studio Odyssey


劇場版 第二十六話4


   エピローグ

       1

 それもずいぶん昔の事のような気がするけれど、実際の所は、まだ1年ちょっと前の話だ。
 だけれど、その1年ちょっとの時間は、僕たちにとって、十分に長い時間だった。
 あの、わずか半年の間に流れていった時に比べれば──


 エネミーは、もう地球に来ることはなくなっていた。
 難しいことはよく知らない。知ろうとも、していなかった。ただ、一方通行だった彼らからのコンタクトも、二人のお陰で、うまくいくようになっていた──とだけ、聞いていた。
 和平を進める声もあがっているらしい。そして、その中心には、僕のよく知っている人達が立っている──ということだった。


 そして、僕の周りで起こったことと言えば──それを境に、特務機関Necが解体された──ということだけだった。









       2

 1年。長いと感じるか短いと感じるか。どちらにしても、僕の生活にほとんどの変わりはない。毎朝、同じ時間に起きて、同じ道をたどって学校へ行く。
 1年前と違うのは、その隣を歩く奴がいるかいないかくらいだ。
 遙。
 彼女は高校を卒業し、そのまま大学に進むのかと思っていた。けれど、もうその頃にはエネミーの襲来数も減少していて──さっさと見切りをつけたと言うべきなのか──奴は「私はロンドンの大学へ行く」と、初夏と呼べる季節の頃には、もう日本を飛び出していたんだった。
 「じゃ、後はよろしく」とか、言って。


 遙は筆無精だから、手紙のひとつもよこさない。僕の方も、ちょっとくらいは気にしてやっているのだけれど、ロンドンの住所がわからなかったので、手紙の出しようもなかった。調べれば、まぁ、それくらいは何とかなかったのかも知れないのだけれど…何となく僕はそれをしなかった。面倒くさかったと言ってしまえば、それまでの事なのかも知れない。だけれど、遙のことだから、どこでも元気にやってるに違いないと、そう思っていた。


 実際、遙は元気だった。
 少なくとも、この前会ったときは。
 小さな教会の礼拝堂で、この夏にあった、結婚式の時に会ったときは──









       3

 再会した僕たちの第一声は、挨拶よりも、ありきたりの世辞よりも、「驚いたね」と言う、心の底から来る、共通の驚きの言葉だった。
 それも仕方がないと言うもの。
 神様だって、驚いて二人の結婚を承認することしかできなかったに違いない。
 教授と明美さん。
 ま──ある意味お似合いではあるのかも知れないのだけれど…しかし…ねぇ。
 披露宴の席でシゲさんが、「これで教授も一般人に一歩近づいてしまった訳ですが」とスピーチしたのが、やけに印象的だった。
 遙は、「どっちがプロポーズしたんですかぁ?」なんて、にこにこ笑いながら明美さんに聞いていた。明美さんは答えにくそうに笑って、薬指にプラチナのリングの光る左手で頬を掻いていたけれど、その微笑みに、僕は何となくどっちが言いだしたのかわかったんだった。
 結局、それは口に出さなかったけれど。









       4

 お似合いといえば、シゲさんとベルさんも相変わらずだ。
 シゲさんも大学院をこの春に出、何とかという企業の研究室に就職した。研究室で研究している物についてちょっと聞いてみたけれど、「いいモノだよん」なんて言って笑ったその表情から、僕は何となく、その研究が完成しないことを祈った。
 ベルさんの方は、今はかなり忙しいらしい。
 特別外交官として世界中を飛び回り、通訳の仕事をしているからだ。「通訳できる人が、指折り数える程度しかいないんですから仕方ないですよ」と、ベルさんは笑う。「でも、やっていて楽しいですよ」と、ベルさんは金色の髪を揺らして、本当に、心から微笑んでいたんだった。
 日本にいられる時間は、1ヶ月に1日か2日。でも、それでもその時には必ずシゲさんと会っているらしい。明美さんが、にやにやと笑いながら言うには──だ。
 もしかしたら、惑星間結婚の第一人者は、案外と身近なところから出るのかも知れない。









