studio Odyssey


劇場版 第二十六話3


       9

 エネミーがR‐1に向かって吠えかかる。
 一也は、強く歯を噛み締めたままエネミーの左へと回り込んだ。俊敏に動くエネミー。R‐1を追って動く。
「薄膜を破壊しますっ!」
 顎を引くようにして言う一也。R‐1が右腕を振り下ろすようにして半身になると、踏み込んだ左足下のアスファルトが割れ、飛び散った。
 モニターの向こうを睨みつける一也。その耳に届く電子音。
 FCS Lock.
 右腕プロテクター──プログハングの先端が左右に割れ、そこから高周波の音と共に光の剣が生み出された。
「くらえッ!!」
 R‐1が腕を振るうと、生まれた遠心力に下腕部を滑ったプログハングが自らの意志に回転し、エネミーに向かって襲いかかった。光の壁──エネミーの『超硬化薄膜』が、プログハングの一撃に閃光を生み出して弾け飛ぶ。
 響くエネミーの咆哮。腕を振るい、エネミーは光の破片を弾き飛ばすと、R‐1に向かって肉薄した。
 補助モニターを流れる数値。エネミーとR‐1との相対速度。予想接触時間。それに一瞬だけ視線を走らせて、一也は左手でバックパックにつけられたビームバズーカに手を伸ばした。迫るエネミー。モニターいっぱいに広がる開かれた口。
 その腕がR‐1の頭部にかかる直前に、ビームバズーカの銃口はエネミーの頭を捉えた。
「っ!!」
 握りしめたマニュピレーションレバーのトリガーを引き絞る一也。閃光が走る。立て続けに五つ。吹っ飛ぶエネミー。
 ビームバズーカのエネルギーがなくなったことを電子音が告げる。
 横浜港に、エネミーが巨大な水柱を立ち上らせていた。


「やった!?」
 インカムから届く遙の声。
 Nec本部作戦司令室。巨大なスクリーンの前には、研究室の面々、そして整備員達が陣取っていた。
 薄暗い作戦室。巨大なプラズマディスプレイが光を投げかけている。
「エネミーは?」
 作戦室の中心。一段高くなった椅子に腰を降ろして聞き返すのは教授だ。シリアス顔に言ったつもりらしいが、口許は我知らず弛んでいてしまったりする。
「やはり、Rシリーズこそ最強のロボットですね」
 と、Rシリーズの0番機のハードウェア設計者であるシゲは言う。後ろで春日井が、
「R‐1だからこそ──だ」
 なんて呟く台詞は、言うまでもなく聞こえちゃいない。
 ノートパソコンの液晶を見つめていた明美助教授が、鋭い声でそこに映った情報を告げた。
「まだ!まだエネミーは沈黙してないわ!」
 眼前のプラズマディスプレイに映る海を割って、エネミーが立ち上がる。
「一也!?」
「わかってる」


「FCS!」
 一也が短く叫ぶと、補助モニターに数値と英文が流れた。自動的に選択されたその武器が、一也がマニュピレーションレバーを握り直すのと同時に打ち出される。
 R‐1の両足に搭載された、片方7発、計14発のミサイルが、14の軌跡を残し、エネミーに向かって襲いかかった。


「R‐1とBSS、BSSと一也君、完全に同調してますね」
 プラズマディスプレイに映るR‐1を見、明美助教授は小さく呟いた。
 教授はその明美助教授の言葉に笑い、言う。
「そりゃそうだ。我々は正しいことをしているのだからな」
 と、事も無げに。
「正しい──って」
 明美助教授は小さく嘆息。
「──教授?」
「ん?」
「教授が言うと、どうも言葉の持つ意味が損なわれるような気が…」
「明美君、君は僕のなんだい?」
「──一応、今はまだ助教授です」
「わかっていればよろしい」
 教授は「うむ」と頷いた。


