは言った。
「そうだよなー」
 だから…。
「それが、内定が出る人と出ない人って事だと思うよ」
「かもしれない」
 だから、先に進みたくなった。
「俺が辞めた理由もそうなんだ。『言い訳とキッカケ』でなくてな」
 セイイチは、短くなってきているタバコを吸って、携帯用灰皿に押し付けて消す。
 夕日の色は、ほとんどそこに無くなっていた。



        10

 研究生室と書かれたプレートが開きっぱなしのドアに掛かっている。そのドアを部屋に入って閉めるセイイチ。
 夏休みに入ったばかりのためと不況のためか生徒の就職活動があまり進んでないのか、研究生の姿が少ない大学。
 部屋の中は冷房が効いて涼しいが、外では相変わらずセミが大合唱をしているように鳴いている。締め切った10畳ほどの研究生室に、セミの鳴き声が響いている。
 部屋にはすでにヒロヤが来ている。壁に向けて置いてある研究生用の7つある机の一つ。真中の自分の席に足を投げて置いていた。手に持っている研究用資料を見ながらセイイチに「よう!」といつものように声をかける。
「おう!はえーじゃん!」
「まぁな、セイイチとは違って」
 少し嫌味に笑うが、ヒロヤもさっき来たばかりである。さらに言うなら、太陽はすでに真上である。大学生の朝は遅い。
 ヒロヤの隣にある自分の机の上に座るセイイチ。ちょうど入ってきたドアと向かい合わせになる格好である。ドアには、『禁煙』と書かれた紙が張られている。研究室の教授が書いたものだ。
しかし、そんな事は関係ナシにとヒロヤの机の上には灰皿が載っていたりする。それを見て、セイイチは「そうそう」などと言ってヒロヤに話かける。
「おめでとう」
「うん。まぁ、そのうちセイイチも決まるよ」
 そう言うセイイチにヒロヤはあいまいに返す。ヒロヤは内定が出たのだ。
「『そのうち』っていうのはやめてくれ…」
「じゃー、『いつかきっと…』」
「やめろっつーの!」
 声を上げるセイイチだが、笑っているヒロヤを見て何故か笑ってしまう。
「ったく、いつもこーだよ…」
 そう言いながらも、セイイチはヒロヤが気を使ってくれているのを判っている。だから、怒っているわけではない。しかし、友達に気を使われているというのはどうにも嫌なものである。
「なぁ、どーやって内定貰ったの?」
 セイイチは内定を貰ってない人が、貰った人に誰しも聞くような質問をする。ヒロヤは手に持っていた資料を机の上に置くと、ニヤリとセイイチを見る。セイイチはそのヒロヤを見て先に口をはさんだ。
「試験と面接に受かって、とか言うなよ」
 ヒロヤは「ちっ」と残念そうに舌打ちすると、少し考えるようにして言う。
「やっぱ、やる気かな…」
「へー、ヒロヤにやる気があるなんて知らなかった」
 今度はセイイチがニヤリと笑って言い返す。ヒロヤは少し苦い顔をする。
「ねぇよ」
 そう言うヒロヤにセイイチは、今度は真面目な顔をして聞く。
「でも、それでも内定が貰えてるんだろ。いいじゃん」
 なんとも言えないヒロヤは、「まぁーな」とあいまいな返事を返した。セイイチはさらに続ける。
「内定を貰える人と貰えない人。その差はなんだろうな…?」
 ほんと、なんだろうな…。
 ヒロヤは答えない。いや、答えられない。誰だってそうである。実際のところ、自分の何が良くて何が悪くてその会社に受かったり落ちたりなんて判らないからだ。
 就職活動において、会社はその答えを学生に教えることは無い。だから、学生は悩むのである。
 部屋から会話がなくなった。
 だから、セイイチはその雰囲気を吹き飛ばすように、わざと明るい声で本音を言った。
「あー!内定ほしいー!!」
 それを聞いて顔だけ笑うヒロヤ。セイイチも笑う。
 そこで、少し軋んだ音を立てて研究正室のドアが開く。
「おっ!来てるね」
 そう言って、50歳には見えない老顔の教授が入ってきた。研究室に入ると学生と教授の距離はそれまでと違い、ぐっと縮まる。そのため、話をする事が多いのである。
「ちわーす」
 セイイチとヒロヤは同時に挨拶をする。挨拶をしながらヒロヤは、さりげなく研究資料を灰皿の上に被せる。
 セイイチはそれを見ながら、自分たちの机に教授を寄せないように「暑いですねー」などと言い、席を立つ。
 教授は夏休み、さらに就職活動中にもかわらず研究室に学生が来るのが嬉しいのか、少し機嫌がいい感じである。
「ところで。キミたちは、就職活動のほうはどうなんだね?今年もあまり良くないせいかなかなかこっちにみんな来なくてね。」
 そう言う教授にセイイチは「はぁ、まぁ」とあいまいな返事を返した。
「まぁ、就職活動も大事だけど研究もやってくれないと困るんだよねぇ」
 教授はセイイチの返事を聞いているのか、なおぶつぶつ言っている。教授というのは、基本的に自己中心的な人間が多い。だから、セイイチの返事など聞いてはいないだろう。
 しかし、セイイチとヒロヤが黙っているのを事に気づくと、少しばつが悪くなったようで、
「そうだね、キミたち。若いうちは苦労して、いろいろと悩んだほうがいいよ!」
 と昔から言われつづけている言葉を残すと教授は部屋から出ていってしまった。
 扉が閉まり、教授の足音が遠ざかっていくのが判る。
 その足音を聞いて、教授が近くにいなくなるのを確認する。そして、二人は「うるせーよ」と言わんばかりにタバコを取り出し、同時に火をつけるのである。



