studio Odyssey


第十話




「私に用だと?」
 年老いた老人は、眉間にしわを寄せて振り向いた。(注*1)
「ふん、政府の犬が、私になんの用だ?」
 それは、日本にエネミーが初めて襲来した日から数えて5日目の夜のことだった。
 東都大学、『機械工学研究室』に、一人の黒服の男が現れたのは。
「先の怪物騒動、ご存じのことと思いますが?」
「まぁな…それで、なぜ私のところへ?」
「単刀直入に言いましょう。我々は、あなたに力を貸していただきたいのです」
「ふん。公僕になるつもりはない。帰ってくれ」
「政府は──より正確にいえば、現総理、村上 俊平総理がですが──特務機関を作るという案を提唱されました。これにより、我が国日本では、先のエネミーを倒した巨大ロボットを全面的にバックアップすることになるかも知れません」
「ほぅ…総理というのは、頭の固いものしかなれんのかと思っていたよ(注*2)」
「あの巨大ロボットを作った科学者の名前、知りたくはありませんか?」
 老人は眉毛をぴくりと動かした。気になる…一体誰があれを作ったんだ?
「名前くらいはな。だが、私は政府に力は貸さん」
「R‐0──失礼、これはあのロボットの名前ですが──」
 老人は男の言葉に目を見開いて振り返った。R‐0!R‐0だと!!
「ま…まさか…あれがR‐0なのか?『R』計画の…」
「『R』計画をご存じのようですね」
「しかし、あの計画はすでに停止を余儀なくされていたはずでは──すると──奴か」
「そうです。あれを作ったのはあなたの御弟子さんですよ」
 老人はそこで初めて、男にソファに座るよう促した。男は一礼して、ソファに深く腰を下ろす。
「あれを作った科学者、もうお分かりのことと思いますが──」
 ため息を吐き出しながら、老人もソファに腰を下ろす。
「平田か…」
「ご名答です。どうです?我々に協力してはもらえませんか?」
「私に何が出来るというのかね?この老いぼれに」
 ふ、と老人は笑う。
「ご謙遜を…」
 黒服は口許をゆるませて、言った。
「あなたの作り出した二つの兵器、やっと使うことのできるものが現れたと、そう考えるべきなんじゃありませんか?」
「R‐0にアレを渡せと?」
「タダとは申しません。実のところ我々──あ、これに総理は含まれません──は、あの平田という人間に不信感を抱いているのですよ。これをご覧下さい」
 男はA4サイズのバインダーを取り出した。それにはR‐0解体報告書と書かれている。
 老人はそれを手に取ると、ぺらぺらと速読とも思える勢いで中を確認していった。
「なるほど…やはりBSSか。このOSが開けられないんじゃ、R‐0とやらに対する不信感は拭いきれない──と、そういうわけだな」
「量産も不可能、BSSとやらが壊れた際の保証も全くなし。こんなロボットに頼るような国の行く末など、どのようなモノでしょうかね」
「そこで私にどうしろと?」
 老人は笑った。答えは見えていたのだ。自由に金が使えるのなら、ふん。まぁ公僕になるのも悪くはないだろう。
「要するにR‐0は気休めですよ。あなたの作った二つの武器を、取りあえずR‐0に渡し、こちらはこちらで対エネミー用兵器を自主生産する」
「私の自由にやらせてくれるのかね?」
「いくつかの規制はさせてもらいますが、コストは自由に使えるようにいたしましょう」
 わるくないな…私ももう歳だ。この機会を逃したら、あるいは一生…
「よし、わかった。手を貸そう。とは言っても、あれはそのままではR‐0に付けられまい。明日、明後日に改造をし、明々後日にも奴のところに行って渡してこよう」
「では、それはそちらに任せます」
 男はすっくと立ち上がり、手を差し出した。
 道徳寺 兼康は、にやりと笑っただけで、その手に自分の手を絡めはしなかった。


「恐れていた時が、とうとう来たと言うべきか…」
 Nec本部。作戦会議室で、平田教授はぽつりと呟いた。
 その声に院生、中野 茂──通称シゲ──が読んでいたマンガから顔を上げる。
「どうかしましたか?」
 教授の机の上には一通の封筒が置かれていた。先ほど、R‐0のパイロット、吉田 一也の姉、香奈が置いていった物である。
「まぁ…見たまえ」
 と、封筒ごと中身を手渡す。
「なんです?」
 と言いながら中身を見てみるシゲ。六つ切り大の写真が六枚と、手紙が一通。
「こ…これは…」
 シゲは声のトーンを落として呟いた。教授とシゲのやりとりを少し気にして見ていた助教授、西田 明美が「はっ」とばかりに顔をしかめる。
「どうせたいしたことないんでしょ」
「明美さん!そんなことないですよ。これは凄いですよ!」
「明美君も見たまえ」
 教授の声に、シゲは手にしていた写真を明美助教授に手渡した。「なによ?」とか言いながら、明美助教授は手を伸ばして写真を受け取る。
「センセイが、いつの間にかR‐0の対抗兵器を作っていたようだ」
「え…!?」
 写真を受け取った明美助教授の手が止まる。
「センセイって…まさか、道徳寺 兼康…?」
「私がセンセイと呼ぶ人間が、あの人以外にいるかね?」
「先生ってあれですよね。R‐0のビームサーベルとか持ってきてくれた人」
「そうだ」
「シゲ君…これは…本当に大変なことになったわ」
「だから僕が言ったでしょ」
 シゲはつんと口を尖らすが、
「違うのよ!あなたが考えている以上に、大変なことになったのよ!!」
 明美助教授に襟首を掴まれて、彼は目をしばたたかせた。
「どっ…どういう風に?」
「いい?あの人と教授が、なに考えてるかわかる?」
「なに…って」
「ああ…日本の最後だわ…」
 明美助教授は嘆息とともにうつむいた。シゲはうつむいた彼女を見て、眉間にしわを寄せる。
「どうしてです?」
「エゴとエゴとのぶつかり合いでよ(注*3)」








 第十話 地球の未来を護るのは?