 leg's MISSILE POD without RESTRAINT.
 爆発ボルトに、R‐1の両足についたミサイルポッドが地面に落ちる。
 その文字と、サーモグラフに変わった補助モニターの表示に一瞬だけ視線を走らせて、一也は歯を噛み締めた。同時に駆け出すR‐1。
 眼前のモニターの向こう、白煙の中に動く影。
 それに向かって、一也は左手を突き出した。そこに装備されたシールドが影に向かって伸びる。確かな感覚。左手のマニュピレーションレバーのトリガーを引き絞る一也。シールドの裏に装備されたミサイルが、至近距離から打ち出される。
 閃光が、走った。
「!!」
 と、同時に後ろに飛び退くR‐1。
「薄膜!?」
 煙が爆風に飛び散った。
 エネミーの咆哮が響く。微かに残った煙を裂いて、エネミーの右手がR‐1頭部に向かって振り下ろされた。


「大丈夫」
 その言葉は知っていた。
 だから、ベルはゆっくりと顔を上げた。
「エネミーなんかに、僕らの作ったRシリーズは負けやしない」
 眉を寄せたベルを見て、シゲは笑った。後ろでは春日井が、「私の作ったR‐1が──だ」なんて言っているのは聞こえちゃいない。大体、ベルはその台詞の意味が理解できない。
「大丈夫?」
 ベルは小さく首を傾げた。
 シゲはいつものからっとした笑い顔を浮かべて、言った。
「大丈夫。ベルは心配しなくていいんだよ」
 言いながら、そっと、ベルの肩に手をかけるシゲ。
 ベルはその腕に抱かれ、そっと、彼の胸に頭を預けた。
 ディスプレイの光が二人を照らし出す。
「役得だよなぁ」
「俺達もいっぺん、死ぬような思いすればよかったのかな…」
 整備員達がそれを見てぼやいていた。
「私の作ったR‐1──」
 春日井の声は聞こえない。


 エネミーの振り下ろした腕を、R‐1は左手のシールドで捕らえた。
 そしてそれを振り払う一也。同時にR‐1が答える。SEALED without RESTRAINT.
 拘束を解かれたシールドは、自重に腕を滑り、エネミーの腕を弾きながら宙を飛んだ。エネミーの胸が開く。飛んだシールドが大地に突き刺さる。
「これでも──」
 右肩パッドの中へ左手を、右肩パッドの中へ右手をいれるR‐1。そこにあるH・G・Bサーペルーしっかりと握りしめ、
「食らえっ!!」
 そして、両腕をクロスさせるようにして思い切り振るう。閃光が走り抜け、光の粒子が辺りに飛び散った。
 エネミーが上半身を光粒子の圧力に後方へと反り返らせる。足下の海面に白波が立つ。
 いびつながらも形を残した薄膜が、光を放っていた。
「まだ残ってたのか!?」
 がくんとコックピットが揺れた。エネミーの右手が、R‐1を肩を掴んだのである。
 一也はモニターの向こうを見据え、マニュピレーションレバーを握り直した。そして、
「あの時と同じと思うなって」
 あの時と同じに強く歯を噛み締め、両手の人差し指で、トリガーを引き絞った。R‐1の頭部四門バルカンと、肩のマシンキャノンが火を噴く。
 爆音と爆煙に、エネミーが吠えた。


 巨大なディスプレイの投げかける光を、彼らはじっと見つめていた。
 仕事をする手を、皆止めて──である。
 作戦司令室にはNecの人間、全員が集まっていた。ここにいる全員、公務執行妨害だ。自分たちの仕事──このNec本部の強制捜査──を妨害した。そう、妨害した──だけれど──だけれど結局、誰もその部屋から彼らを連れ出そうとはしなかったのであった。
「見ろよ」
 若い検察官達は巨大なディスプレイを見つめて笑っていた。
「ロボットが動いて戦ってる」
「な。昔見た、アニメみたいだ」
 いつの間にか、この部屋に自分たちも全員集まってきている。
 そして、それを見つめてる。昔見ていたアニメを見るのと同じように。
「報告書──」
 彼は言った。この作戦司令室の入口脇、最後に入ってきたスーツ姿の主任に向かって。
「なんて書けばいいですか?」
「適当に書いておけ」
 口を曲げてそう言いながらも、彼もディスプレイを見つめていた。