       5

 お似合いといえば──まぁ僕だってそれほど子供じゃないから、お姉ちゃんがつきあう人について、とやかく言うつもりはないのだけれど──二人も相変わらずだ。
 小沢さんは結局、自称から本当にルポライターになった。あの、新士さんと組んで、色々とやっているらしい。仕事の合間を縫っては家にきて、僕に向かって「香奈さんを幸せにします」なんて、冗談だか本気だかわからない事を、笑いながらよく言う。
 お姉ちゃんの方は、まんざらでもないようで、そういわれると本気で照れたりする。なんか、見ているこっちがため息を吐き出したくなるくらいだ。


 お姉ちゃんも今は大学を卒業し、医療福祉関係の職に就いている。半分くらい大学時代に学んだことが飛んでいるので、ちゃんと仕事を出来ているのかどうか、本気で心配だけれど、まぁ何とか楽しくやっているようだ。








       6

 街は、もう1年前の出来事の影も形もないところがほとんどだった。横浜も、新宿も、日本、そして世界中のいたる所でも。
 その出来事を語る者の影も、だんだんと少なくなってきていた。
 あの、東京国際空港にあった巨大なハンガーも、今もう、『使われなくなった格納庫』の姿に、返っていた。


 僕は、ただそれを見つめて、微笑むだけだった。








       7

 その電話は、唐突に鳴った。
 1999年が、あと少しで始まろうかというときに。
 僕は、その電話を取る前から、その受話器の向こうにいる相手がわかっていた。こんな時間に、まるでなんにも考えていないみたいに──それこそ思いつきみたいに──電話をかけてくるような相手なんて、たった一人しかいない。
 僕は軽く笑いながら、その受話器をあげた。
 そしてそれは、やっぱり彼女だった。
「よ」
 受話器の向こうから、あの頃毎日のように聞いていたのと同じ、遙の声が聞こえてきた。


