studio Odyssey


劇場版 第二十六話2


       5

 朝。
 潮の香りを乗せた海風が、東京国際空港、その片隅にあるNec本部前を駆け抜けていく。澄んだ秋の空。心地よい、一日の始まり。
 ここ、Nec本部にも、一応玄関という物がある。
 だけれど、結局それを使う物は誰もいなかったりするのであった。
 何しろ、玄関は不便なところにあるのである。ここから入るとちょうどハンガーの入り口とは逆側になってしまい、作戦本部室──つまりたまり場──には、むしろ遠回りになってしまうのであった。
 だから、Necの関係者は整備員も含めて、全員ハンガー側の入り口を常用する。どうせ道路は横から延びていて、たいして距離に差はないし、こっちの方が駐車場にも近いので、いろいろと都合が良かったりするのである。実は、パーツ関係の荷物もすべてこちらに届く。
 ──だからなのだけれど、その日の出来事は、本部の人間の誰もが訝しく思うのに十分な出来事であったのだった。
「ふぁあぁぁ…」
 と、頭を掻きながら大あくびをかますのは、R‐0のハードウェア設計者、中野 茂──通称シゲ。
「…はいはい。聞こえてますって」
 ぼそりと呟きながら、作戦本部室のソファ兼ベッドから起きあがり、机の上で鳴る電話に手を伸ばす。こんな朝っぱらから誰なんだよと思いながら、シゲは壁の時計に視線を走らせた。
「まだ八時半だよ…」
 一応大学院生であるはずのシゲとしては、「もう」でなければならないはずである。まぁ、研究室の主任であるはずの平田教授などは、まだぐっすりと──ソファで──眠っている訳なのだけれど。
「はい?もしもし…」
 と、電話に出てみて初めて気が付いた。
 インターホンだったのである。玄関に付いている、おそらく今回が初めて使われたのであろう、それだったのだ。
「もしもし?ここを開けて下さい」
 低く、冷徹な感のある男の声。当たり前のことだけれど、シゲも男な訳であり、気持ちよく寝ていたところを起こした奴がそんな男であるとしたら、多少は機嫌が悪くなっても仕方あるまい。(注*10)
「何故です?」
 シゲが聞き返すと、受話器の向こうの男は、さらに機嫌を悪くしたように声を低くして返した。
 シゲが一瞬、どういうことかもわからずに目を丸くして、
「は?」
 と、聞き返してしまったような、その台詞を。
「我々は検察庁の者です。贈収賄、及びその他の容疑により、ここを強制捜索します」
「──は?」
「礼状もあります。(注*12)開けないのならば、こちらも強行手段に出ます」
 男が、「おい」と後ろを振り向いて言ったらしい。他の何人かの男達の返事が、シゲの握る受話器に届き、
「ちょっ…待って下さいよ。今開け──」
 なんて言うシゲの言葉は、割られるガラスの音にかき消された。
「な…」
 受話器から、いくつもの靴音が響いてくる。
「な…なんだってんだ?」
 作戦本部室には、まだ教授のいびき以外の物はなかったけれど、確実に、嵐はここに近づきつつあった。









       6

 深紅の絨毯に、黒いハイヒールの踵が沈む。かと思うと、すぐさまにその足は次の一歩を前へと踏み出した。
 歩みの主は焦っていた。こうなることは予想していたが──である。
 眼前に迫る、首相執務室の大きなドア。秘書の彼女はその前で一度立ち止まり、呼吸を整えると、そのドアを軽快にノックし、
「失礼します」
 中から返事が返ってくるのよりも早く、彼女はいつも「これってチョコレートみたいよね」と思うドアを、今回ばかりはそんなことも考えずに押し開けた。
「総理」
 と、声をかける。
「ああ…」
 気のない返事を返し、首相、村上 俊平は書類から目を上げた。
「もう見た」
 と、秘書の彼女に笑いかけ、その手にあった書類を掲げて見せてから、机の上へと放り投げる。
「ついに来たか」
「…はい」
 秘書の彼女は姿勢を正し、手にしていたバインダーほどの大きさの手帳を開いた。ページをくくりながら、
「各方面への通達は、万全とは行きませんでした。予想以上に早かったものですから」
 ちらりと村上総理へ視線を走らせる。村上総理の方は机に肘を付き、親指の爪を噛みながら彼女の言葉を聞いている。
「内閣、不信任案か──」
 つぶやき、椅子に深く座り直す。
「各大臣の動きは?」
「三分の二の方は、総理のご意向に」
「解散か、総辞職か──か」
 口を曲げ、考えるような素振りを見せる村上総理。もちろん、大した考えなどその頭の中にはなかったのだけれど。
「それと、もう一つ報告があります」
 秘書の彼女は、声のトーンを落として言った。手帳の中に入れておいたファックスの内容を今一度確認して、続ける。
「今朝、Nec本部に強制捜索が入りました」
「やはり、動いてきたか」
 ぽつりと、村上総理の皮肉を口にする。
「例の一連の報道に関する、検察側の答え──と」
 秘書の彼女は眉を寄せ、
「私が口を出すことではないかも知れませんが…」
 そう前置きしてから、言った。
「今度ばかりは、危険なのでは?今日は、一連の報道に関する参照人質疑もありますし」
「どうだろうな?」
 なんて言って、村上総理は口の橋を突き上げて笑って見せた。余裕といった表情だ。
「何か…手でも?」
「いや。ないよ」
「…余裕そうに構えていますけれど?」
「なに。問題はないよ」
 と、村上総理は机の上に肘を付いて、言った。
「日本国憲法第69条、衆議院の内閣不信任と解散又は総辞職の項目。わかるかね?」
「え?」
 驚いたように目を丸くして、言葉を詰まらせる美人秘書。その表情を楽しげに眺めながら、
「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決したとき、又は信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。だったかな?」
 と、呟くようにして言いながら、立ちあがる。
「つまり、最長であと10日は何とかなるというわけだ」
 余裕そうに笑いながら、美人秘書の脇を擦り抜ける──ついでに、その肩をぽんと叩き、
「きゃあっ!」
 さらにそのついでに、その肩に掛けた手をするりと滑らせ、まあるいお尻をちょっと撫でていった。
「総理っ!」
「これくらいの役得がないと、この国の総理大臣なんてやってられないよ」
 ひょいと肩をすくめるけれど、
「奥さまに言います」
「あ…それは…」
 物腰を低くして、総理は媚びるように手をすりあわせた。(注*13)