 PROTECTOR OK.
 電子音が響く。
 モニターの向こうに映るエネミーを見据え、一也はマニュピレーションレバーを強く押し出した。R‐1の右腕、そこに装着されたプログハングが変形したパンチプロテクターで、R‐1はその薄膜を殴りつけた。
「っ!!」
 強烈な閃光が薄膜上を走り、粒子となって飛び散る。思わず目を細める一也。
 びりびりと空気を引き裂くようにして、エネミーは怒りを露わに吠えかかった。
 それを見返すR‐1。
 返すように頷き、顎を引く一也。
 補助モニターに選択された武器が光る。
 大地を踏みしめたR‐1のアクチュエーター音が、力強い響きを返した。
「いけぇーっ!!」
 一也の声に、R‐1は両腰パッドを両手に掴み、弾けた光の膜の破片を薙ぐようにして、それを振るった。振るうことによって先端部から生み出された閃光の剣は、エネミーの身体を二つに切り裂いた。


「!!」
 がくんと揺れたコックピットに、一也は目を見開いた。
 腰から二つに斬られたエネミーの下半身が、力を失い、後方へゆっくりと倒れていく。しかし、上半身が──
 エネミーは最後の力を振り絞り、R‐1の左肩に手をかけたまま、天に突き抜けるかのごとき咆哮をあげた。
 上半身だけで動くエネミー。その光のない目が、R‐1を捕らえる。
 コックピットの一也は、モニターの向こうにエネミーが左手を振り上げるのを見た。そして、そこに生まれる雷の迸りを見た。
「一也っ!!」
 遙の声がインカムに届く。
 その次の瞬間、エネミーは、それを振り下ろした。
 一也が動くのよりも先に──


「一也っ!!」
 眼前のディスプレイに向かい、遙は叫んだ。
 一也の声が返る。
「大丈夫だって!」


 一也が動くのよりも先に、R‐1が動いていた。
 左腕のアクチュエーターが素早く。
「大丈夫だって」
 かざした左腕プロテクターから生まれる光の壁に受け止められたエネミーの左手。ビームシールドの界面で、電撃が弾けていた。
「遙──」
 補助モニターを見、一也はそれの位置を把握した。それに向け、右手を伸ばす。
「時間だよ」
 大地に突き刺さったままのシールド。その裏にあるビームライフルに手を伸ばすR‐1。
「え?」
 電子音が鳴った。
 FCS LocK.
 そして、Limit 10 Minutes OVER.
「…あんた、やっぱバカだわ」
 遙の声。
 一也は口許を弛ませたまま軽く頷くと、まっすぐ伸ばした右手──その手に握られたH・G・Bライフルのトリガーを、強く引き絞った。
「これで──終わりだっ!!」
 輝く閃光が空を引き裂き、海を割る。光の粒子に打ち抜かれたエネミーは、その光の中で、ついに消滅した。
 耳鳴りのような高周波の音が、静かに消えていく。


「お疲れ」
 インカムからの遙の声。
「なによ、もっと早く片づければよかったのに」
「これで最短」
 と、一也は笑う。
「なによ、そんなに私にキスされるのが嫌なわけ?」
「そんなこと一言も言ってないだろ。これで、最短なんだって」
「じゃ、これで最短って事で、ご褒美にキスしてあげる」
「いらない」
「なによーっ!!あんたねえ──」
 と、続けようとしたけれど、遙は聞こえてきた電子音に言葉を飲み込んでしまったのであった。
「いまの音──なに?」
 インカムを押さえつけ、R‐1のコックピットの一也に向かって聞きながら、作戦司令室にいる明美助教授の方に視線を走らせる。
 嘆息を吐き出している明美助教授の隣で、教授が、不敵に微笑んでいた。
 補助モニターの伝える情報を見、一也は遥かな上空に視線を走らせた。
「エネミー!?」
「ええっ!?(注*35)」