       1

「もぉ…なにも学校のある平日にこんな事しなくてもいいと思わない?」
 イーグルから降りてきて文句を言っているのは、R‐0専用輸送機であるこのイーグルのパイロット、村上 遙だ。
 文句を聞かされているのは、R‐0パイロット、吉田 一也。
「教授達が、僕たちの都合の事なんて考えてくれるわけないじゃないか。言うだけ無駄だよ」
「ま…そりゃあね…」
 呟いて、遙は右耳を右手で押さえた。
「うるさいわねぇ」
「しょうがないよ。ここは、軍事基地なんだから」
 肩をすくめる一也。その視線の向こうで、爆音をたてて飛行機が紺碧の空へとあがっていく。
「あーあ。こんなに天気がいい日なのに、なんでこんなところに来なきゃいけないのかしらぁ」
 ふうとため息を吐きだして歩き出す二人。
「今日は平日だよ。ここに来なかったら、学校でしょ」
「あら?一也学校嫌いなの?」
「同じ部活に、いじめる先輩がいるからな」
 む…それって私?
「でも、可愛い彼女がいるじゃなーい?」
「しっ…詩織ちゃ!…いや、松本さんは関係ないよ!」
「あれあれあれあれあれあれあれ?いーま、一也詩織ちゃんのこと何て言った?あぁーれぇえ?二人の仲は、ずいぶんと進んでるのかしらぁ?」
「うるさいよっ!もう。教授達が中で待ってるよ!」
「おこんないでよぅ」
 肩を怒らせて歩いていく一也の後ろを、遙は笑いながらついていった。


「くっ…なんということだ」
 教授はそれを見て「ちいっ」と舌打ちをした。
「す…すげぇ…」
 嘆息を漏らしつつ、シゲも手すりから身を乗り出す。
「ついていけないわ」
 と、顔をしかめるのは明美助教授。その後ろの香奈は、にこにこ笑ってはいるけれど、ずいぶんと感心しているご様子だ。
「教授。遙がつきましたよ」
「世の中には、ロボットオタクがいっぱいいるのね」
 それを見て、開口一番そんなことを言う彼女だが、自分だって相当ものである。(注*4)
「さすがはセンセイと言うべきか…」
 ふっと笑って、教授は後ろでに手を組んだ。
 厚木基地。巨大な格納庫の中にそれはあった。
 巨大ロボット。
「そろったようだな」
 笑いを含んだ声。振り返る六人。振り向いた先にいたのは、マッドサイエンティストの鑑、道徳寺 兼康だ。
「どうだ平田。オレの作ったこいつは」
 教授の方に歩いてきながら、道徳寺 兼康は言った。
「お前の作ったおもちゃとは、比べモノにならんだろう?」
 む…と、教授の表情が変わる。
 それを見て遙。
「教授にもプライドなんてあったのね」
「遙!」
 小声であるので、遙と一也の会話は誰にも聞こえていない。
「ロボットに関してだけは、人百倍のプライドを持ってるんだよ。教授は」
 一也の言葉に、なるほどと遙は頷いた。そうよね、でなきゃいい歳してこんなものつくんないわよね。(注*5)
「なかなかいい物ではないですか。センセイらしいフォルムですし…」
 世辞を言う教授の眉がぴくぴくと動いているのを見て、明美助教授はため息を吐きだした。ああ…世界は終わるわ。
「いいフォルムだろう。R‐0のように、軟弱ではない」
 む…と、R‐0のハードウェア設計者、シゲが顔をしかめる。なんだとぅ…こんな時代を無視したカクカクのフォルムの、どこがいいんだ。(注*6)
「久しぶりだな、明美君。相変わらず、けちけちとやっとるのかね?」
 む…と、今度は明美助教授が顔をしかめる。けちけちやって悪い?こっちにゃ、予算て言う物があるのよ。
「先生の方は、随分と金回りがいいようですね。公僕にはならないって言うのが、先生ポリシーだったんじゃないんですか?」
「わかってないな明美君。私は自分の研究を政府に渡すのが嫌だったわけであり、金銭的援助を受けるのが嫌だったわけではないのだよ」
「物は言いよ──」
「いや、違うね。大違いだ。いいかい、我々マッドサイエンティスト達が作り出す技術は、その気になれば世界をその手に治めることすら可能という、危険な物だ。それを政府に渡してはならないと言うのがマッドサイエンティスト達の使命であり、研究費をもらってはいけないと言うわけではないのだよ。わかるかね?」
 遙が眉間にしわを寄せて、一也に耳打ちをした。
「ねぇ…やっぱりこの人が教授の先生だって言うの、私信じるわ」
「そうか、遙は初めてあったんだね」
「こういう人なんでしょ」
「そうだよ…」
 一也の方も苦笑い。
「一也君?」
「はっはい!」
 突然自分の方に話を振られて、一也は背筋をしゃんと伸ばした。道徳寺 兼康は彼を指して、
「君の苦労もこれで終わりだよ。これ以上のエネミーの跳梁は、我々が許さない」
「いやぁ、それは嬉しいですね」
 一也の言葉に、一瞬、道徳寺 兼康は止まった。
「こほむ…」
 と、気を取り直すように咳払いする道徳寺。
「僕、なんか悪いこと言ったかな?」
「言ったんじゃない?」
 遙、苦笑い。
「センセイ。このロボット、名は何というのです?」
 気を取り直して、教授は言った。視線の先にあるのは、先ほどから話題に上っている巨大ロボットである。
 厚木基地の格納庫の中で整備されている巨大ロボットは、道徳寺 兼康全面プロデュース、世界中のロボットの頂点に立つ、最高傑作品だ。(注*7)
「このロボットの名は、『ゴッデススリー』」
「ゴッデススリー?」
 六人、あわせたように声を上げ──
 また、趣味的な…と、教授。
 萌えない…と、シゲ。
 ああ…先生らしいわ。と、明美助教授。
 ついていけない…と、一也と遙。
 うーん…よくわからないわ…とは、言うまでもなく香奈。
「このロボットの名はゴッデススリー」
 マッドサイエンティストの鑑、道徳寺 兼康は憂いを込めた瞳で我が子のようなロボットを見つめ、ぽつりと漏らした。
「身長57メートル、体重550トン──」
「なっ!!」
 さ…さすがはセンセイ…
 教授は、額に冷や汗が流れるのを感じていた。(注*8)