「冗談じゃないわよ!それは私が買ったんだってば!!」
 と、腕を振り上げて文句を言っているのは村上 遙。
 何に文句を言っているのかというと、強制捜索をする検察の役人の──彼女に言わせるなら横暴──についてである。
 いつも通りに報道陣をかき分けて、なんとか教室にまでたどり着いて、「今日もエスケープしよっか?」なんて睦美とおしゃべりを楽しんでいた時の、突然の電話。はじめはその電話の主──シゲが何を言っているのかよくわからなかったのだけれど、彼の話を聞いている内に、彼女にもだんだんと内容が理解できてきた。
「だから検察の人が来て、何から何まで持って行っちゃおうとしてるんだってば!立ち会わないと、何もなくなっちゃうよ!」
 嘘でしょ──と、遙は顔の血の気が引くのがわかった。本部には、彼女もいろいろな物を置いているのである。
 遙は、一応担任の先生が朝のホームルームを始めるべく部屋に入ってきたので、出席だけはとってから、一也のクラスへ行き、奴を連れて、Nec本部へと急いだ。(注*14)
 そして今、眼前でその光景が繰り広げられているわけである。
「ちょっと!」
 叫んで、目を丸くする遙。
「開けないでってば!」
 怒鳴って腕を振り上げても、無駄なあがきである。検察の方々は職務に燃え、ここが女子仮眠室であることなど、全く頭にない様子。
 がちゃ──という、鍵の開いたような音に遙は目を丸くして振り向いた。
「あ…」
 開いていたのである。鍵のかかっていたはずの、彼女のクローゼットと、その引き出しが。
「ああっ!ちょっとダメだってば!!その中には──」
「押収品目録交付書にサインをお願いします」
 と、クローゼットの方へ行こうとする遙に、書類とペンを押しつける若い男。
「嫌だってば!なんで私の私物まで持って行っちゃうの!?大体、鍵のかかっている女の子の引き出しを開けるなんてプライバシーの侵害──」
 文句を言う遙をじっと見つめて、
「それだと、公務執行妨害になりますけど」
 検察の男がそういって口の端を突き上げたので、彼女はじりりと後ずさり、渋々、突き出された書類にサインをした。うぅ…何で私がこんな目に…
「引き出しの中を、まじまじと見ないでっ!」
 サインしながら、遙はちょっと顔を赤くして、その中に手を伸ばす若い男を怒鳴りつけた。
 しかし何にせよ、一番大変なのはやはり西田 明美助教授で──
「このフロッピーディスクは何ですか?」
「あ。これ探していた奴。助かったわ」
「中身は?」
「えーと…」
 明美助教授は答えにくそうに乾いた笑いをその顔に浮かべ、
「…ハッキングマクロ」
 と、ぼそりと小さく呟く。
「押収します」
「あっ!ちょっと!…もう」
 しかしそれも当たり前である。(注*15)
「こちらの外付けハードディスクドライブは──」
 別の男が聞く。
「えーと…たしかR‐0の部品関係のものだったと思うけど」
「では、こちらも押収します。おい!」
「あっ!もっと大事に扱ってよ!飛んじゃうでしょ!…ったく」
 作戦本部室。
 あわただしく動き回る検察の人間を軽く睨みつけながら、明美助教授はため息を吐き出した。これじゃ、このあと全然仕事にならないじゃない。
 教授とシゲに視線を走らせると、彼らも検察の男達に捕まって、次々と質問責めにあっていた。もっとも、彼らが押収されるような物は特になく、シゲなんて「あっ!そのキットは大事に扱って下さいよ!」なんて言っては、検察官に睨まれているのであるが。
「しかしなんだな…」
 と、他人事のように呟いて、ソファに腰を下ろす教授。明美助教授もため息混じりにその向かいに腰を下ろす。投げかけられた検察の男の質問を、軽くあしらいながら。
「何がですか?」
 教授に聞く明美助教授。教授はぼそりと、部屋の中をせわしなく動き回る男達を見ながら、言った。
「こんな時にエネミーが来たら、大変なことになるだろうなぁ──ってな」
「そういう事は、思ってはいても言わないで下さい」
 と、明美助教授は右手で顔を覆って、はぁとため息を吐き出した。
「本当に起こるような気がしてしまいますから(注*16)」


「10日で、何が出来るかな?」
 少しずつ近づいてくる国会議事堂を窓の外に眺めながら、村上総理はぽつりと呟いた。
「限られますね」
 と、美人秘書の彼女が、手帳から視線もあげずに言う。村上総理はそんな彼女のつむじにちらりと視線を走らせてから、続けた。
「とにかく、第一にはあの子の保護だな」
「金色の髪の少女、ベルですか?」
「そう。中野くんになっている、彼女だ」
 顔を上げた秘書から視線を逸らし、村上総理は再び窓の外に目をやった。
「彼女がいれば、この戦いも終われる。私も、心おきなく総理を辞職できるってものだ」
「心おきなく?」
「──ま。未練がないっちゃ嘘になるが。後悔はせずに辞められる」
 国会議事堂の正面玄関に止まる車。村上総理は秘書の彼女に笑いかけると、開けられたドアから身を乗り出す直前に言った。
「私も、やっと探していた答えが見つけられたからな」


「外国人登録証は?」
 と聞かれても、その言葉がわからなければどうしようもない。
 金色の髪をした彼女は、困ったように眉を寄せて、自分に向かって何かを言っている男の事を見た。
「登録証だよ。携帯は、義務づけられているだろう?」
「あの…」
 と、とりあえず何か言葉をと思って言う、金髪の少女ベル。
「おい。ちょっとおかしいぞ」
「なにがだよ」
 検察の男の一人が、手にしていた書類に目を通しながら言った。ベルに、登録証の提示を求めていた男に向かってである。
「ここには、外国人スタッフの名前なんてない。彼女、違うんじゃないか?」
「どういうことだ?」
「スタッフじゃないとしたら…アレだろう」
 と、顎をしゃくって言う男。相棒の方も気づいたのだろう、「ああ」と言って、ベルのことを足下から一瞥した。
「例の、空から落ちてきたって言うオンナか」
「あの?」
 ベルは首を傾げて、自分のことを見る男達に視線を返した。言葉はわからなくても、視線や表情は彼女にもわかる。
「よし。登録証もないのなら、いったんは君の身柄を当局で保護する」
 と、上司に言われていた通りに職務を行うべく、その男はベルの手を力任せに掴んだ。痛みに、顔をしかめさせて身を引くベル。それを、彼女が逃げようとしたとでも解釈したのだろう、
「来るんだ!」
 男はベルに向かって怒鳴りつけ、彼女を掴む手に再び強く力を入れて引っ張った。
「あ…っ」
 恐怖に、足に力を入れて反抗するベル。自分の手を自分で掴み、振り解こうと思い切りに引っ張り返す。
 男が舌を打つ。
「暴れるな!」
 再び込められた力に、ベルは叫んだ。いくつかの知っている言葉の中のひとつ。
「シゲさんっ!!」
 何があっても、自分のことを助けてくれる人の名前をである。


「十時か…」
 腕の時計に視線を走らせ、村上総理は顎を掻いた。
「時間だな」
 ため息混じりにひょいと顔を上げると、この中庭からは、高い秋の空が見えた。(注*17)この空も見納めかな?なんて、柄になく考えてみて自分で笑う。
「ここにおられましたか、総理」
 忘れようにも忘れられない声が、自分のことを呼んだ。はらわたが煮えくり返るほどその声は憎かったが、一応平静を装って、彼は声の主の方へ振り向いた。
「これは…元防衛庁長官ではありませんか」
 と、皮肉。
「お元気そうで」
「総理も、まだ、お元気そうで何よりです」
 皮肉合戦である。
「どうです?後悔なさっているでしょう?私を罷免して」
 彼は恰幅のいい体を揺すって、笑った。一連のスキャンダルのネタを流した張本人が彼であることなど、議員達にはすでに周知の事実であった。
 彼の派閥に取り入り、スキャンダルを何とかかわした議員達も何人か知っている。逆に、彼に取り入ることをせずに自らの道を進もうとした議員達が、彼の派閥によって潰されていくのも、見たくはなかったが、彼はしっかりと見てしまっていたのであった。
 ──結局、この国は変わらないかも知れないな。
 自分の思うままに行動するだけの価値が、この国にはあるんだろうか。
 ふと思い浮かんだ考えに口許を弛ませ、
「私は、君を罷免したことを、そうできた自分を、今でも誇りに思っているよ」
 けれど、村上総理は、はっきりとそう言った。
「君は、自分が初めて議員になった時に踏んだ、この国会議事堂の絨毯の感触を覚えているかい?」
 村上総理は笑いながら、歩き出した。十時より始まる、一連のスキャンダルにおける参照人質疑が彼を待っているのである。
「覚えてはいないだろう?」
 答えなかった彼に一瞥をくれ、彼は言った。
「私は、今でも鮮明に覚えているよ」
 だから、私は後悔していない。


 ハンガーの中のR‐1を見つめ、一也は小さくため息を吐き出した。
 その周りでは、検察官達が整備員達と何かを話しながら忙しくかけずり回っている。
「これで終わり?」
 ぽつりと、一也は小さく呟いた。呟くつもりはなかったのだけれど、呟いていた。口から、言葉が漏れてきてしまっていた。
 整備班長、植木ことおやっさんに聞いたところ、R‐1も押収品目の中にはいっているという事だった。
 つまり──
 これで、R‐1を起動させることはもうできなくなる。自分が、この巨大ロボットに乗って戦うことは、もうなくなる。
 一也はゆっくりと息を吸い込むと、
「これで誰も傷つかない。誰も、傷つけられない」
 笑って、言った。
 つもりだった。
 笑えてなんて、いなかった。
 どうしてだろう──