「人工衛星を捕まえました!」
 明美助教授はキーボードを叩く手を止め、教授に向かって言う。
「衛星軌道上にエネミー甲殻卵体を確認。静止衛星よりもやや遅い速度で軌道上を周回しています!!」
「確認しました!」
 一也はコックヒット脇からキーボードを弾き出し、それを叩きながら続ける。
「R‐1のシステムでも確認しました。でも、対処法あり──って。ええっ!?」
「確認した」
 教授は明美助教授の見つめるノートパソコンの液晶、R‐1の補助モニターの映っているのと同じ情報を確認すると、きっぱり、はっきりと言った。
「対処法があるのだから、この方法で対処する」
「いや──だって、それは──」
 一也の頬を、つーと一筋の汗が流れていった。
 教授は声を張り上げ、嬉々として続ける。
「一也くんはそこで待機!遙君はイーグルに例のモノを装備して出撃!!」
「例のモノ?」
 遙は首を傾げた。
 だけれど、作戦司令室にいた整備員達は皆恐れおののき、「れ…例のモノ…」「アレを、アレを使うつもりなのか教授は…」「なんてことだ…」なんて、小さく呟き合っていたのであった。
 その場に居合わせた検察官達も、なんとなーく、嫌な予感がしてきていた。
 シゲは腕を振るって、言う。
「甲一種勤務態勢ーッ!!」
 彼の声に警報音が鳴り響いた。


 整備員達が慌ただしく動き出し始めた。
 ハンガー中に鳴り響く警報音。
 その中に、ウィンチの巻きあがる音が混じり始める。手旗を振る整備員。イーグルに、カーキ色の布に包まれた巨大な物がゆっくりと積み込まれ始めていた。
「これを使うんですか!?」
 ハンガー内、いつものホワイトボード前──即席会議室──で、遙は目を丸くして教授に聞き返す。
「もちろんだ」
 と、答えたのは教授ではなく、春日井。
「衛星軌道上にいるエネミーを攻撃し、撃ち倒せる武器など、この世にはたったひとつしか存在しない!」
「そりゃ…そうでしょうけど…」
 眉を寄せ、遙は教授に視線を送る。
「あんなモン使うのに、許可とか取らなくていいんですか?」
 と、心配そうに聞くけれど、彼女の隣りでは、ベルがシゲに作戦本部室から持ってきた茶封筒を手渡しているところだった。
「そうそう、これこれ」
 言いながら、シゲは封筒の中から一枚の書類を取りだし、
「はい、教授。甲一種勤務態勢許可書です。こことここに、ハンを」
「うむ」
 と、頷き、教授は白衣のポケットから取りだしたハンを、ぽんぽんとそれに軽く押していく。
 遙は、ただぽかんと口を半開きにするばかり…
「許可…?」
「許可」
 頷く教授に、ため息の明美助教授。
「こら!お前達!今度は何をするつもりだ!!」
 突然の声に、遙達ははっとして振り向いた。
 作戦司令室からハンガーの方へやってきた検察の主任が、肩を怒らせてこちらに向かって歩いてくる。その後ろには、検察の人間達も続いている。
「超法規的措置としてR‐1の出撃は認めたとしても、新たなエネミーに対し、イーグルを出す必要性はない!出撃をとり止めたまえ」
 と、ホワイトボード前の連中に向かって歩み寄りながら言うけれど──
「遙君、搭乗。出撃を許可する」
「はあ…」
 教授はそんなもの、聞いちゃいない。
「人の話を──」
 と、自分に向かって歩み寄る男の眼前に、教授は口許を弛ませながら手にした書類を突きつけた。
「甲一種勤務態勢、及び緊急出動許可書だ。どうしてもというのなら、確認したまえ」
 立ち止まり、気後れするように身を引く検察の男。確認するまでもなく、それが必要事項を満たしていることは容易に理解できた。用意周到な男である。
「き…きさまら…」
 言葉をなくす男に、教授はにやりと口の端を突き上げて笑い、ハンガー中に聞こえるよう、インカムに向かって言った。
「イーグル!出撃っ!!」
 警報音が高鳴りを増す。