「なーんか、凄いんだか凄くないんだか、よくわからないわね」
 と、遙はゴッデススリーを見上げて漏らした。ぽんとゴッデススリーの足を叩き、
「ま。大きさはR‐0より大きいみたいだけどね」
 ひょいと肩をすくめてみせる。
「僕は、どうでもいいと思うんだけどなぁ…」
「何よ。まだ嫌なわけ?これと戦うのが」
 今日、ここに来た本当の理由がそれである。
 R‐0対ゴッデススリー。
 究極の巨大ロボットは、一体どっちなのか!?それを決める世紀の対決の幕が、今まさに上がろうとしていた。
「ま。負けるわけにはいかないからね」
 他人事のように──他人事だ──遙は笑う。
 教授達は、道徳寺 兼康と一緒に仮設観覧席でこの戦いを観戦するらしい。別れ際に、「一也君、ぜったいに!負てはいかんぞ!!」と、教授は今まで彼に見せたことのない、大真面目な顔で言ったのだった。
「一也としては、どっちが上だと思う?」
「R‐0とゴッデススリー?」
「そう、やっぱり、R‐0かな?」
 遙はにこりと笑った。こんな不格好なロボットなんかより、かっこいいR‐0の方が上よね。(注*9)
「やっぱりゴッデススリーの方が強いんじゃない?」
 え?と、遙は目を丸くした。一也がなんということもなしにそう答えたのが、以外だったのである。
「どうしてどうしてぇ?なんでこんなのの方が強いって、そう思うわけ?」
「だって、冷静に考えてみなよ」
「私はいつも冷静よ」
「え?」
「なによ。文句でもあるわけ?」
 わかったよ。一也は苦笑いを浮かべてから、話し始めた。
「だって、冷静になって考えてみなよ。R‐0に装備されている、対エネミー用の武器って、何がある?」
「なにって…ビームサーベルとビームライフル。あと、バルカンかな?」
「でしょ。それ以外には、R‐0の武器はない訳じゃない。だけど、ゴッデススリーはそのビームサーベルとビームライフルを作った人が作った、最高傑作なわけだよ」
「…う…ん」
「R‐0に装備されている物、もしくはそれ以上の武器が装備されてると考えるのが、妥当じゃないのかな?って」
「う…ん」
 遙は曖昧に小さく頷いて、
「一也、結構理論的な事言うのね」
 と、眉間にしわを寄せた。
「それじゃまるで、僕が普段何にも考えてないみたいじゃないか」
「考えてたの!?」
「怒るよ!」
「じゃ、その怒りの力をゴッデススリーにぶつけてみなさいよ」
 遙はゴッデススリーの足を、もう一度ぽんと叩いた。
 曖昧に頷いて、
「うん、ま。善戦はして見るよ」
 頬を掻く一也の言葉に、よく通る男の声が重なった。
「その意気、その意気で頼むよ一也君!相手にとって不足はない!」
 はきはきとしゃべる男の声に、一也は驚いて振り向いた。
 右手をすっと差しだし、にこりと笑って、三人の内真ん中の男が一歩前へと踏み出す。
「初めましてかな?一也君。オレはゴッデススリー、パイロット、大空 衛」
 その覇気とともに、彼の白い歯がきらりと光った。と感じたのは錯覚だったのだろうか。
「は…はぁ…」
 差し出した大空の手にそうっと手を伸ばすと、彼の方から一也の手をがしっと掴み、
「よろしく。オレたちの仲間の紹介をしよう」
 と、にこり。歯は、きらり。
「まず、アースパイロット──」
「オレは大地。ゴッデススリー、ゴッデスアースのパイロットだ。よろしくな」
「は…はぁ」
「こっちは、マリンのパイロット」
「海野だ。君がR‐0のパイロット?君の戦いは、何度もビデオで見せてもらったよ」
「は…はぁ…」
 一也は、生まれて初めて三人もの人間の顔と名前を、一度に覚えられた。
 凄い名前の人達…
「本名なんですか?」
 遙がためらいもなく、そんな質問をする。
「本名さ。今となってはね」
 ふ。と、大空は笑った。その時に彼の歯も、きらりと光った。
「はぁ」
 一也も遙も、それ以上の言葉はない。
「道徳寺って人、ここまで来れば大したモンね」
 一也に耳打ちする遙。一也は苦笑いを返す。
 大空は、右手で握り拳を作って言った。
「ゴッデススリーは、オレたち三人で動かしてるんだ。オレたち三人の、すばらしいチームワークの力を、一也君に見せてやるぜ!」
 と、それとともに大空の歯が──いい加減、止めよう。
「ゴッデススリーは、R‐0とはパワーが違うぜ」
 二号機パイロット、大地はふんと胸を張る。
「パワーどころじゃないさ。格闘術の面においても、R‐0とゴッデススリーとでは、子供と大人ほどの差があるからね」
 海野は目を伏せて、肩をすくめて見せる。
「一也」
「ん?」
 耳元に囁く遙の言葉に、一也は耳を傾けた。
「お約束キャラって、実際は結構むかつくモンなのね」
「それをいっちゃあ…」
「一也君!お互い、いい勝負をしよう!!」
 手を差し出す大空の歯がきらり。
「あっ…はい!」
 一也は戸惑いながらも、彼の手に自分の手を絡めた。そして、
「あのぅ…」
「なんだい?」
「その白い歯は、アパタイトですか?」
 ちょっと気になったことを口走ってみた。(注*10)