「総理っ!!」
 委員会室へと入ろうとした彼を、秘書の彼女が呼び止めた。その手には、急いで引き千切ってきたのであろう、下の方が斜めになっているファックスが揺れていた。
「どう──」
 聞き返そうとした彼の耳に、委員会室からの呼び声が届いた。
「総理、質疑が始まります。ご入場を」
「ああ…」
「総理、大変です!ファックスが…エネミーが…」
 手にしたファックスを掲げて、秘書の彼女が声を張り上げる。けれど、その彼女のことを押さえつけ、別の議員が彼女を総理から遠ざけた。
「ちょっと待て!」
 と、村上総理も声を上げる。けれど、
「総理、質疑が始まります。今は質疑の方を」
 彼女と総理の間に、例の派閥に属する議員達が立ちふさがって言ったのだった。
 村上はその者達を見据えて言う。
「お前達、今はどちらが重要か。わからないのか?」
「我々には、質疑の方が重要です」
 その者達は答えた。
「エネミーは、現場の人間達に任せておけばいいでしょう。何のために日本には自衛隊があるのですか?そもそも、Necなどというものを作らなくても、自衛隊が──」
「自衛隊が、災害救助以外の役に立ったことがあるか?それどころか、今の自衛隊は日本を戦争に巻き込もうとするだけの、それだけの物になって──(注*18)」
「総理。質疑の方へ」
 遮られる言葉。
 村上総理は、強く歯を噛みしめた。両脇を固めた議員達が、彼を委員会室へと彼を押し込もうとする。
「聞け!」
 遠ざけられる秘書に向かい、彼は声を張り上げた。
「私の携帯電話の中に、名前のない番号がひとつだけある!その番号に電話をし、事の全てを話すんだ!」
 秘書の彼女が何度かうなずくのを確認して、総理は自分の肩を押す議員達を振り払い、委員会室の中へと足を踏み入れた。
「頼むぞ」
 総理は、同じ想いを持つ同志達に向かって、小さく言葉を吐き出した。


「…わかりました」
 電話を受けた男は、軽く微笑んで、
「あとのことはこちらで何とかします」
 そう言ってから、通話を切った。
 切ったその携帯電話に向かってふうとため息を吐き出し、ハンドルを握り直す。
 高速を走る車。Mitsubishi GTOの車窓に飛ぶ景色を一瞬だけ見て、微かに口許を弛ませる小沢。小沢は携帯電話が握られたままになっている左手でカーラジオのスイッチを入れると、携帯電話のメモリーにあるその番号を呼び出した。
 スピーカーから、ニュースが流れてくる。エネミー襲来のニュース。場所は、どうやら横浜港にほど近いところらしい。
「これで、あとひとつ」
 通話ボタンを押しながら、呟く。
 この約束を果たせば、あとは最後の約束を果たすだけ。


「もしもし?」
 長いコールの後、ちょっと怒ったような声で彼女が答えた。
「機嫌悪そうだね」
 なんて、笑いながら言うと、
「忙しいんです。用がないなら切ります」
 と、彼女はつっけんどんに返してきた。
「そう言わないでよ。強制執行が入ってるんだろ?知ってるよ」
「知ってたんなら、事前に教えてくれたっていいじゃないですか!」
「なに?そしたらクローゼットの中の見られたら嫌なものとかは、隠しておいた?」
「──プライバシーの侵害って言葉、知ってます?」
「一也くんに聞かせてあげたい台詞だ」
 そう言って笑いながら、彼は続けた。
「香奈さんと、いくつかの約束をしてるんだ。話したっけ?」
「いえ、初耳ですけど…」
「うん、僕は君らをたきつける」
「はぁ?」
「『力になってあげて』っていうのは、つまりそう言うことだろう?」
 彼は笑った。電話の向こうの彼女の表情を想像して。
「そうですかねェ…?」
 彼女が眉を寄せる姿が目に浮かぶ。
 そして、彼は少し間をおいてから、しっかりとした声で告げた。
「お父さんから伝言だ。『エネミーが横浜に襲来した』って」
「そんな報告は来ていないですよ」
 彼女の戸惑うような声。「そりゃそうだろう」と、彼は小さく言って、続ける。
「今、総理も質疑に捕らわれた。これで、Necは完全に孤立した状態になったんだ。防衛庁の別室の方にも検察が入っている。電話線も監視されているし、直接命令を下す上のものもいない。報告が入るのは、このままだったらすべてが終わった後でしかない。つまり、どういう事かわかるよね?」
 少しの沈黙。彼女はゆっくりと返す。
「でも、今の状態じゃ私たちも何もできませんよ。R‐1だって、押収品目の中に入っているらしいですし──」
「らしいね」
 彼はそう言って、笑った。
「じゃ、教授に替わってもらえる?直接教授に話すよ」
 また、少しの沈黙。
 そしてそのあと、
「…いいです。わかりました」
 彼女はあきらめたように、ぽつりと小さく呟いて返した。
「教授に言ったら、答えは決まっているじゃないですか」
「だろうね」
 軽く笑い、男はそれから再び声を少し落として続けた。
「わかってると思うけれど、これは違法行為になるから。それなりの覚悟を──」
「わかってますよ。それに」
 彼女は笑って、言った。
「普段から合法なことをしてるとは思ってませんから」
「そりゃそうだ。じゃ、よろしく頼むよ」
「了解っ」
 二人は、ほとんど同時に電話を切った。


「さーって!」
 にやりと笑い、遙は女子仮眠室前の廊下で、今きったばかりの電話を制服のスカートの中に押し込んだ。
「これで終わりなら、これからクライマックスと行きますか!」(注*19)









       7

「ご覧下さいっ!」
 声を荒げて新士 哲平。
 横浜港に姿を現した巨大なエネミーに向かい、彼は声を張り上げる。
「三度この横浜に襲いかかる巨大な黒き影、エネミー。上陸は時間の問題でしょう…再びこの地は破壊され、人々は、絶望の淵へと落とされる運命にあるのでしょうか!?」
 センちゃんのカメラが、エネミーをアップで捕らえる。
 横浜港を一望する公園。山下公園の岸壁に列をなし、エネミーを見つめて息を飲む人々。誰かがぼそりと、「Rなんとかは、どうしたんだ…」と呟いていた。
 新士はそれを小耳に挟み、マイクに向かって言う。
「エネミーを殲滅するべく組織されたNecですが、本日未明に発表された政府報道にて、凍結の決定がなされています。現在は検察の本部捜索の真っ最中であり、果たして出撃の許可が下りるかどうかは、微妙なところと思われます」
 新士はエネミーを睨みつけ、続ける。
「これは、確かに我々の報道や、テレビをご覧になっているみなさまの世論を反映した物に間違いはありません。違法な行為を粛正する、法的な正しい措置といえるでしょう。しかし──」
 しかし、俺はもしかしたら正しくはないのかも知れない。
 新士は一瞬、言葉を詰まらせた。総理がしたとされることと、自分のしたことを秤にかけ、次の言葉を選ぶ。けれど、その余裕は彼にもたらされなかった。
「ああっ!!」
 誰かが叫び、大桟橋の方を指さした。
「正義とは何だッ!?」
 新士もそこへ目をやり、叫び続ける。
「そう、それは決してあきらめない事!倒されても、倒されても、信じた道を追い求める事ッ!!」
 そこに停泊していた船から、その巨大ロボットは起きあがった。
「そう!ここは横浜ッ!!」