「メインエンジン、及びサブエンジン、出力安定。GPS情報取得完了。各計器、メインコンピューターとのリンク完了。天候情報分析完了──」
 イーグルのコックピット。
 光を放つ計器を確認しながら、遙は思わず口許を弛ませていた。
 なんか、ずいぶん久しぶりかも──なんて、ちょっと思ってしまったりして。
 遙は微笑みながらインカムに手をかけると、
「一也、聞こえてる?」
 眼前の滑走路を見つめながら、呟くようにして言った。
「聞こえてるよ」
 一也の声が、すぐさまに返ってくる。
「なに?」
「ん?」
 遙は操縦桿をゆっくりと握りなおしながら、笑って、言った。
「これから、一也くんの愛しい遙ちゃんが、愛の贈り物を運んでいってあげるからね」
「愛──?」
 一也は眉を寄せた。
「ずいぶんな愛だねぇ」
「文句を言わない。受け取りなさい。受けとりゃいいの」
「押しつけじゃないか。いいよ、ちゃんと受け取るよ。受け取ればいいんでしょ」
 ため息混じりの一也の声を耳にして、
「そう、その通り」
 遙は、その顔に満面の笑みを浮かべたのであった。
「さあーって!では!!」
 遙は再び操縦桿を握り直す。
 そして、言う。高鳴るエンジン音に重ねるように。
「イーグル、Take off!!」


 横浜港上空に姿を現した白い巨体は、港に膝まで浸かって立っていた巨人の上を、ぐるりと一周、旋回した。
「Are you ready?」
 その声に補助モニターの電子音が答える。
 without RESTRAINT.
 青い空に向かい、巨人──R‐1は手を伸ばした。
 彼女はそれを確認すると、口許を弛ませて、言った。コンソールパネルのスイッチを勢いよく叩きながら。
「Ready Go!!」
 射出確認のスペル。FREE.
 そしてその手に向かい、白い巨体──イーグルのボディからカーキ色の布に包まれたそれが、落下していった。


 一也はしっかりとそれを受け止めた。
 そして、カーキ色の布を勢いよく引き剥がす。
 それは、ついに陽光の中に姿を現した。
 正式名称、『超伝導動力転換炉内蔵立体光学式外部火気管制自動追尾高速導入測距儀搭載型二連高速粒子加速方式分解砲』、通称『ツイン・テラ・ランチャー』である。
「コネクト!」
 右手に持ったツイン・テラ・ランチャーを、R‐1は背中へと装備する。光る補助モニターの白い文字。
 CONNECT──RECOGNIZED.
「遙、目標のデータを!」
 言いながら、一也はそれを包んでいたカーキ色の布を、R‐1の身にまとわせた。まるで、西部のガンマンのように──である。
「サテライトシステムのデータを送るわ。管制は、私とFCSに任せて」
 コンソールパネルを操作しながら、R‐1に人工衛星達の捕まえたデータを送る遙。
「了解。信じるよ」
 補助モニターに流れる無数の数値に一也は小さく頷いた。
 足元を確かめるように、ゆっくりと重心を下げるR‐1。少しずつその重心が下がっていくにつれ、背中の二枚の放熱板が、マントの下から、羽ばたく翼のように天をさした。
「外したら、キスね」
 遙は笑いながら言う。
「──って、嘘のデータ送ってないだろうな」
 モニターに流れる数値と、照準を示す円を見つめながら、一也は軽く笑って返した。
「別に、私一也とキスしたいわけじゃないもん」
「それを聞いて安心した」
「あ!?」
「データ解析完了」
 ゆっくりと動くR‐1の右腕。それに連れられ、背中の巨大なランチャーが右脇の下よりせり出してくる。
 ツイン・テラ・ランチャー。そのグリップを、右手で二、三度確かめるようにして一也は握り直した。銃身の脇より伸びたフォアグリップへ左手をかけ、遥かな天空へ、その銃口を向ける。
 FCS Lock.
 補助モニターに、文字が光った。
 次の瞬間に、電子音と共に補助モニターの表示がエネルギーゲージへと切り替わった。