「ふぅん」
 遙は喉をならすようにして返す。僕の言った、みんなの近況を聞いて。
「みんな、それぞれに昔と同じにやってるんじゃん」
「そうみたいだよ。みんな元気。それで──」
 僕が続けようとした言葉は、遙の声に遮られた。遙も、僕が話を続けようとした訳を、わかっていたみたいだ。
 だからこそ、割り込んできて、言ったんだった。
「ところで、あんたの方はどうなのよ?」
 と、電話の向こうで、興味津々といった感じで笑うように。
「国際電話でしょ?電話代心配だね。切ろうか?」
「切ったら今からイーグルに乗ってブッ殺しに行く」
 思わず僕は笑う。けど──その言い方が本気に聞こえるから怖い。
「で?」
 興味津々、絶対、にやにや顔の遙の表情が、容易に想像できた。
「なにが?」
 僕は受話器に向かって不機嫌そうに返したけれど、やはり遙には意味がなかったようだ。
「まーたまたまたまた♪」
 と、楽しそうに、
「もう、キスぐらいした?」
 なんて軽く言う。
「なっ…何言ってんだよ!」
「あれあれあれあれあれあれ?まーだ何にもしてないのぉー?」
「余計なお世話」
 僕はため息混じりに返す。
 けど、結局そう言われても仕方がない。実際──その──詩織ちゃんとはまだなんにもしていないのだから。
「ダメでしょー…もぉー…男の子なんだから、バシッと決めちゃわなくっちゃ」
「うるさいなー…」
 自分で言うのも何だけれど、詩織ちゃんとは友達以上恋人未満から進歩していない。それでも吉原が言うには、「恋人同士」に見えるらしいけれど…
 そういえば、今の一年生達のほとんどは、僕と詩織ちゃんの事を恋人同士だと信じて疑わないらしい。否定もしないけれど、あの後輩達はもしここに遙がいたら、僕たちの関係を、どういう風に見るんだろうか。
「しっかりしなさいってば」
「余計なお世話」
「引っかき回しに行くぞ♪」
「来るな」
 本当に来そうで怖い。
 大体、今でも時々佐藤先輩や神部先輩は部活に遊びに来て、僕たちをからかって遊んでいく。もちろん、そうするのは佐藤先輩が中心なのだけれど。
「一也?わかってる?」
 遙が呟く。
「なにが?」
 僕は受話器に返す。
 一瞬の沈黙──
 言葉を探して、けれど結局、
「しっかりしなさいよね。詩織ちゃん、可愛いんだから放っておくと変な奴にとられちゃうんだから♪」
 きっと、多分、いつもの微笑みをその顔に浮かべて、遙は言っただろう。
「わかってるよ」
 僕も笑いながら──遙に言わせれば、情けなく笑いながら──返した。
 これが、僕たちの間の関係。
 きっと、理解できない人は首を傾げるばかりだろう。
 だけど、僕は──多分遙も──これでいいと思っているだろうし、それ以上は、多分──
 会話がふと、途切れた。
 次の言葉を探す僕。そして、多分僕と同じ遙。
 結局、僕よりも先に遙が言葉を見つけて、
「やっぱ、心配するまでもなく、そっちはみんな元気そうね」
 と、軽く笑いながら言った。
「遙は?遙だって心配するまでもなく、元気にしてるんでしょ?」
 僕が聞くと、遙はあのころと同じように笑いながら、
「なんか、嫌な言われ方。ま、実際そうなんだけどね。でもほら、やっぱり独り寝の寂しい夜ってあるわけで──」
 なんて、絶対言うだろうなと思っていた答えを返してきた。
 だから僕は、あの頃と同じように返す。
「わかった。じゃ、今度来たときウィッチの子をつれて帰れば?あいかわらず、ベッドは空いてるんでしょ?」
「うるさい。自分だってそうでしょーが。ウィッチの子、生まれたって?」
「うん。5匹。真っ黒のが3で、灰色っぽいのが2」
「しつけ済み?」
「トイレは」
「アレは?」
「──自分でやって」
「パパは?」
「下の階に、三毛猫風の雑種がいたじゃない。あいつ」
「あー…アレ。ウィッチも、男見る目がないわねぇ…」
「自分のことは棚に上げてねぇ…」
「あ!?なんか、電話が遠いみたいなんだけどねぇ!?」
「何でもないよ」
 僕は笑った。遙も、多分笑っていただろう。
 遙が続けた質問に、僕は、それが何となくわかった。
「ねぇ一也?」
「ん?」
「もし、私たちも大人になって、結婚して、子供が出来て、そしたらどうする?」
「何を?」
「子供、聞いてくるに決まってるじゃない。『ねぇ、パパって、昔巨大ロボットに乗って戦ってたんでしょ?』って」
「あー…汚点だな。隠し続けなくっちゃ…」
「あのねぇ…」
 遙は笑って、けれど、そのままで続けた。
「でも、もしそう子供に聞かれたら、一也どうする?」
「遙はどうする?」
「うーん…多分困っちゃうだろうなぁ…多分…笑う♪」
 そう言って、遙はその時のことを想像したんだろう。けたけたと、楽しそうに声を出して笑った。
「あはは♪一也は?一也はどうするの?」
「そうだなぁ…」
 僕は、宙に視線を走らせた。
 軽く笑い──忘れもしない1997年3月19日の事を思い出す。
 そして、その後に巻き思った、信じられないような、夢のような出来事の数々、それらすべてを、思い起こした。
 そりゃ、一言で片づけられないくらい、1日じゃ、語り尽くせないくらい──沢山の出来事があった。


 僕は、笑った。
「きっと、話して聞かせるよ」
 受話器の向こうで、遙も笑った。
「夢みたいな、話だもんね」


 そう、夢みたいな話。
「夢だよ」
 僕は笑いながら続けた。
「でも、さめない、ずっと続いていくやつ」
 遙は僕の言葉に、小さく、
「そうね」
 微笑みながら、そう、一言返した。


 僕は大きく息を吸い込んだ。
 そして、言った。
「だけどその夢、きっとみんなの胸の中にもあるんじゃないかな?」


[End of File]