「本気でかかってきてもかまわないからね!」
 インカムに聞こえてくるはきはきとした声。ゴッデススリー一号機パイロット、大空 衛の声だ。
「はぁ…」
 R‐0のコックピットの中で、一也は曖昧に頷いた。モニターの向こうには、握り拳を作っているゴッデススリーが映っている。
「遙。聞こえる?」
「なぁに?」
「この回線、イーグルのところ以外には行ってないよね?」
「平気よ。何?戦いを前にして、愛の告白?」
「やっぱいいや」
「なによぅ!気になるでしょ!」
「やっぱりやだよ。戦いたくない」
「なに言ってるの。もうこうして、フィールドに立っちゃったのよ。今更何言ってるの」
「だって、絶対にどっちかが壊れちゃうだろ。R‐0だって、ゴッデススリーだって、国民の税金で作られてるんだよ」
「そうよ。でもね」
 遙はインカムのマイクをきゅっと持って、言った。
「そんなの私の知ったこっちゃないわ」
 村上 遙。お忘れの方もいるかも知れないが、彼女はこれでも総理大臣の娘である。まぁ、自分で税金払っていないというのも、大いに関係するが。
「やらなきゃやられる。一也の好きなシュチュエーションでしょ」
「全然好きじゃないよ…」
「来ないのなら、こっちから行くぞ!!」
 ゴッデススリーは手にした特殊合金の剣を振り回し、ポーズを、しっかりと決めてから、R‐0に向かって駆け出した。
「くそっ!」
 一也が舌打ちをする。R‐0も、手にした特殊合金の剣を構えた。
 この特殊合金の剣は、刃を潰してある。もちろん、お互いの機体を壊さないための配慮だが、
「いけっゴッデススリー!R‐0を叩き潰せっ!!」
「負けるなR‐0!真の力を見せてやれっ!!」
 と、仮設観覧席で叫ぶ道徳寺 兼康と教授は、そんな話どこ吹く風である。
「明美さん」
 血走った目の二人を見て、シゲはぽつりと呟いた。
「明美さんの言った、日本の終わりの日って言うのが、僕にもちらっと見えました」
「でしょ」
 金属と金属が、けたたましい音を立ててぶつかり合う。青い火花が、宙に散った。
「やるな一也君!」
「くっ…」
 ゴッデススリーの振り下ろした剣を受け流すR‐0。しかし、機体の大きさが違う。衝撃が、R‐0の身体を走り抜け、足下のアスファルトを沈ませた。
「言ったはずだぜ!R‐0とゴッデススリーとじゃ、パワーが違うってな!」
 大地の大声が、一也の鼓膜をびりびりと震わせる。
 顔をしかめる一也。大地の大声と、たった一撃で点滅し、補助モニターから鳴り響いた電子音に。──ACTUATOR OVERWORK。
「くそっ…」
「わかってると思うけど、このままだとアクチュエーターが壊れるわよ」
「言わなくても、わかってるよ」
 遙の、少々舌っ足らずな声ではあるけれど、普通の人間の声を聞いて、一也の鼓膜は正常な働きを取り戻した。(注*11)
 R‐0は後ろに飛び退いた。飛び退きざま、足下のアスファルトの破片を蹴り上げる。
「なにッ!」
 ゴッデススリーが、一瞬バランスを崩した。
「機動力はR‐0の方が上!」
 体制を立て直し、反撃に転じるR‐0。ゴッデススリーの胴めがけて、剣を横殴りに振るう。が、
「甘いぞ一也君!」
 R‐0の手を取り、ゴッデススリーはR‐0の足を払った。
「な!?」
「バカ一也!!」
 くるりと宙を一回転し、R‐0は背中から地面に叩きつけられた。
「言ったろう。R‐0とゴッデススリーとでは、格闘術においても、大人と子供ほどの差があると」
 笑いを含んだ声。それは海野のものだ。
「バカ一也…」
 呟いて、遙は爪を噛んだ。
「いててて…」
「バカばか馬鹿!」
「なんだよ遙ッ!」
「バーカ!出足払いなんか、食らってんじゃないわよ(注*12)」
「僕はまともに格闘技なんてやったことないんだから、しょうがないだろ!」
「来るわよ!!」
 ゴッデススリーが、倒れたR‐0に剣を振り下ろす。R‐0はうつぶせに転がってその一撃をかわすと、地面に手をついて勢いよく立ち上がった。
「機動力では、こっちが上だと思ってたのに…」
 一也は剣を構え直した。
 モニターの向こうのゴッデススリーも、ゆっくりと、思い切りひいて(注*13)、剣を構え直す。
「R‐0は、ゴッデススリーにかなわないのか…」
 教授は悔しそうに顔をゆがめた。
 道徳寺 兼康は、勝ち誇ったような微笑みを浮かべていた。









       2

 警報が鳴り響く。
 R‐0対ゴッデススリーの、世紀の対決を見守っていた人々の間に緊張が走った。
「何事だ!」
 旗色の悪い教授は、ここぞとばかりに逃避行動をとる。(注*14)
「確認を取ります」
 明美助教授は携帯電話を取り出すと、Nec本部の短縮ダイヤルを押した。
「エネミーでしょうか…」
 呟くシゲ。
「そう考えるのが妥当かもしれん」
「ふん。もう少しで決着が付くところを…」
 道徳寺は、あからさまに気分を害したように鼻を鳴らした。
「救われたな。平田」
「センセイ…あなたという人は…」
 教授がぎりぎりと歯ぎしりをする。一見、エネミーが襲来したというのにR‐0とゴッデススリーとの戦いに執着する道徳寺に対する、怒りの言葉ととれなくもないが、本当のところは、「私のR‐0が、センセイの作ったロボットなんかに負けるとでも思ってるんですか!」と、そう言いたかったのである。
 だがしかし、そう言う前に、
『緊急発進!緊急発進!只今、伊豆半島南端、下田港付近にエネミー降下!繰り返す、伊豆半島南端、下田港付近にエネミー降下』
 教授の声をその放送が遮ったのであった。
「明美君!至急総理に連絡、出動要請を取れ!!」
「わかってます!」
「シゲ、インカムを!一也君と遙君に待機命令を出すんだ」
「了解!」
「あのー…私は、何を?」
「香奈君も待機!」
 要するに、彼女には仕事がないのである。
「平田、お前らしくなくなったな」
 そう言って、道徳寺 兼康はため息を吐きだした。
「センセイ、何を言っているんです?」
 振り向く教授。道徳寺は、その教授の鼻先に指を突きつけた。
「昔のお前は、もっと周りのことを考えなかった。いい言い方をすれば…そう、もっと一途だった。だが、今のお前は何だ?ずいぶんと、縛られた生き方をしているな」
「センセイ…」
「オレなら、そんなに回りくどいことはしない」
 道徳寺 兼康は笑うと、手にしていたステッキの先を、ばきりと外した。
「なっ!!」
 誰もが目を丸くした。
 なんと、それは超小型マイクになっていたのである。
「聞こえるか!大空、大地、海野!お前たちの敵が現れた。行けッ!!」
 そのマイクに向かって、マッドサイエンティストの鑑、道徳寺 兼康は大声で叫んだ。