「チャージ開始っ!」
 一也の声に答えるように響いた電子音に、最終案全装置が解除される。
 補助モニターに映るエネルギーゲージの色が青から赤へと変わり、ツイン・テラ・ランチャーのエネルギーがチャージされ始めた。
 めざましい勢いで上昇するゲージ脇の数値。その数値が上昇するにつれて、R‐1の背中の放熱板から、高エネルギーの熱が放出されていく。
 揺らぐ、放熱板より後ろの空気。蒸発を始める海水。
 上昇する気流の中で、R‐1の身を包むマントが、ゆっくりとなびき始めた。高鳴る高周波の音と、揺らぐR‐1の周りの空間。
 上昇を続けるゲージに、眼前のモニターがツイン・テラ・ランチャー発射時の強烈な発光から自らを護るため、ふっと感度を落とした。
「スタンバイモードに移行しました」
 薄暗くなったコックピットの中で、一也はマニュピレーションレバーをゆっくりと握り直した。唯一の光源となった補助モニターの上昇する赤いゲージの光を見つめ──
 ふと、笑う。
「遙?」
 インカムの向こうに向かって、一也は小さく、呟くようにして声をかけた。
「なに?」
 いつもの、遙の声が返ってくる。
 一也はゆっくりと目を閉じると、少しだけ笑うようにして、言った。スタンバイモードに入って、薄暗くなったコックピットでは、自分の見せる表情なんて、わかるわけないだろうと思ったから。
「外そうか?」
「──え?」
 二人の耳に、チャージの終了を知らせる長い電子音が届いた。


 すうと息を吸い込んで、一也は目を開く。
 そして、
「ツイン・テラ・ランチャー。発射しますっ!!」
 吐き出す勢いとともに、思い切りトリガーを引き絞った。


 ツイン・テラ・ランチャーの連なる二つの銃口から、強烈な閃光が生み出される。空を裂き、天を撃つ閃光。光となり、辺りに散るR‐1を包んだマント。
 次の瞬間に、遥かな空のかなたで、光が弾け飛んだ。
 弾け飛んだ光、そしてそれに続く、音。
 高エネルギーの閃光は、空気を一瞬のうちに膨張させ、それを音へと変換させた。雷鳴のような爆音を生み、衝撃波となって海面を駆け抜ける。
 音、そしてそれの生み出した衝撃波が駆け抜けた後の海面には、ただ、ゆっくりと海面から蒸気が立ちのぼるばかりだった。
 ゆっくりと青い空に吸い込まれ、かき消えていく音。
 閃光が駆け抜けた後には、静寂以外のなにものも、そこには残っていなかった。