「ついに我々の出番だッ!!」
 声を張り上げ、握り拳を突き上げる設楽 信之。言うまでもなく、巨大ロボットにロマンを求める、マッドサイエンティストの一人である。
「おおっ!行くぞ設楽ッ!!」
 と、熱血して続くのは設楽のスポンサーであり、南条財閥の先代当主、南条 秀樹。
「今度こそ勝てるね!?」
「はい!なんだか私もそんな気がします!」
 その孫、南条 創と南条家のメイド、笹沢 藍花も、船のブリッジより見える光景に、手をぐーにして言った。
「もちろんだともッ!!」
 設楽は豪快に腕を振り回して、言う。
「今度のR・R四号は、今までとは全く違うッ!!」
「うん。見た目でも、それはわかるよ!」
「はい。なんか、ナイトの鎧みたいにボディーもなっていて、カッコイイです!!」
「そうだろうッ!」
 創と藍花の言葉に、設楽はご満悦。
 確かに、R・R四号は見た目でも今までの機体とは違っていた。大きさに大した違いはないものの、その顔、そのボディには、いい意味で言えば強そうな装甲──ぶっちゃけて事実を言ってしまえば、飾り──が、増えているのである。(注*20)
「それだけではないぞ創!」
 と、南条 秀樹。
「R・R四号は、ついに歩けるのだッ!!」
「ホントっ!?」
 創が目を輝かせる。
「でも…巨大ロボットを歩かせる技術はものすごく難しいって…」
「ふっ…素人じみた考えだね藍花君」
 設楽は彼女の言葉を鼻で笑い、
「今の私にとっては、巨大ロボットを歩かせることなど些細なことなのだッ!!」
 さも自分が歩かせることが出来たかのように、偉そうに言った。
「おおっ!!」
 が、創と藍花は知らなかったので大いに驚いたのだけれど、感謝すべきには彼ではなく、二足歩行用ロボットを作り上げた某技研と、それを買い取ることに成功した南条家の財力にであろう。(注*21)
「でも、この狭い船の上では、歩けても意味ないですね」
 鋭い指摘を、藍花がする。が、所詮彼女はメイド。設楽と南条に睨みつけられて、彼女は身を小さくした。
「些細なことは気にしない!してはならない!」
 ぐっと拳を握りしめて南条。
「その通りです。それにR・R四号には、あのR‐0すらなしえなかった『超硬化薄膜』を破壊する手だてもあるのですから!!」
「本当!設楽サン!?」
「ああ本当だとも!行くぞR・R四号新兵器!対超硬化薄膜用超兵器──」


「ご覧下さい!」
 新士の絶叫とともに、画面にアップになるR・R四号。その左腕がゆっくりと上がり、エネミーに向けられた。
「まさか早速…」
 新士がごくりと唾を飲んだとたん、
「んがっ!」
 R・R四号の左腕に装着された、飾りだと思っていた二本の長い角のようなものが上下に開き、新士は驚きに、喉に唾を詰まらせた。
「なんと言うことでしょう!あれは、あれはまさしく──」
 何とか咳き込むのを堪え、新士は叫んだ。
「あれはまさしく弓ッ!!」
 右足をゆっくりと引き、半身になるR・R四号。どこから出したのか、まるで見た目は鏑矢であるその矢を、ゆっくりとその弓につがえる。(注*22)
「あれを撃つのでしょうかッ!?」
 叫び続ける新士。その眼前で、鏃を、得体の知れない電撃が包んでいった。


「エネミー、射程内に入りましたッ!!」
 クルーが叫ぶ。
 設楽は「うむ」と大きくうなずいて、
「この一撃で、貴様の超硬化薄膜も終わりだ。エネミー」
 と、ぐっと拳を握りしめて、眼前のエネミーを真っ直ぐに見据えた。
 制止したR・R四号へ向かい、ゆっくりと歩み寄ってくるエネミー。呼吸と共に上下するその肩。しかし、R・R四号は、不気味に光るその二つの眼孔の間を捕らえたまま、微動だにしなかった。
「ではいこう、設楽よ」
「はっ」
 南条の言葉に、設楽はそっと目を閉じた。そして、
「南無八幡大菩薩、我が国の神明、日光の権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、願わくは、あの扇の真ん中射させてたばせたまへ」
 なんて文学的なことを言っても、さすがにそこまで長くなると誰もわからない。
「藍花お姉ちゃん、あれ、何?」
「あれですか?平家物語です」
 と、藍花は創の視線に笑いかけながら言う。
「『扇の的』と言うお話ですね」
「これ射損ずるものならば、弓切り折り自害して──」
 途中まで言って、設楽はやめた。何も自害することはないじゃないか。
 まぁ、とにかく──
 設楽は与一よろしくかっと目を見開くと、(注*23)
「ゴッドゴーガン!放てッ!!」
 ブリッジに響きわたる声で、そう叫んだ。
 R・R四号が、弓をよつぴいてひやうど放つ。(注*24)
 鏑の形を取ったその矢は、横浜港一帯に鳴り響くほどに唸りをあげ、閃光の軌跡を残し、エネミーの眉間を、あやまたずに──
 ひいふつとぞ射きつたる。(注*25)
「やった!」
 創が喚起の声を上げた。
 エネミーの身体を包む超硬化薄膜が、一瞬かっと強烈に輝く。そして、矢は、エネミーの超硬化薄膜を難なく貫通した。その強烈なスピードは、R‐0ですら破壊できなかった光の壁を、ついに破ったのである。
「やったぞ!!」
 南条も喜びに拳を突き上げる。R・R、初の勝利のように思えた。が──
「なっ!?」
 やはり、現実はそうはいかなかったのである。


「ああっ!なんと言うことでしょう!!」
 新士が驚愕に満ちた声で叫ぶ。
「巨大ロボットが放った光の矢。確かにそれはエネミーの眉間を捕らえました!ですが…なんと言うことでしょうッ!!」
 画面にアップになるエネミーと、矢の生み出した電撃に、かすかに光る光の壁。
 エネミー薄膜。その眉間の前に、ぽっかりと、小さく穴が開いていた。


「しまった!!威力が強すぎたかッ!?」
 設楽は貫通しただけで、薄膜を壊せなかった『最強の武器』に、ちいっと舌を打った。


「R‐1を出す」
 遙の話を聞いて、明美助教授に耳打ちする教授。
「出すって…どうやってですか」
 明美助教授は大きくなりそうになった声を押し殺して、教授に聞き返した。幸いにも、作戦本部を捜索する検察官達の耳には、彼と彼女の言葉は届かなかったようである。
「目的のためには、手段はこの際どうでもいい」
「手段もなく、出来る事じゃありません」
「細かいな…」
「教授がおおざっぱすぎるんです」
「まぁ…なんだ」
 教授はにやりと微笑むと、作戦本部室にいる遙とシゲにも視線を走らせて、
「目的はR‐1を動かすこととはっきりしているんだから、この際手段はどうでもいいだろう」
 そう言って、明美助教授の嘆息を誘った。
「一也君は?」
 遙に向かって、教授が聞く。
「多分ハンガーの方にいると思います。何とかなると思います」
「シゲと明美君は、整備員の連中をけしかけて、R‐1の起動補助を頼む」
「パソコンもないのにですか?」
 明美助教授はひょいと肩をすくめて見せた。が、
「なければその辺から盗ってしまえばいい。元は我々のものだ」
 なんて、大真面目顔で教授は言った。
「私たち、本格的に犯罪者になっちゃうわね」
 遙に耳打ちする明美助教授。嘆息混じりにぼやく。
「また一歩、バージンロードを逆に進んでいく気がするわ」
 遙はただ、苦笑いをその顔に浮かべていた。








       8

 作戦本部室の椅子に座って、教授はじっと腕時計を見つめていた。
 そして不意に、
「10…9…8…」
 と、カウントを始めたので、検察官の誰もがその手を止めて彼のことを見た。
「7…6…5…」
「何のまねだ?」
 腰に手を当て、検察官の一人が教授に向かって聞いた。けれど、彼はそのカウントを止めない。誰かが、「おい、もしかして爆弾とか…」などと呟いて、不安を煽った。
「4…3…2…」
「いや…こいつらなら証拠隠滅のためにやりかねん!(注*26)」
「いーち!」
 教授はにやりと微笑むと、
「ゼロっ!!」
 最後のカウント共に、勢いよくスチールの机を打って立ち上がった。
 検察官達が「わあっ!」と頭を抱えて腰を抜かす。
 同時に、明美助教授とシゲは押収品の納められている段ボール箱の中からノートパソコンとケーブルを盗み、駆け出した。遙と教授も、その後に続く。
「逃げたぞ!!追えっ!!」
「待てっ!!」
「盗られた物だけでも取り返すんだ!!」
 乱れ飛ぶ検察官達の声。その声を、ハンガーへと降りるスチールの階段を蹴る四人の足音がかき消す。
「一也っ!!」
 遙は叫んだ。
 R‐1を見上げてぼうっとしていた一也が、彼女の声に振り返る。
「一也っ!エネミーよ!R‐1で出るわ!!」
「え…?だって──」
 何かを言おうとした一也の声は、シゲの声にかき消された。
「おやっさん!R‐1を出します!!起動準備を!!」
 もちろん、整備員の控室にも検察の手は入っていたのだけれど、シゲの声がそこに届いた後、そのいつも開いているドアから、ばらばらと慌てた様子の検察官達が飛び出してきた。
「きっ…貴様ら、公務執行妨害で──!」
 怒鳴る検察官の若い男に向かって、ドアから出てきた何人かの整備員の古株が、スパナを振り上げて彼らを睨みつけた。
「黙れガキ。誰の税金でメシくってると思ってんだ!?」
「あ…あぅ…」
 腰を抜かす男達を尻目に、ぞろぞろと、整備員達が帽子片手に部屋から飛び出してくる。最後に出てきた整備班長、植木ことおやっさんは、階段を下りきったところで目を丸くしていたシゲに向かって、軽く笑いながら言った。
「オレたちゃぁ、別にこの際犯罪者になったって、構いはしないさ。こうして、夢みたいな巨大ロボットに触れたたわけだからな。あんた達のおかげで──だ」
「恩にきます」
「思ってもいねぇことを言うな。それに」
 おやっさんは、R‐1に駆け寄る整備員達を見て、言った。
「オレ達のほとんどは、出向という名の左遷を食らった人間がほとんどだ。今更、失うモンはなにもねぇわけさ」
「貴様ら!その機体は我々の管理下にあるのだぞ!それにNecは凍結されているのだ!!勝手な真似は違法行為として厳重処罰を──」
 二階の作戦本部室前の廊下から叫ぶ男の声は、ハンガー中に響いたけれど、誰の耳にも届かなかった。