「悪いな、一也君。この勝負、君に預けるよ」
 大空はそう言って、歯をきらりと光らせて笑った。
「オレたちの初の実戦。そこでゆっくりと観戦してな!」
 と、大地は豪快に笑う。
「ま。勝負はあっていたけどね」
 さらりと言ってのけるのは海野。
「まっ…」
 何かを言おうとした一也の目の前で、ゴッデススリーは三体の飛行機に分離した。
「分離!?」
「んなっ…卑怯な!」
 一也と遙の目の前で、ゴッデススリーは爆音とともに紺碧の青空へと消えていった。


「分離合体…」
 教授は目を見開いたままで、ぽつりと漏らした。そんな…そんな馬鹿な…
「教授、大丈夫でしょうか…」
「駄目よ」
 シゲの言葉に、間髪入れずに明美助教授が応える。
「自分がやりたくて出来なかったことを、ああも簡単にやられちゃぁね」
 携帯に耳を当てたままで、明美助教授は教授をちらりと見やった。その視界の中で、教授がへなへなとくずおれていく。
「再起不能かしら…」
「きょ…教授?」
「そんな…馬鹿な…ゴッデススリー…馬鹿な…」
「平田、お前はもうマッドサイエンティストとは呼べん。ただの出来のいい科学者だ」
 くずおれた教授を見下ろして、道徳寺 兼康は笑った。
「そんなお前の作ったおもちゃが、私のゴッデススリーにかなうはずがあるまい!」
 ぐわっはっはっはっはっ!と、道徳寺 兼康は豪快に笑った。
「R‐0は負けませんよ!」
 その道徳寺の笑いを遮ったのは誰であろう──
「R‐0には、私の弟が乗ってるんですから!負けるもんですか!!」
 一也の姉、香奈である。香奈はシゲに振り向くと、勢いよく言った。
「教授が倒れた今、緊急の指揮は私が執ります!シゲさん、インカムを!」
「はっ…はいはい!」
 香奈のはきはきとした声に、シゲは教授に渡そうとしていたインカムを彼女に手渡す。
「でも香奈ちゃん、別に教授は倒れた訳じゃ…」
 香奈はシゲの言葉が聞こえているのかいないのか、手渡されたインカムをつけて、
「イーグルとR‐0のドッキングを開始して下さい。責任は私がとります」
 ものすごーく真面目な顔で言った。
「シゲ君、香奈ちゃんはいい意味で一途な子なの」
「要するに、視野狭窄って事ですね(注*15)」
 明美助教授とシゲは、小さくため息を吐きだした。
「ふん。平田め。燃え尽きおったわ」
 道徳寺の声に教授の方を見ると、
「しろぃ〜マットの〜ジャーングルにぃ〜」
 と、教授がぼそぼそ歌っている。そこに追い打ちをかけるように、
「教授、それは『タイガーマスク』です。燃え尽きるのは『明日のジョー』。『サンドバック』で始まる奴ですよ(注*16)」
 シゲがトドメを刺した。教授は無言で、白くなったまま動かなかった。
「もう、再起不能だわ」
 明美助教授は天を仰いで大きくため息を吐きだした。


 下田港に降下したエネミー。獅子のようにしなやかな巨体をしたそのエネミーは、犬走島に前足をかけて、紺碧の空を見回した。
 どこからか聞こえる爆音に、牙を剥きだしてうなり声をあげる。
「いたぞ!エネミーだ!!」
 大空はモニターでエネミーを確認すると、
「大地、海野!準備はいいかッ!!」
 熱血パワー全開で声を荒げた。
「おうよッ!」
「オレたちの力を、奴に見せてやろうぜ!」
 大地、海野も声を荒げる。
 分離した三体の飛行機が、爆音を響かせてエネミーに三方向から接近する。エネミーはそれをこうるさい蠅のように払おうとしたが、三機はその前足をかわし、上空へと、垂直に白い飛行機雲を作り出しながら上昇していった。
 無論、わざわざ自分達でその飛行機雲を作り出しているのだと言うことは、言うまでもない。(注*17)
「行くぜッ!」
「おうッ!!」
 アニメ的に言うなら、画面に三人の顔が三分割で現れるといったところか。
 垂直に上昇する三機が、お互いに絡み合う。白い軌跡が、美しい螺旋を描く。
「おおっ!見ろ!!」
「何だあれは!?」
「かっこいい!!」
 下田の人々が、空を見上げて喚起の声を上げた。
「大地、海野!お前たちにも人々の熱き力が、伝わるかッ!」
「ああッ!感じるぜ!!」
「見せてやろうぜ!オレたちの力を!!」
 三人は合わせたように大きく頷くと、コックピット右脇にある『G』と書かれたレバーに手をかけた。
 そして、
「いくぞッ!」
「オウッ」
「おうッ!」
 三人は同時に、叫びながらそのレバーを引いた。
「ジャスト・フュージョン!!」