 天を射した光がかき消えていくのを、彼女はただ、見つめていた。
「戻らなくていいの?」
 彼はそう言って、彼女に向かって歩み寄っていった。屋上を抜ける風が、彼女の長い髪を揺らす。
 彼女はただ、何も言わずに、空に消えていく光の帯を見つめていた。
 彼は小さくため息を吐き出す。
 彼女は、一言も言葉を紡ぎ出さない。
 彼は彼女に向かって歩み寄りながら、言った。
「さ。戻ろう──」
 彼女に肩に向かって手を伸ばした彼は、突然の彼女の声に、その動きを止めた。
「戻るって、どこへですか?」
 うつむくようにして弱く言い、彼女は振り向く。
 長い髪が、風の中に踊っていた。
「どこへ戻るんですか?」
 彼女はまっすぐに、彼を見つめて問いかける。
 だから、彼は彼女の問いに、軽く口許を弛ませて答えていた。
「決まってる」
「──そうですよね」
 答える彼女のその表情は、優しく、微笑んでいんだった。
「決まってるよ」
 彼はもう一度、言う。彼女は微笑みながら、彼に向かって返す。
 微笑みを浮かべたまま、空に消えていく、光の帯を背にしたまま。
「私、ずっと、夢を見てました」
「夢?」
「はい。夢です」
「どんな?」
「ん──内緒です。でもきっと、誰もが一度は思うような──そんな夢です」
「ふぅん」
「──戻りましょうか」
「夢の世界へ?」
「それも悪くないですけど──」
 彼女は彼に向かって微笑みながら、少しだけ小走りに、駆け寄った。
「みんなの所へ」


 やがて、白い、靄のヴェールが晴れていく。
 靄の中の、光の粒子が散っていく。
「一也──」
 インカムから聞こえてきた遙の声に、一也は喉をならして答えた。
 モニターに通常の光が戻る。
「なに?」
「結局外さなかったのね」
「外さなかったよ」
「一也、やっぱり私のことキライなんだ。ああ、もぅ、いいもん。ふん」
「あのねぇ、こんな武器、そんな何発も撃てるわけないでしょ。外すわけにいかないじゃないか」
「あっ!その言い方だと、なんか本当は外したかったんだっていう風に聞こえる!!なんだ、一也、やっぱり私とキスしたいんじゃん。なんなら、いいよ。その先にもとんとんとんと──」
「遠慮する」
「なによーっ!あ。あんた、実は女の子に興味ないとか?うっわ。実はそうなんだ!?」
「何でそうなっちゃうんだよ!」
「だって、私みたいに可憐で清楚で可愛い女の子がすぐとなりの部屋で眠ってたって、なーんもしようとしないし──」
「可憐で清楚で可愛いって、辞書で引いたことある?」
「アンだって!?女の子に手も出せない腰抜けくんが」
「腰──あのねぇっ!!」
「えっ!!詩織ちゃんだったら、もうどうなってるかわかんないって!?うわ、実は一也って鬼畜なんだ…詩織ちゃんにいっとこう」
「何でそうなっちゃうんだよ!怒るぞ!」
「きちくー」
「この──遙ッ!!」
 二人のインカム越しの会話は続く。
 けれど、全国に放送されているテレビに映っているのは、うすい靄の中を、右手にツイン・テラ・ランチャーを抱えたまま歩くR‐1と、その上をゆっくりと旋回するイーグル、二体の雄志であった。
 新しい世紀へと続く、その映像の向こうで──
「あーあ、もう、ずーっと前から思ってるけど、なんであんたみたいな奴が巨大ロボットに乗って戦ってなんているわけ?もぅ、全然格好良くないしさぁ」
「よけいなお世話だろ!大体、遙だって自分のことヒロインとか言って──あ。遙、ヒロインて意味、知ってる?」
「あんただってヒーローに見えない!」
「なろうとしたの!でも、なれないの!!」
「だっさ」
「うるさいなっ!遙に言われたくないぞ!!」
「私、容姿端麗、才色兼備だものねぇ」
「容姿端麗、才色兼備──意味、知ってる?」
「アンだって!?大体あんたはね──」
「何だよ!遙だって──」


「うーむ…」
 と、教授はスピーカーから響く声に唸り、
「地球は、今日も平和だ…」
 なんていって呟いて、その口げんかに満足そうに腕を組んだ。


[to be continued EPILOG]