 エネミーが駆け出す。眼前に立つ、R・R四号に向かって。
「応戦!!」
 設楽が叫ぶまでもなく、R・R四号は肉薄するエネミーに向かって右手を突き出した。そしてその腕に装着されていたシールドのような物に羽が生まれ、
「ゴッドブーメラン!!」
 と言う設楽の叫びと共に、それはエネミーに向かって飛んだ。もちろん、薄膜を持つエネミーにそれが効くはずもなく、辺りに爆音が響き、爆煙が舞った後、そこから再びエネミーが姿を現したのであるが。
 そのエネミーを見据えて、設楽は叫び続ける。
「ひるむなッ!負けません!すべての武器を使い切るまではッ!!(注*27)」
 喉がかれ、声が出なくなったとしても、彼にとってはそんなこと、些細なことでしかないのである。
「ゆくぞ設楽ッ!!」
 南条も拳を突き上げる。
「設楽サン!今回こそエネミーを倒そうッ!!」
「頑張って下さいっ!!応援しますっ!!」
 創と藍花も、彼のその背中を押した。
「そうだR・R!!我々は決して破れないッ!!」
 エネミーに向かい、仁王立ちするR・R四号機。その胸の部分の装甲が開き、3つの巨大なスピーカーが露わとなる。
「新兵器ッ!!」
「何となく『新』とか言っている割に、今回の四号機の元ネタからわかってしまうが…何だ設楽ッ!?」
 拳を握りしめる設楽と南条。創と藍花にとっては、新だろうがパクリだろうが、わかりゃしないので、二人も拳をぐっ。
「ゴッドボイスっ!!」
 その3つのスピーカーから、設楽の声と共に爆音が打ち出された。両耳を覆っても、体の芯に響くような爆音。それがどのような攻撃で、どのような効果がエネミーにあるのか、藍花にはよくわからなかったのだけれど、その後にとったエネミーの行動については、たとえ人間でなくとも理解できた。
 怒り狂い、エネミーはその爆音をうち消すほどの咆哮をあげたのである。
「設楽さん!コーンがすべて破けました!!ボイスは自動停止しますッ!!」
「くそう!やはり効かなかったか!!」
「効いたら、どんな効果だったんだろう…」
 さすがに、創も耳を押さえて呟いた。設楽サン…自分だけ耳栓してたし…(注*28)
「だがしかぁしっ!まだまだ続くぞ新兵器!!」
 腕を振るう設楽。
「おおうっ!流石は設楽っ!!次から次へと!!」
 南条の握りしめた右手は鬱血して青くなっていたが、言うまでもなくそれは些細な問題でしかない。
「バイタリティーなら負けないね!」
 創は藍花を見て目を輝かせる。
「だけって話もありますが──」
「行くぞ、新兵器っ!!」
 都合の悪い台詞を掻き消す設楽。そんな台詞は彼の耳には届かない。
 R・Rは咆哮をあげるエネミーに向かい、ぐっと胸を張って腕を開いた。高周波の音が辺りに響く。そしてその高鳴りを増していく。
 エネミーの咆哮。
 それをうち消すように、クルーが叫んだ。
「チャージ完了しましたっ!」
「ようしっ行けッ!!」
 設楽は腕を振るって、エネミーの何十倍という声量をもって、叫んだ。
「急導光線、ゴッドαッ!!」
「元ネタからして予想通り!」
 その声に、R・R四号の全身が強烈に発光した。それは三号機に搭載されていた新兵器、『ブレス○・ファイア』の何十倍という光量であった。
 強烈な閃光に、誰もが目を閉じた。
 設楽も、南条も、創も、藍花も、そしてエネミーもである。
 だが言うまでもなくそれは──
 三号機の『ブ○スト・ファイア』同様、ただ、強烈にまぶしいだけだったのである。


「敵はひるんだ!」
 あの時と同じ事を言い、
「今こそ、すべての人の夢を乗せた、究極のロボット兵器を使う時ッ!!」
 ぐっと、再度拳を握りしめて突き上げる設楽。
「やはり使うか設楽!R・Rの、R・Rによる、R・Rのためのあの必殺武器ッ!!」
「もちろんでしょう南条さん!!」
「あの技だね!R‐0にも、ゴッデススリーにも付いていない、R・Rだけの必殺技!!」
「そうだ創君!(注*29)」
「なんか、それなら勝てそうな気がします!」
「ああそうとも藍花君!」
 設楽は腕を振るって、言った。
「勝つ!なぜならこの一撃にすべての人はその夢を乗せ、その力により、R・Rの力が増すからだッ!!」
 R・R四号機の両腕が水平に上がり、真っ直ぐにエネミーを捕らえた。
「さあみんな!R・Rに力を貸してくれ!みんなの力が、R・Rの力となるッ!!」
 叫ぶ設楽。誰に向かって言っているのかは、あまり触れてあげないことにしてあげよう。
「おおっ!」
 南条が驚愕し、声を上げた。R・Rの、エネミーに向かって真っ直ぐにのばされたその手が、金色に輝き始めたのである。
 エネミーが咆哮をあげた。その金色に輝く、両手に向かって。
「まだだ!まだ足りない…世界中の子供達よ──」
 設楽が何かを言っているが、あまり気にしないことにする。
 エネミーはR・R四号機に向け、腕を振り上げて肉薄した。
 設楽が舌を打つ。そして、力の限りに叫ぶ。
「みんなの夢を乗せ、力を借り、飛べっ!ロケットパンチッ!!しかも──」
 R・R四号機の金色に輝く手が、かっと開いた。そして──
「シャイニングフィンガーバージョンっ!!」
 そしてそれはエネミーに向かって飛んだ。
 閃光と大爆音が、辺りを包む。


「天晴れだ…設楽よ」
 老人は、眼前の光景を見て、憂いを込めた瞳で呟いた。
 爆発の中から姿を現したエネミーが、R・R四号をがしりと掴み、遥かな海上へと木偶人形よろしく投げ飛ばす。
「…天晴れであったぞ」
 言葉を噛みしめ、ぐっと拳を握る老人。
「設楽、我々は決してお前という人間のことを忘れはせん。同じ想いを持ち、共に生きた、お前という人間を」
 横浜港に立ち上る水柱。4本目の、その水柱。
「設楽。我々の時代は、もう終わりなのかもしれん。しかし、我々にはまだしなければならないことがある。そうだな」
 老人の言葉に、遥かな上空から、何かを予感させるようなピアノの旋律が聞こえ始めた。
 人々が、その音に顔を上げる。期待と、不安──どちらかといえば後者が大──に満ちた表情で。
「我々がしなければならないこと。それは、我々の後に続く者に、それを渡さなければならないという事だ」
 老人──道徳寺 兼康は空を見上げ、力の限りに叫んだ。
「ゆけッ!!大空、大地、海野ッ!!我々の後に続く、若者達のためにッ!!」