「おおっ!」
 人々は熱狂した。
 紺碧の青空で、三つの巨大な飛行機が変形してゆく様に。
「ゴッデスマリン!フュージョン!!」
 一機が下半身に。
「ゴッデスアース!フュージョンッ!!」
 一機が腕と胴の一部に。
「ゴッデススカイッ!フュージョンッ!!」
 そして一機が頭と残りの胴を。
 各機がレーザー光に引き寄せられるように、大空で一直線に並ぶ。
「何だこの音楽は!?」
「空から聞こえて来るぞ!」
 空から、ストリングスを混ぜたピアノの旋律が聞こえはじめた。(注*18)ゆったりとして、何かを予感させるようなその旋律。
「おおっ!見ろ!!」
「なにぃッ!合体だ!!合体するぞ!!」
 ドラムがスネアを16分で叩く。
 徐々に近づいていく三機。
 そして、クラッシュシンバルの音が響くと、その音に合わせるかのように、まずはゴッデスマリンの変形した足と、ゴッデスアースの変形した胴とが合体する。
「ああっ!なぜか空中放電までしている!」
「芸が細かすぎるぞ!」
 そして、ゆっくりと近づく、ゴッデススカイ。再びのフィルイン。そしてそれに続くクラッシュシンバルの音。
 ゴッデススカイの合体である。
 そして、三機の飛行機は、一体の巨大ロボットに合体した。
「おおっ!」
 叫ぶ人々。皆、手をぎゅっと握りしめていた。
 巨大ロボットはくるりと宙で身をひるがえし──ついでだ──その瞬間に現れた顔、その目をぎらりと光らせる。
 そして、
「三神合体、『ゴッデススリー』!!」
 三人そろって絶叫。もちろん、しっかりポーズも決めている。
「おおッ!巨大ロボットだ!!」
「しかも登場シーンにやけにこってるぞッ!」
「しかし、何も外部スピーカーを使って宣言しなくてもいいようなものだが!」
 ずしんと、ゴッデススリーは下田港に着水した。合体すると飛べないのである。(注*19)
 だがそんな裏事情などどうでもよく、ゴッデススリーはエネミーを右手で指さし、
「オレたちが現れたからには、もうお前の好きにはさせないぞ!」
 と、そのさした指を今度はぐっと握りしめる。
「おおっ!戦隊モノのロボットの基礎を忠実に守っている!!」
「ポーズをつけながら喋らないと、あとで声が上手く乗せられないというやつだな!」
「行くぞ!」
 ゴッデススリーは腰に装着したガンホルダーから、ゴッデススリー専用武器、『ビームガン』取り出すと、それを両手で構え、
「食らえッ!!」
 あまり辺りのことを考えずに発射した。
 白いビーム光が海を割る。海水を蒸発させ、ついでに犬走島を破壊し、本来の目標であるエネミーにはかすりもしない。
「くそっ!」
 エネミーは海を回り込んで、ゴッデススリーの左側から、俊敏な動きで襲いかかった。
「やられるか!」
 ゴッデススリーの左腕にかみつこうとするエネミーを、絶妙の体捌きでかわし、
「ゴッデス・パンチ!」
 要するにその腹を殴りつけた訳である。
 エネミーの巨体が宙を飛ぶ。そして、陸地──下田浄化センター──に落下した。
「やったぞ!」
「オレたちの力を見たか!」
「エネミー、おそるるに足らず!」
 だが、『お約束』と呼ばれる展開は、こんな事では終わらないのである。
「なにィ!!」
 大空が、モニターを見て絶叫した。
 舞い上がった砂埃の中で、ぎらりと赤い目が光る。
「あの程度では、駄目と言うことか…」
「その方がやりがいがあるってもんだぜ!」
「来るぞ!」
 身構えるゴッデススリーに、エネミーが咆哮をあげて襲いかかる。素早い動きに翻弄され、ゴッデススリーの放つビームは、エネミーの駆け抜けた後の海面を蒸発させていくだけだった。
「当たらないッ!?」
 エネミーのしなやかな巨体が、バネのように小さくなる。貯め込まれた力が、一気にゴッデススリーの喉笛に向かって解放される。
「くそうッ!!」
 エネミーに押し倒されるゴッデススリー。各コックピットで、浸水警報が鳴り響いた。
「くっ、海野!何とかして離れる方法はないのかッ!」
「むっ…無理だ!」
「大地!パワーでなんとかならないのか!!」
「くそう!何てパワーだ!ゴッデススリーの力が及ばねえぜ!!」
「しまった!浸水が第二ブロックまで…うおっ!!」
 エネミーが、ゴッデススリーの喉笛に噛みついたままで顔を上げた。がくんと揺れる鉄の巨体。
「くそっ!浸水のせいで右手があがらない!!」
「これじゃ武器が使えんぞ!」
「どうするんだ大空ッ!」
「く…くそう…」
 エネミーはゆっくりと首をもたげると、力を貯め込んで、ゴッデススリーの巨体を寝姿山に向けて投げ飛ばした。
「うああぁあぁぁあああ!!」
 三人の絶叫が響く。


 ゴッデススリーの鉄の巨体が、激しく揺れた。
 しかしそれは、寝姿山にぶつかったためでは、無論、ない。
 寝姿山の木々が、全開で噴射されるジェットに激しく揺れる。
 展望台の窓ガラスが、その強風に粉々に砕け散る。
「タイミングよすぎて、ちょっと恥ずかしい登場の仕方ね」
 爆音の響く青空。その青空を見上げると、イーグルの白い巨体があった。
 けたたましい音で鳴るモーター音。
 下降用ジェット全開で、ゴッデススリーをゆっくりと立ち上がらせる腕。
 アスファルトの大地が、二体の巨体の体重にべこりと沈んだ。
 ゴッデススリーを支えた腕──
「一也君…」
 ゴッデススリーのモニターには、真っ直ぐにエネミーを見るR‐0の横顔が映っていた。(注*20)
「大丈夫ですか皆さん?」
 インカムに向かって一也が言う。
「ああ…何とか大丈夫だ…」
 大空の声は、少しかすれて、力を無くしていた。
「すまない一也君。我々では、エネミーは倒せなかったようだ…」
「大空さん…」
「力では、エネミーには勝てないみたいでな…」
 自嘲する大地。
「一回の実戦は、一日の試合にも勝る──エネミーを倒す事にかけては、我々はまだ君に及ばないのかも知れないな…」
 海野も、ふっと笑った。
「皆さん…」
 一也は力無く言う三人に、力無く呟いた。そんな…さっきまで、あんなに元気だったじゃないですか!
「一也君…ゴッデススリーは、もう駄目だ。後は…君に任せる…」
 その台詞とともに、ゴッデススリーの膝が折れた。ずしんと、振動が地を揺らす。
「大空さん!大丈夫ですか!一緒に、一緒に戦いましょうよ!!一緒に戦えば、どんな敵だって倒せるじゃないですか!!」
「一緒に、戦えなくなっちまったんだ」
「大地さんまで!」
「主役は、一人いればいいだろう?」
「海野さん!」
「一也君…」
 大空の弱い声に、ノイズが乗り始めた。ガリガリと鼓膜を引っ掻くような嫌な音が、インカムのスピーカーを振るわせる。
「大空さん!どうしちゃったんですか!?大空さん!?」
「一也君…」
 大空の声はノイズに紛れていたが、しっかりと聞き取ることが出来た。
「地球の未来は君に預ける」
「大空さんッ!!」
 そして、通信は途絶えた。