        11

 少し風が出てきたベランダ。髪形がみだれるのもかまわずセイイチは風を浴びていた。
 夕日の色が無くなり、夜空に星が描かれ始めている。
「俺さ。失敗とも言える就職活動をして、そして、少しだけど社会人をして判ったことはある」
 秋の夜風に負けないように、セイイチは風の吹いてくる方へ向く。
「失敗したって事?」
 ジュンは少し茶化した口調で言った。しかし、セイイチは怒るわけでもなく言う。
「そうじゃないよ。やっぱり、自分がやりたいと思う仕事をするのが1番って事だ」
「そうは言ってもそれがそう簡単にはいかなかったんだろ?」
「あぁ、流されていたからね」
 ジュンは風で乱れた髪を後ろに流す。
「それで?」
「だからさ。まず、内定が出て。それから考えればいいと思っていた」
「それじゃー、内定が出てから考えたんだ」
「うん…。でも、それは考えただけ。だから結局、流されたままだった」
 無言を返すジュン。それを感じてセイイチは続ける。
「だからさ、流されるのやめたんだ」
「それが、会社を辞めるって事だったわけ?」
 ジュンはなんともいえない表情をする。そこに風が吹き髪が顔を覆う。
「そう。流されている自分を変えるために会社を辞めた」
 そう言葉に決意を込める。
 髪を後ろに流して、ジュンは「でもさ」と疑問に持ったことを聞く。
「あるドラマでこう言うことをいっていたな。『学生の頃は社会に出るのが怖かった。でも、今は、社会から出るのが怖い』って。どうだった?」
「怖くないなんて言ったら、ウソになる」
 そう言って、夜空を見る。星が瞬き始めていた。
「社会のルールから外れるようで?」
「うん。でも、それだけじゃないな。もっと、生活的なものもそうだよ」
「生活的なもの…?」
「だってさ、どんな職業だろうとそれなりには出来ちゃうんだよ。そうして、生活が出来ちゃうんだ。自分がやりたいやりたくないはともかく、生活が出来ちゃうんだ。それを捨ててしまうんだからさ」
「怖いよなー、それ」
「うん…。自分で逃げ場を無くしてしまうんだから」
 セイイチは、新しいタバコを取り出そうとする。
「でも、『逃げ場はいつかなくなる』って言うぜ」
 セイイチを試すように、ジュンは意地悪く笑った。
「確かに、そうかもしれない。いつかが何時かは判らないけど…」
 そう思いながら、その思いを口にした。
 少し間をおいてタバコを箱に戻す。そして、それを軽く投げた。
 タバコの箱は回転しながら夜空に向かい、頂点で重力に引かれて落ちる。
 セイイチはそれを掴むと、ジュンに言う。
「それがいつかは判らないけど、俺は今だと思った」
 だから…。
「だからさ、流されている自分に負けないために辞めたんだ。だって、やりたいことが出来たんだ。だから…」
 これ以上、流されたくなくて。
 これ以上、止まっていたくなくて。
 その言葉に自信を持つように、セイイチはわざと笑った。夜空を、その先を見るように見上げたまま。
「俺は正解だと思うよ。だって、俺は失敗とも言える就職活動をして社会人をして。だから、今のこの決心とやりたいと思えることをしっかりと見つけることが出来たんだ」
「ふーん。まっ、僕は今の就職先で満足しているけどなー」
「おー!そんなのは人それぞれだ。俺には俺の正解があって、ジュンにはジュンの正解があるって事だな」
「なんだよそれ?」
 悪ガキのように笑う。
「俺にとっての正解は、ジュンにとっての正解じゃないしね。それがキッカケにはなっても、正解にはならない」
 ジュンは「かもな」と笑う。
「俺が思うに。就職活動にも、これからの自分にもいえることがある」
 セイイチはしっかりと前を向いて、力強く言う。その先に何があるか。見えない先を見据えるように前を見る。
「これから何年も何十年も立った時に。今の自分を若かったなと後悔するか、誇っているか判らないけど。それでも、前を向いて行く事だな。つまんないつじつま合わせや後先ばっかり考えたりしていたらチャンスを失っちゃうよ。今は、前を向いて進む。走るしかない。そう思う」
 そう言うセイイチをジュンは、少し眩しそうに見る。
「だから、なんとかなる?」
 ジュンはそう問いかける。セイイチは得意そうに、ニヤリとする。
「何とかなる。でも、そう言ったからには、そう思ったからには、なんとかするんだ。」
 セイイチは自分に言い聞かせるように、力強く言う。そして、しっかり前を向いたまま胸を張る。
「自分を信じて、走りつづけるしかないんだよな」
「くさいセリフだな」
 ジュンは笑いながら言う。
「うるせー!」
 セイイチは自信あり気に笑った。