「行くぜッ!!」
 響く声。
 遥かな空の彼方で輝いたそれは、超音速のスピードで天空に姿を現した。
 ゴッデススカイ。大空 衛の駆る、一号機である。
「さぁ!出番だッ!!」
 大空 衛は熱血絶叫した。アニメ的に言うなら、その白い歯を透過光できらりと輝かせて。
「おおッ!!」
 響く声。
 いつの間にか新港埠頭再開発地区に現れたのは、巨大な重戦機、ゴッデスアース。
「やってやるぜっ!!」
 ゴッデスアースパイロット、大地はコックピットで指をばきばきと鳴らして叫んだ。
「さぁ!勝負だっ!」
 続いて響く声。
 横浜港の海を割り、ゴッデスマリンが姿を現す。
「俺達の力を見せてやろうぜ!」
 ゴッデスマリンパイロット、海野はふっと口許を弛めて見せた。
「ああッ!!」
 大空は、力強い仲間の声にこくりと大きく頷き、
「ゴッデススリーは完調じゃないが、時間稼ぎくらいはしてやろうぜ!!」
 そのレバーに手をかけて叫んだ。
「ああ。たとえオレ達が破れても、続くものがいてくれる。それだけで十分だ」
「盛大に、暴れてやろうぜッ!!」
 海野の言葉に、大地が続いた。そのレバーに、手をかけて。
「行くぞッ!!」
「おうッ!!」
 紺碧の空へと舞い上がっていく三機。垂直に上昇する三機。三機はお互いに複雑に絡み合い、白い軌跡で、美しい螺旋を描きながら上昇していった。
 音楽が、そのビートを増し始める。
「さぁ!みんな、用意はいいかッ!!」
 大空は叫んだ。二人は頷きを返す。
「おうッ!!」
「ジャスト──」
 そして、三人同時に叫びながら、そのレバーを思い切りに引き下げた。
「フュージョン!!」


「ひとつ、聞きたいことがあります」
 野党議員の質疑を遮り、村上総理は手を挙げた。もう、どれだけの時間がここで流れたのか、知りたくはあったのだけれど、腕時計に視線を走らせたりはしなかった。
「質疑とは、少しずれていますが…よろしければ」
 その謙虚な姿勢が好感を持たれたのか、発言が許された。もしくは、その発言から何かを突っ込んでいこうという作戦を、野党議員達が瞬時に思い浮かべただけなのかも知れないが。
 村上総理は立ち上がり、ビロードの敷物のされた台の前に立った。彼の口に向け、伸びる何本ものマイク。この何本が、彼の言葉を国民に伝えるだろう。
「ひとつ、聞きたいことがあります」
 再び、その言葉を彼は繰り返した。
 議員達を見回し、言う。
「あなた方は、今現在、襲来したエネミーと戦う者達が、この瞬間にも、いると言うことをご存じですか?」
「総理、あまりにもそれは質疑とは関係がなさすぎます」
 野党議員の野次が飛ぶ。が、彼はそれを受け流した。
「我々が今、こうしている間にも、人々のために戦っている者がいると言うことを、我々は忘れてはいませんか?」
「我々も国民のために戦っている。違法な疑いのある、政治家達を粛正するために」
「そうだ!我々もこうして、戦っているではないか!」
「この質疑は、それほどの重要性がありますか?」
 しまったな…そう思いながらも、村上総理は言葉を止めなかった。この言葉で食いつかれたとしても、今は言うべき事だけを言えればいい。
「国民を見捨て、自らのエゴイズムを、すり替えて正当化しているだけなのではありませんか?我々が、今しなければならないはずのこととは、何です?」
「それこそすり替えだ!!」
「エゴイズムの正当化だ!!」
 一層強まった野次に対し、総理は自分の口をマイクに近づけて反抗した。後一言、後一言だけ言えればいい。
「我々が今しなければならないことは何です?政治ですか?国民を見捨て、政治をするということですか?違うでしょう。そんな事をしていれば、政治と生活はますます離れて行く事になるはずです。本来、密接に関係しているはずの二つがです」
「だからと言って、法を犯していいという法はないはずだ!!」
「そうだ!法を犯した者は、この法治国家においては、たとえどんな者でも法の下、平等に裁かれなければならない!!」
「それが正義だろう!!」
 野党議員達の声が、委員会室を包み込む。「静粛に!」と叫ぶ委員長の声など、どこ吹く風である。
 その言葉の海の中、総理はまっすぐ立って彼らの声を聞いていた。だが、どれも、結局ただの波音のようにしか聞こえなかった。
「静粛に!!」
 響いた木槌の音に、静寂が満ちる。
 彼はそっと、マイクに自らの口を近づけ、一言を、言った。
 その言葉が何人の耳に届いたかは、わからなかったけれど。
「では、正義とは何ですか?」


「吉田 一也を拘束しろっ!」
 作戦本部室前の廊下から、検察官の男が叫んだ。
「BSSの調査及び研究のための、端末保有者の保護という名目でかまわん!」
「え…ちょっと…」
 一也はR‐1の前で、目を丸くした。よく事態が飲み込めない。飲み込めないけれど、
「ちょっと!」
 自分に飛びかかってくる男達を前にしたら、防衛本能くらい働いても仕方あるまい。
 駆け寄る検察官の男に、思わず出足払い。手を伸ばす奴には、その手を払って大内刈り。
「何がどうしたの!?」
 と、遙に向かって聞く。けれど彼女はいつの間にか手にデッキブラシを持っていて、
「この際、細かいことはどうでもいいのよ!」
 と、言いながらそれをぶんぶん振り回す。
「危ないだろ!あったら大ケガするぞ!」
「この際細かい事はどうでもいいんだってば!」
 繰り返し、遙は言った。
「エネミーが横浜に襲来したわ。Necは、それを殲滅するために速やかにR‐1を起動して、迎撃に向かう。You understand?」
「でも…凍結が決まってるんでしょ?それにR‐1も押収品目に──」
「だああぁぁぁぁああっ!!」
 遙はぼそぼそと呟く一也の言葉に、頭を掻きむしって言った。
「あんたバカァ!?(注*30)放っておいたら、横浜が壊滅しちゃうでしょ?あんたがいつも言ってるように、みんな傷ついちゃうでしょ!そうなってからじゃ、遅いでしょ!?」
 遙に両肩を捕まれ、一也はがくがく揺すられた。遙の言葉は半分くらいしか脳に届かなかったけれど、言おうとしていることは、十分に理解できた。
「わ…わかった。R‐1で出ればいいんだね?」
「そう!」
 と、遙が一也の頭をはたく。
「痛いなッ!」
「細かいことはこの際気にするなっていったでしょ!」
 遙は駆け寄ってきた整備員からインカムを受け取って、それに手をかけて叫んだ。
「R‐1、起動準備!」
 ハンガーに、サイレンが響きわたる。(注*31)


「シゲさんっ!」
 その声はとても小さく、怒鳴り声と騒音に満ちたハンガーの中では、誰の耳にも届かなかったかも知れない。
 けれど、本人はやはり違ったのである。
「ベル!?」
 シゲはR‐1の起動準備をする手を止め、顔を上げた。ノートパソコンを見つめていた明美助教授が、驚いたように目を丸くして彼を見る。
「どうしたの?」
「いえ…今…ベルの声が…」
「ああ。そういえば彼女、見ない──」
「シゲさんっ!!」
 今度ははっきりと、明美助教授の耳にも届いた。ほとんど同時に、シゲは声の方へと駆け出していた。
 ハンガーの外。両脇を検察官の男達に固められ、ベルが連れ出されようとしている。
「ベルっ!?」
 シゲはそれを視界に入れると、躊躇せずにそいつらに向かって叫んだ。
「お前らぁ!オレのオンナに何をするっ!!」
「あ!?」
 明美助教授が、シゲの声に顔をしかめた。あんだって?
「どさくさ紛れに、何言ってんのよ」
 まあどうせ、ベルにはシゲの言葉の意味などわかりゃしないのであるが。
「彼女は我々の手で保護する。下がりたまえ!」
「下がる分けないだろうが!」
 ぐっと、シゲは拳を握りしめて叫んだ。滅多に見せない、クソ真面目な表情である。
「警告する!」
 と、シゲは検察官の男達を指さした。
「彼女をはなせ。考える時間は10秒。3、2、1…」
「何で3から数えるんだ!?」
「ゼロ。返答なし」
 シゲは少なくとも3秒未満の内に決定を下すと、にやりと微笑み、腕を振り上げて叫んだ。
「整備員の皆さーんっ!!」
「イーッ!!」
 手に手にスパナ、レンチを持った整備員のみなさんが襲いかかる。(注*32)
「わあぁぁぁあ!」
 検察官の男達の絶叫。
「ベルっ!」
 シゲはベルに向かって手を伸ばすと、解放されたベルの手をぎゅっと掴み、自分の方へと引き寄せた。
「大丈夫だから」
 と、彼女のことをしっかりと抱きとめて笑いかける。
 ベルはただ、にこりと微笑んで、首を少しだけ傾けた。
 その光景を眺めていて、若い整備員の一人がため息まじりにぼやく。
「役得だよなぁ…」
 足下には、八つ当たりの対象になった男達が倒れていた。