 イーグルに乗っていた遙は、すべての会話を聞いていた。それ故、彼女は「はっ」とばかりに顔をしかめていた。
 こいつら…もしかしてバカ?
 もしかしなくてもバカ──である。(注*21)


 何にせよ、一也がやる気を出しているのはいいことなので、
「一也。ゴッデススリーが倒せなかったエネミーを倒せば、R‐0の存在意義を、すべての人間が認めることになるわ」
 遙は一也にハッパをかけた。
「やらなきゃならないんだろ」
「わかってればいいのよ。それにこういうシュチュエーション、一也大好きでしょ♪」
 笑っていう遙に、声を震わせて返す一也。
「ぜんっぜん」
「来るわよ」
 エネミーがR‐0を視界に捕らえて、その巨体に力を貯めるべく、少しずつ体勢を低くしていく。一也はそれをモニターで確認して、ごくりと唾を飲んだ。
 R‐0がゴッデススリーに勝っている点は、機体反応速度以外にはない。だとすれば、まずは奴に掴まらないことだ。
 マニュピレーションレバーを握り直す一也。
 咆哮をあげ、エネミーが力を解放してR‐0に肉薄する。海が、激しく波打つ。
「くっ──」
 R‐0は飛びかかってきたエネミーを、後ろに下がりながら左手で弾き、
「──らえっ!」
 その腹に向けてビームライフルを発射した。
 白いビーム光が、空に向かって駆け上がる。倒れ込んだR‐0とエネミーが、巨大な水柱を下田港に立ち上がらせた。
「外した!?」
 先に立ち上がったのはR‐0。だが、R‐0が身構えるのよりも早く、エネミーは海中からR‐0の喉笛に向かって襲いかかった。がくんと揺れるコックピット。
 一也は強く歯をかみしめて、右手を──ビームライフルを──エネミーに突きつけた。
 FCS Lock。補助モニターが光る。エネミーが大きく首を振るう。投げ飛ばされるR‐0。
「当たれぇッ!!」
 叫ぶ一也。R‐0は投げ飛ばされた不安定な姿勢のまま、トリガーを引き絞った。
 閃光が海を割り、エネミーの体側面を駆け抜ける。
「はずれた!?そんなはず──!!」
 叫ぶ遙。(注*22)
「やっぱりダメか!」
 一瞬遅かった。FCSの表示には、ERRORと赤く文字が点滅していた。
 天に向かって咆哮をあげるエネミー。
 一也は、強く歯をかみしめた。


「力を合わせるんだ一也君!」
 インカムに届いた声。
「大空さん!」
 ゴッデススリーからの、大空の声。多少ノイズは乗っているが、その声は力強く、しっかりとしていた。
「『復刻版』では、R‐0一人じゃこいつは倒せないようだ!」
 と、大空。裏事情を言う。
「地獄の縁から、舞い戻ってきたぜッ!!」
 と、大地。気合い十分な大声である。
「とりあえず今は、目の前の敵を倒すことだ!」
 と、海野。ふっと笑う。
 鋼鉄の勇者ゴッデススリーは、アクチュエーター音を響かせながら、再び立ち上がった。
「一也君、ゴッデススリーは浸水のせいで右腕があがらない。しかし、ゴッデススリーとR‐0、力を合わせて使う『あの技』なら、腕は動かなくても大丈夫だ!!」
「『あの技』?」
 大空の言葉に、一也は目を丸くした。
 何だ…あの技って…
 今日始めた会った三人とゴッデススリーだ。『あの技』なんて言われても、どんな技だか、まったく見当がつかない。
「あの技って──」
 思わずつぶやいた一也に、
「力を合わせてツープラトン攻撃といったら、『あの技』しかないだろう!!」
 そう言って、大空はその歯をきらりと輝かせた。
 その瞬間、一也の頭の中で何かがはじけた。わかってしまったのである。『あの技』と言う物が。
 そう──あの伝説のツープラトン攻撃というものを、やろうというのだ。
「行くぞ一也君!」
 一也の答えを待たずに、駆け出すゴッデススリー。
 それに向かってエネミーが吼える。
「遙、エネミーの位置を正確に出してくれっ」
 叫びながら、ビームライフルをエネミーに向けて連射するR‐0。
 威嚇の攻撃に、エネミーの動きが止まる。
「何するつもり!?」
 叫ぶ遙。
「こうなったら、やるしかないでしょ!!」
 叫びながら、R‐0も駆け出した。
 そして二体の巨大ロボットは、同時に紺碧の空へ向かって、ジャンプした。
 海水が、蒼い空のキャンバスに、輝き、散る。
 エネミー、ゴッデススリーとR‐0、そして太陽とが、その瞬間に一直線上に並んだ。
 彼らは叫ぶ。
「ゴッデス・R‐0・ダブルキーック!!」
 二体の巨人の、巨大で凶悪な蹴りが、エネミーに炸裂した。
 下田港に、凄まじい大きさの水柱が、立ち上った。


 遙はただ、目を丸くして言葉を失っていた。
「な…え?」
 イーグルが、上空を旋回する音だけが、下田港に響いていた。
 R‐0とゴッデススリーは基本的に全天候型だが、さすがに海に向かってキックで飛び込むことまでは考えていなかったらしい。
 二体の巨人は、沈んだまま浮かんでこなかったのである。
 無論、それはエネミーもだけれど。