「のわあぁぁぁあッ!!」
 山下公園に襲いかかった大波に、新士達テレビPスタッフ一同は飲み込まれた。(注*33)しかしそれも仕方あるまい。眼前で、身長57メートル、体重550トンの巨体が格闘を始めたのだから。
「みなさまッ!ご覧──あれ?ああッ!!またセンちゃんがどこかに!!しかし、私はあきらめません!ただいまより、本放送は音声のみで、熱血絶叫してお送りいたしますッ!!」
 砂嵐の映るテレビの前で、人々は思ったことであろう。この男、やはりプロだと。
「さぁ今!三神合体超兵器、ゴッデススリーが、エネミーとがっぷり四つに組み合いましたッ!!いけッ!ゴッデススリー!!」


「負けるものかッ!!」
 大空は、マニュピレーションレバーをぐいと前に押し出して熱血絶叫した。
「その通りだぜッ!!」
 大地の、鼓膜を突き破らんばかりの熱血ボイス。
「ああ…オレ達は、彼が来るまでここで闘わねばならないのだからな」
 額に浮かぶ汗を拭いもせずに、海野は強がりのように微笑んだ。
「そうだ。オレ達は、ここで闘わなければならない。次の世代の、オレ達の、この想いを引き継ぐ者のために!!」
 大空の熱血絶叫。
 ゴッデススリーは右腕を振り上げると、その鉄拳を、エネミーの顔へたたき込んだ。
 薄膜が光る。ゴッデススリーの手が、砕けて散る。
「この拳、砕けようとも!!」
 大地の叫びに、ゴッデススリーは左腕を振り上げた。そしてエネミーの脳天めがけ、それを振り下ろす。が、やはりそれは薄膜の前に意味を持たず、自らの腕を粉々に砕くのであった。
「オレ達の想いは枯れない!!」
 海野が叫び、マニュピレーションレバーをぐいと押す。ゴッデススリーは遥かな上空へと高々とジャンプし、その拳の無くなった腕を、エネミーに向かって突き出しだ。
 エネミーが咆哮をあげる。薄膜が、閃光に光る。そして、ゴッデススリーの砕け散った腕の装甲も、その光に輝き、光となって散った。
 間合いを取るべく、エネミーより飛び退くゴッデススリー。
 エネミーは両腕をなくした勇者を見、眼孔の奥で光をちらちらと瞬かせた。笑うように。
「大地、海野…」
 そのエネミーを見据えたまま、大空が言う。
「彼は、絶対に来るよな?」
「大空らしくないじゃないか」
 大地は、彼の言葉を一笑に付した。
「信じろ。彼は来る」
 海野も笑う。そう、それを、躊躇なく言える自分たちに。
「…もちろんだ」
 大空も笑った。かすかにのぞいた白い歯が、きらりと輝いた。
「もちろんだぜッ!!」
 足を引き、身構えるゴッデススリー。アクチュエーター音が高鳴りを増す。
「さぁ!その目をしっかりと見開いて、見よ!世界中の子供達よッ!!」
 大空の熱血絶叫。
「これが熱血だッ!!」
 大地、
「これが愛と、勇気の力だッ!!」
 海野がそれに続く。
 駆け出すゴッデススリー。
「そしてこれが──」
 そして、大空の熱血絶叫が響いた。
「そしてこれが正義の力だッ!!」


「正義とは、何ですか?」
 再び、静寂の中に彼は質問を投げかけた。
「正義とは、法に従うと言うことですか?誰かが決めた、法に?それとも、強い者、または巨大な組織に従い、そのものの意見に従うと言うことですか?たとえ、それが誰の目から見ても、間違っているとしても?」
 何人かが、牙をむいて反対意見を述べた。しかし、それは答えではなかった。だから、彼はまだ続けた。
「私は、法には背いたかも知れない。いや、背いただろう。しかし、それは誰かが決めた法でしかない。私は、今の今まで、一度として、自分の決めた法に背いた覚えはない」
「詭弁だッ!!」
「結構。たがひとつだけ忘れないでもらいたい事がある」
 彼はマイクに向かい、言った。


「貴様ら!わかっているのか!!この行為は違法行為だぞ!!委員会にかけ──いや、かけずとも懲戒免職だ!!(注*34)」
 作戦本部室前の廊下から叫ぶ検察官。
 だけれど、
「それは結構」
 と、不意にかけられた言葉に、彼ははっとして振り向いた。
「彼らを懲戒免職にさせたければ、させればいい。だが、そのときはこの国が滅びるときだと、覚悟を決めてからにしろよ」
 笑いながら、そういう男。R‐1を作り上げたマッドサイエンティスト、春日井 秀哲。
「なにを…」
 スーツに身を包んだ検察官は、白衣をまとった科学者を睨みつけた。だが、春日井はその視線に笑い、言う。
「違法行為。結構じゃないか。それが何か、悪いことかね?」
「な…何を言う!」
「冷静になりたまえ」
 春日井は、眼下に見える自らの傑作、R‐1に視線を落として言った。
「R‐1がやらなければ、彼らがやらなければ、誰が闘うというのだね?それとも何か?君は我々に、助けられる人間が目の前にいたとしても、傍観を続けろと言うのかね?」
 春日井の言葉に、男は言葉を飲んだ。そんなことはわかっている。わかっているが、正面を切って言われては、何も言い返せない。
 春日井は、R‐1を見つめたまま、続けた。
「残念だが、R‐1には、彼らにはそんなことは出来ない。彼らは自らの法に従い、誰かの作った法など、躊躇せずに破るだろう」
 ハンガーに横たわったR‐1から、アクチュエーターの駆動音が響き始めた。


 巨体が、宙に浮いた。
 弱まるアクチュエーターの駆動音。海に、次々と剥がれていく装甲板が、巨大な水柱を立ちのぼらせる。
「ごっ…ゴッデススリーが…」
 ぽつりと呟く新士。復活したテレビ画面には、その光景が多少ノイズ混じりにではあったけれど、映っていた。
「エネミーに、勇気と、闘志を持って立ち向かった巨大ロボゴッデススリーが、今、そのエネミーの手の中で、力を無くしております…ご覧いただけるでしょうか…」
 エネミーは、ゴッデススリーの首を両腕で掴んで持ち上げたまま、天を突き破るほどの咆哮をあげた。その咆哮が、新士の手にするマイクを、そしてそれを通してテレビのスピーカーを、恐怖と共に震撼させる。
「もはや我々に、未来はないのでしょうか!?」
 新士はゴッデススリーに向かって、叫んだ。


「まだ…やられるわけにはいかない…」
 大空は小さく呟いた。
「ああ…そうとも。ダメだと思ってからが、正念場だぜ」
 大地も彼らしいことを呟いて、笑った。
「辛い戦いだな」
 海野も自嘲するように肩を揺らして笑う。
 エネミーの腕に、強く力が込められた。
 がくんと揺れるゴッデススリーのコックピット。
「ここで…破れるわけにはいかない…」
 大空は、強く、マニュピレーションレバーを握りなおした。
「オレ達は、示さなければならない。熱血というものの意味を!!」
 そしてそれを力の限りに押す。力を無くしていたゴッデススリーの各アクチュエーターに、再び活力が戻っていった。
「その通りだぜ!!大空ッ!!」
 力の限りに、マニュピレーションレバーを押す大地。
「オレ達は、護らなければならない!この力を!!そうだろう海野!!」
「ああ…聞くまでもないだろう。それが、オレ達がここにいた証となるのだから」
 一瞬微笑み、海野も力の限りにマニュピレーションレバーを押した。
 ゴッデススリーの、凛々しい顔。その目がぎらりと輝く。
「動いてくれゴッデススリー!オレ達と、オレ達を信じてくれる人々のために!!」
 ゴッデススリーは最後の力を振り絞り、エネミーの腕を押さえ込んだ。


「たが、ひとつだけ忘れないでもらいたい事がある」
 彼はマイクに向かい、言った。
「自分のしていることを正しいと思えない者に、正義は行えない」


「行けるわね?」
 R‐1のコックピット。そこをのぞき込んで、明美助教授は微笑んだ。
「行けます。というより、行かなきゃならないんでしょ」
 一也はBSS端末ヘッドギアをかぶり、補助モニターに視線を走らせた。
 白く浮かび上がる文字。──BSS system released.
「大丈夫そうね」
 明美助教授が身を引くと、そこに遙が顔を出して微笑んだ。
「行ける?」
「大丈夫だよ」
 一也も遙に視線を走らせ、軽く微笑んで返す。インカムからも、教授の声が響いてきた。
「大丈夫そうだな。一也君」
「行けます。決戦の地は、あの時と同じ横浜ですね?」
 補助モニターに映る、システム組み込みを告げる英文を見つめながら、一也は聞いた。ちょっとの沈黙の後に、教授が返す。
「ラジオに情報によると、現在はゴッデススリーがエネミーと交戦中だ。だが、あまり芳しくはないようだな。行って、ついでに助けてやってこい」
「了解しました」
「うむ」
 うなずく教授の言葉を耳にして、一也は、
「あの…教授。ひとつだけ聞いていいですか?」
 軽く微笑みながら、彼に向かって聞いた。
「僕たちのしている事は、正義ですよね?」
「ひとつだけ言えることがある」
 と、教授は声のトーンを落として言う。
「んなこといちいち考えていたら、今のご時世、巨大ロボットに乗って戦ってなんていられない」
 一也は笑った。その答えを、心のどこかで期待していたからだ。
 遙に視線を向けると、インカム越しに会話を聞いていた彼女も、軽く微笑んでいた。
 そして、言った。
「そうよ」


「それを聞いて安心した」
 一也は笑う。
 遙も笑いながら、
「じゃ、もっと安心させてあげるわ」
 と、手にしていた携帯電話を一也の耳元へと差し出した。
「誰?」
「小沢さんよ」
 遙の声に、「もしもし?一也君かい?」と言う、相変わらずの小沢の軽い声が重なる。
「僕、これから出撃なんですよ」
「わかってるよ。だから、激励をね」
 小沢は笑っていた。仕方ないので、一也も曖昧に微笑みながら、
「激励って言ったって、小沢さんの声なんて聞いても──」
 ため息混じりに呟いたけれど、その言葉は、その途中で飲み込まれた。
「一也?」
 と、少しかすれた声だったけれど、確かにその声は彼女の声に間違いなかった。
「あ…」
 遙に視線を走らせると、彼女も満面の笑みを浮かべて微笑んでいる。たちの悪い、冗談なんかじゃないのだ。
「…がんばってね」
 一言だったけれど、一也にはそれで十分だった。
 うなずく一也。大きく息を吸い込んで、遙の手を押して、その携帯を戻させる。遙は小沢に小さく礼を言って、電話を切った。
「行けるわね?」
 遙が聞く。
「もちろん」
 一也は返す。
 遙は何度もうなずきを返すと、そっとコックピットから離れた。
 離れ際、
「10分でエネミーを倒せたら、キスしてあげるわ」
 なんて言って、ちょっと肩をすくめて微笑んで見せる。
「じゃあ──」
 一也も彼女にちらりと視線を走らせて、言う。
「10分1秒で片づけるよ」
「ばか」
 一言言って、遙はインカムに手をかけた。
 そして、言った。
「R‐1、起動します!!」


 ざわめきの満ちる委員会室。
 閉会を告げられ、各議員達は次々とこの委員会室を後にしていった。
「総理?」
 その委員会室の椅子に、ぼうっと腰を下ろしていた村上総理の背中に向かい、秘書の彼女は小さく言葉をかけた。
「どうだった?」
 と、村上総理は振り返りもせずに聞く。
「はい。上手く取りはからってくれたようです。R‐1は出撃しました」
「そうか…」
 軽く微笑みながら言葉を吐き出し、彼は立ち上がった。「よっ」とか言いながら、思わず腰を押さえてしまう辺り、自分も歳だななんて思ってしまう。
「質疑の方は…どうなりました?あまり──」
「そうでもないよ」
 探るような秘書の言葉を遮る村上総理。
 空になった委員会室を見回し、腰に手を当てたまま、軽く微笑みながら言う。
「言うべき事は、ちゃんと言った。確信犯と言いたければ、言わせておけばいいさ。それでも何人かの人は、私の言いたかったことを理解してくれるだろう」
 きびすを返す村上総理の革靴が、委員会室の絨毯に深く沈む。
「そしてその何人かの人達が、それを次の世紀につなげてくれればいい」
 彼は歩き出すと、小さく呟いた。


「来たか…」
 大空は、小さく呟いた。
「はは…後1分遅かったら…どうなってただろうな」
 大地が笑う。気丈に。
「これで、心おきなく休めるってモンだ」
 そう言って、海野はマニュピレーションレバーから手を離した。
 ゴッデススリーの腕が下がる。
 そして、ぼろぼろになった勇者は、真っ直ぐに見据えていたエネミーから、大地へと視線をゆっくり落としていった。
 アクチュエーターが最後の力を振り絞る。そっと、横浜再開発地区に腰を下ろすゴッデススリー。
 エネミーが、それに向かって勝ち誇ったかのような咆哮をあげた。
 巨体から活力が失われていく。そして、ゴッデススリーが完全に沈黙すると、それとエネミーの間を遮るものは、何もなくなった。
「…後は任せたぜ」
 大空は、自分たちの後に続く者に、小さく声をかけた。


 テレビ画面に映ったその雄志に、誰もが息をのんだ。そして、誰もが手を強く握りしめた。
「やはり…来てくれましたッ!!」
 新士が汗ばむ手を握り直し、叫ぶ。
「いかに強大な力が襲いかかろうと、その力に戦いを挑み、たとえその力に幾人もの人が破れたとしても、自らの信じた道を、夢を追い続ける者が、今ここに姿を現しました!!」
 新士はじっとその巨大ロボットの凛々しい横顔を見つめたまま、叫び続けた。思わず滲んでしまった世界に、自嘲しながら。
「ご覧になれますか視聴者のみなさま!この巨大ロボットが!そして、感じられますか!?自らが幼い頃に思い描いた想い──そして今、それを再び思い出し、手を握りしめている、自分を!!」
 新士は自らの手を強く握りしめ、喉が枯れることもかまわずに叫んだ。
「これが正義だッ!!」


「…いくよ」
 一也は、モニターの向こうを見つめて小さく呟いた。
 使い慣れたコックピット。
 マニュピレーションレバーを握り直し、補助モニターに映る情報を確認する。
「よし…」
 ちらりと右モニターに視線を走らせると、その向こう、再開発地区の建設中のビルに寄りかかるゴッデススリーの横顔が見えた。
「…遅くなりました」
 小さく、その横顔に向かって呟く一也。
 自らの使命を終えた戦士は、彼の言葉に、優しく微笑んでいるかのようにも見えた。
「設楽さん…」
 左前方のモニターに、横浜港を見る。
「僕だって、自分の信じる通りに、戦って見せますよ」
 一也は大きく息を吸い込んだ。
 そして、強くマニュピレーションレバーを握り直す。
 エネミーが、咆哮をあげた。
 一也は、それに向かって、叫んだ。
「行くぞッ!!」
 大地を蹴り、R‐1は駆け出した。


[to be continued last ONE]