「──まぁ、R‐0も第二装甲版まで浸水しちゃいましたから、オーバーホールはしなきゃいけないと思いますけど」
 赤電話で、笑いながら遙が言う。
 電話の相手、香奈は少し怒ったような口調で聞き返した。
「そんなことはどうでもいいの!」
「あ!そうそう、教授どうなりました?いやぁ、あのツープラトン攻撃には、喜んでたでしょう?」
「確かにあれのおかげで、今は上機嫌よ。でもね──」
 何か言おうとする香奈を遮って遙。
「道徳寺先生の方はどうなりました?」
「うん。喜んでたけどね。でも、『でも結局エネミーを倒したのはゴッデススリーの力だ』って言ってた…って。そんなことはどうでもいいの!」
 香奈の大声に、遙は縮こまった。
「大丈夫ですから!絶対、絶対明日には帰ります」
 と、おそるおそる言う。電話の向こうの香奈は、軽くため息を吐き出して聞いた。
「遙ちゃん、あなた達今どこにいるの?」
「えーと…」
 遙は言おうかどうしようか、少し迷ってから、でもどうせ言わなきゃならないんだからと思い、申し訳なさそうに言った。
「あの…今、堂ヶ島にある──とある宿に…」
「堂ヶ島!?」
 電話の向こうで、香奈がすっとんきょうな声を上げた。
「あの…あのですね。香奈さん…」
「代わった。私だ」
 と、教授のむすっとした声。
 代わったと言うより、香奈さんから奪い取ったっていう方が近いような気がするけど…
「あ!教授。よかったですね。あのツープラトン攻撃は──」
「その話は今はいい。それより何だと?堂ヶ島だと?」
 あちゃぁ…香奈さんならまだ何とか言いくるめられるだろうけど、教授じゃあなぁ。
「いえ。あのですね…教授」
「ずるい!遙ちゃんなんかだけ、温泉を楽しんでくるつもりなんでしょ!」
 こっ…今度は明美さんですか…
「いえ…あの、大空さんがですね…」
「R‐0をほっぽらかして行くなんて、見損なったぞ遙ちゃん!」
 ああ…今度はシゲさんなのね…
「いえ。あれはですから、現場検証とか、いろいろあってですね」
「遙ちゃん!?そこに一也とかは居るの?」
「あ、香奈さん。いえ、居ません」
 んもぅ。コロコロと変わるんだから…
「明日は学校もあるんだぞ!どうするつもりなんだ?」
「教授に言われなくてもわかってます。午後からでもでますよ」
 今日だって休んでるんだし…
「ずるいわ遙ちゃんなんかだけ!私だって温泉行きたい!!」
「あのですね、明美さん。これは私から進んでではなく、大空さん達に強引に連れてこられてですね」
 ま。そんなに抵抗はしなかったけど…
「R‐0をほっぽってくな!」
「シゲさーん…ですから、R‐0は浸水のこととかもあって、動かせなかったんですよ」
 嘘はついてないわよね…
「遙ちゃん!?一也はどこに行ってるの?」
「いいか遙君。私は君を預かっている身でね──」
「ずるい!しかも、そのお金は誰が払ってるの!」
「せめて一人くらいは残っててもよかっただろ!」
 遙は受話器を耳から離して、しばらく四人の声を聞いていたが、
「ああっ!もぅ!!」
 聞いても自分が疲れるだけだ悟って、がしゃんと電話を切った。
「みんな好き勝って言って!」
 と、頬を膨らませる。
 でも、ちょっと悪い事したかなぁ…
 何て考えてはみるものの、
「ま。いっか♪」
 浴衣に身を包んでいる遙は、はねるような足取りで廊下を歩いていった。
「もうひとっぷろあびてこよーっと♪(注*23)」


「風呂はいいな」
 大空はそう言って唸ると、思いきり足を延ばした。
「特に露天は最高だ」
「はぁ…」
 そっけなく答えた一也だが、彼も十分にこの露天風呂を楽しんでいた。
 沢田公園露天風呂。テレビなどでもよく取り上げられるこの温泉は、沢田公園の断崖にある、小さな露天風呂だった。
「月明かりの下、黒く輝く海を眺めて、風呂に入る。どうだ?来てよかったろう?」
 と、大空は笑った。
 この露天風呂は通常午後七時には閉められてしまう。だが、大空は強引に頼み込み、一也と二人で、月明かりの下の露天風呂を楽しんでいた。
「いい湯だ。なぁ」
「そうですね」
 とりとめのない話の合間に、波が岩に当たって砕ける音が滑り込む。月明かりが、海と露天風呂の二つの水面の上で、終わりのない光の舞を踊り続ける。
「一也君、彼女はいるのかい?」
 目を閉じたままで──頭の上に折り畳んだタオルを乗せたままで──大空がぽつりと呟いた。
「いえ…いや…その…」
 一也は水面に踊る月明かりを見ながら、口ごもるようにして返した。
 その一也に軽く笑い、大空は大きく息を吐き出しながら聞く。
「そうか。じゃあ、好きな子とかはいるのかい?」
「──どうしてそんな事聞くんですか?」
「男同士の内緒話といったとこだな。修学旅行の夜と同じだ」
 なるほど。と、思わず納得する。
「で。どうなんだい?」
「何とも言えません。──いないって事にしておきます」
「そっか」
 大空は一也の曖昧な答えにも納得したようで、深くつっこみもせず、頭の上のタオルを手にとって、それで顔を拭きながら続けた。
「君にまだ彼女がいないのなら、立候補したがっている子がいるんだ。駄目かな?」
「駄目って…そんなことより、僕なんかのどこがいいんですか?」
「君になら、護ってもらえるからな」
 大空はそう言って笑った。
「オレたちも善戦したんだがな。たが、結局はフラれてしまうだろう。もう、彼女のために使える金もない。彼女は言うだろうよ。『あんた達なんかじゃ、護ってもらえないわ』って」
「大空さん、それって…」
 顔を上げた一也は、自分のことを真っ直ぐに見る大空の視線に、言葉を飲んだ。
「護ってやってくれないかな。地球(彼女)を」
 大空は、しっかりと一也の目を見て、言った。
「あ──えと…」
 一也は大空から視線を逸らして、眼下の海を見下ろした。
 月明かりが、静かに揺れ動く波頭を、白く輝かせている。
「…はい」
 一也は照れくさそうに笑って、呟いた。


                                   つづく








   次回予告

 (CV 吉田 香奈)
 地球を護る。
 そのことを具体的に考え出す一也。
 何が出来なきゃならないだろう…
 僕に、今必要なものは何だろう…
 考えた末に、一也は友人、吉原 真一に一つの頼み事をする。
 僕に格闘技を教えてくれ──と。
 男の決意。
 それは努力、
 根性、
 勇気と闘志。
 次回、『新世機動戦記R‐0』
 『男の子は、強くなきゃ。』
 お見逃しなく!


[End of File]